6 殺人鬼の最期
ジョーカーのその後の犯罪は公的にも残っており、概ね把握していた。
この事件で逮捕されたジョーカーは、世間的な同情の声もあり、刑事処分ではなく少年院送りとなる。
この時点で、仲吉小学校の殺人事件と結びつけることができていれば、まだ結果は変わっていただろう。
しかし、警察はここでもミスを犯していた。
中学生になっていたジョーカーは、児童養護施設を出て里親の元で暮らしており、ほかの県へと移住していた。
そのため警察内での連携がうまくいかず、ふたつの事件を結びつけることができなかったのだ。
少年院で保護観察処分となっていたジョーカーは、生活態度の良さもあって、四年後には出所することになる。
しかし彼は元の世界に戻ることはなく、少年院で知り合った少年Aに誘われ裏社会の住人となった。
ジョーカーの主な役割は邪魔者の排除、つまりは殺し屋だ。
同じ裏組織に属していた者の証言によると、ジョーカーにはまるで人としての感情が欠如したかのように殺すことに躊躇いがなく、自分の命すらも軽視していたという。
さらには頭の回転もよく、足がつきにくい方法も熟知していた。レイプ犯の残りの三人も、この時期に殺害している。
その後ジョーカーは、裏社会の伝手をたどって外国へ渡り、テロリスト専門の暗殺部隊に所属する。
過酷な訓練に耐え実績を残した彼は、自ら志願して紛争地域の鎮圧や犯罪組織壊滅の任務につき、数々の成果をあげてきた。
そんな彼だったが、数年前に突如退役し、とあるWEBサイトを立ち上げる。
それは、『悪人を格安で殺してさしあげます』という、日本限定の殺し屋稼業のサイトだった。
ジョーカーは自ら、過去のレイプ犯連続殺人事件の犯人であることを明かし、「この世には殺さなくてはならない悪がいる」と世間を唆した。
ちなみに、裏社会の人間の依頼は受けないことも明言している。
最初に依頼してきた者の気持ちはわからない。
本気だったのか冗談半分だったのか。
それは、パワハラで新入社員を自殺に追いやった先輩社員を殺してほしいというものだった。
ジョーカーは当然のごとく、それを実行する。
パワハラ先輩社員を殺害し、その一部始終を記録し、自身のサイトにアップしたのだ。
最初はジョークだと思っていた者も、実際に死体が見つかり、メディアがこぞって殺し屋サイトの存在を報道し続けたことで、ジョーカーの本気を知ることとなる。
ジョーカーが本気だと知ると、世間も本気の依頼を投げてきた。
犯罪を犯しても罰せられない上級国民を殺してほしい。
レイプしても合意があったと反省の色がない某企業の重役を殺してほしい。
過去に自分を虐めて学校に来られなくしたあいつらに復讐してほしい。
ジョーカーはその願いすべてを叶えた。残酷に、公平に、確実に、殺しを成功させていく。
世論はジョーカーの存在を容認した。
いや、それどころか「正義の殺し屋」「現代の必殺仕事人」など、ヒーローとして持て囃した。
ジョーカーは決して、対象を見誤ることをしなかった。誰から見ても邪悪、そう思われるような人物だけを殺していった。
無論、警察も手をこまねいて見ているだけではなかった。
しかし、ジョーカーは暗殺部隊に所属しているときに、軍仕込みのICT技術も獲得しており、インターネット上で姿を隠す技術に長けていた。
もともと日本は、「海賊版漫画サイトの対策としてブロッキングすべし」などというアホな発言が平気で出るほど、ICT技術に関して遅れている国だ。ネット上でジョーカーの足取りを追うのは、ほぼ不可能だった。
さらにはアナログ世界でも、暗殺のプロであるジョーカーを捕捉することができずに、長い間、彼の独善的な犯罪を許してきた。
しかし、ついに今日この日、早朝の暗闇のなか、ジョーカーの居場所を突き止めた日本が誇る特殊部隊が、ジョーカーのアジトに強襲を果たしたのだ。
けれども、あっさりと返り討ちに遭い、唯一生き残っている結奈も無様な肉の盾となっている。
「ふむ、おかしいな」
一階の窓から外に出たジョーカーが訝しげに呟く。
なにが? と思った結奈も、すぐにそれに気づいた。
周囲に人の気配がまったくしないのだ。
ジョーカーは警戒しながらも、確実に歩を進めていく。
狙撃されにくいコースを大胆に進み、ポイントポイントでは、結奈を肉の盾として、きちんと防御する動き。敵ながら見事だと感心する。
「くくく、なるほどなぁ。どうやら君は可愛い顔をしているが、世渡りは下手なようだ」
「はぁ? どういう事よ?」
唐突に容姿を褒められ、生き方を貶された。まるで意味がわからない。
「決定権のある上司の愛人くらいにはなっておけ」
「だから、それはどういう――」
刹那、周囲の建物がほぼ同時に破裂し、爆風と瓦礫が霰のように降り注いでくる。
ビルが同時に爆破されたのだ。
刹那、結奈はジョーカーによって地面に押しつけられた。すぐ隣には身を伏せるジョーカーの姿があった。
頭が混乱する。
こんなに大規模な爆破が行われるということは、周囲に仲間はいないはず。
まだジョーカーを確保していないのに、どうして包囲網を解いてしまったのか?
遠くで何かが飛翔してくる音。
結奈はうつ伏せのまま、必死に頭を動かして空を見上げた。
その視界の先、黒煙の向こうの朝焼けの空に、銀色の塊があるのを見る。
それは急速な勢いで自分たちの元へ飛翔してきていた。
ミサイルだ。
不意にジョーカーの言った言葉の意味を悟る。
心臓のモニターを監視しているため、結奈が生きていることは把握しているはずだ。
そしておそらくは、ジョーカーも一緒であることも知っているはず。
つまり、自分は見捨てられたのだ。しかも、心臓のモニターを照準にされている。
これは急遽決まった作戦だろうか?
いや、違う。
準備の手間からも、最初から織り込み済みの作戦だったはず。それなのに、強襲した部隊には知らされていなかった。
仕方ないことかも知れないが、裏切られた気持ちになる。
「たかだか殺人鬼ひとりにずいぶんと税金をかける!」
興奮したように言ったジョーカーは、結奈を抱き抱えて走り出す。手錠を切断するより、そのほうが速いと判断したのだろう。
だが、それよりも速く、ミサイルの閃光があたりを包み込んだ――。
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