第6話 後輩と居酒屋へ
綺麗系ではなく、可愛い系の長谷川さんが、パソコンを操作している。僕が、本気で焦っていた為か、長谷川さんは疑ってはいないようだ。間違いなく、長谷川さんが察している僕の焦りは、別物だろうけれど。発注書をコピーして、笑顔で僕に渡してくれた。その笑顔に胸に痛みが走った。ごめんね、被害者ではなく、加害者を庇うような真似をしてしまった。お礼を言って、発注書を受け取り、事務所を飛び出した。
僕は、その足で一階の作業所へと向かい、浅岡君を探した。タイミングよく、浅岡君は一人で作業をしていたので、彼の背後から肩を叩いた。浅岡君の肩がビクッと飛び跳ねた。
「あ、ごめんね。ちゃんと戻した?」
「・・・はい」
周囲からは木材を加工する騒音が飛び交っているけれど、念の為に耳打ちした。
「話があるから、仕事後に飲みに行こう」
浅岡君は、引きつった顔で、小さく顎を引いた。
「安心して、誰にも言わないから。約束は守るよ。だから、仕事に集中する事。安全第一で頼むよ」
僕は、浅岡君の肩を叩いて、事務所へと戻った。事務所に戻ると、上司から色々問い詰められ、誤魔化すのに苦労した。
定時が過ぎ、会社から出ると、私服姿の浅岡君が待っていた。職場の近くの居酒屋だと、誰かに遭遇してしまう恐れがあった為、電車に乗って離れる事にした。スマホで個室がある居酒屋を検索し、予約を取った。店に到着し、席に着く。生ビールが二つ運ばれてきたが、景気よく乾杯をする気になれず、そっとグラスを合わせた。よくよく考えてみると、浅岡君とはまともに会話をした事がない。気の利いた言葉も見つからず、さっそく本題に入った。
「・・・それで、浅岡君。どうして、下着を盗んだの?」
「・・・すいません。我慢できなくて」
そりゃそうだろう。自制心が働いていたら、あんな事はしない。確かに、長谷川さんは可愛い。我が社のアイドルと言っても過言ではないだろう。彼氏がいる事を知れば、ショックを隠し切れない社員は大勢いる。だからと言って、下着に手を出そうとは思わない。出したい願望がある者は、いるかもしれないが。その線を越えない為に、理性を働かせる。浅岡君に線を超えさせた原因は、いったいなんだろう。
「浅岡君は、長谷川さんの事が好きなの?」
「・・・いいえ、そういう訳ではありません。可愛いなとは、思いますけど」
恋愛感情では、ないようだ。だとすると、単純に女性の下着が欲しかっただけなのだろうか。僕には理解できないが、そういった性癖がある人がいる事は知っている。僕は、女性の下着姿は好きだけど、下着そのものには、特に興味がない。あの可愛い系の長谷川さんが、あんなセクシーな下着を身に着けている姿を想像すると、込み上げてくるものは確かにある。
興味本位で色々聞くのも失礼だろう。人には、それぞれ趣味趣向があるものだ。それは、良く分かっているつもりだ。もちろん、法に触れたり、人に迷惑をかけるのは、許されたものではないけれど。二度と法に触れる事はしないと、約束してもらうだけで良いだろう。社外でやれ、なんて無責任な事を言うのも違う。
「僕・・・キモイですよね?」
呟いた浅岡君は、生ビールを一気に飲み干し、お代わりを注文した。僕の分も頼んでくれたので、急いで飲み干した。今日は、とことん付き合う事にする。
「別にキモイとは、思わないよ。性癖は、人によって違うから。でも、犯罪行為は、ダメだね」
浅岡君は、手元の皿をジッと見つめている。そのまま、沈黙が続き、ドンドン酒の量だけが増していった。生ビールを五杯飲んだところで、浅岡君のペースに付き合うのが、辛くなってきた。浅岡君の見た目は、まるで変わらない。なかなかの酒豪のようだ。
「あのさ・・・女性の下着で・・・その・・・欲求解消してるの?」
下世話な事を聞いてしまったと後悔した。アルコールで思考が鈍った事と、沈黙に耐えられなくなった事が原因だ。
「・・・はい」
「そ、そうなんだ・・・あの、アダルトな動画とかじゃ満たされないの?」
さすがに、もうビールは辛いので、焼酎を待っている。この時、浅岡君は、顔を上げた。居酒屋に来て、初めて目が合った。なにか癇に障る事を言ってしまったのだろうか? 浅岡君は、茫然と僕の顔を眺めていた。そして、フッと視線を落とす。
「・・・そういう意味じゃないんです」
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