5 レイプしても上級国民なら許されるのか?

 殺人事件が起こってから監視カメラの記録が消されている事実が判明するまでの間、イジメの関係者にも捜査が及んでいた。


 だが、ジョーカーにはアリバイがあった。


 犯行時刻当時、彼は自分の部屋にいたのだ。施設のルームメイトだった三人の子供がそれを証言している。


「エリートの割には想像力が足りないな。単純な話さ。殺した奴の生首をみんなに見せた。それだけさ」


 結奈は思わず絶句する。

 つまりジョーカーは、ルームメイトを脅して嘘の証言をさせたのだ。

 単純だが、効果は絶大だ。


 犯罪を犯した場合、小心者なら通報されるリスクを恐れるが、サイコパスは大胆な行動を取ることが多い。

 しかも巧みな話術で人心を操り、飴と鞭を巧妙に使い分ける。


 ジョーカー自身も小学生だったとはいえ、同じ年頃の子供を操るなど、彼にとっては造作もないことだったのだろう。


 犯人逮捕における初動捜査は極めて重要だ。未解決事件のほとんどは、この初期捜査でミスを起こしている。

 ジョーカーは意図的にそれを作り上げ、捜査を攪乱したのだ。


「ずいぶんと策士だったあなたが、聖華中学の殺人事件で逮捕されてしまったのは、どうしてかしら?」


 聖華中学校女子生徒レイプ犯大量殺人事件。

 ジョーカーの存在を世に知らしめ、減刑を望む多数の署名がなされた有名な事件だ。


 聖華中学に通う十四歳の女子生徒が、お祭りの日に未成年の不良たちに拉致され、集団レイプの被害に遭い、その数日後、自ら命を絶った事件。


 彼らの身内に上級国民がいたため、彼らは不起訴処分となった。


 そんな彼らを、次々に惨殺していったのがジョーカーだ。


 ただ殺すのではなく、拷問を与え、無様に命乞いする姿をビデオに残しながら残酷に殺害していった。


 その当時は六人を殺害。その五年後、現場にいたとされる三人が殺害されている。


「単純に失敗しただけさ。誰しも失敗はある。特に若い頃はな」


「あなたの犯行にしては、無計画で感情的だったように思えるわ。調書では否定しているけど、あなたは被害者の少女と知り合いだったんじゃない? 私はそう考えている」


「ほう? 否定していたか。昔のことだったので忘れたなぁ」


「じゃあ、やっぱり……」


 ジョーカーは当時、女子生徒とはなんの面識もないと供述していた。

 警察のほうでも調べたが、学校も住んでいる場所も違うため、ふたりに共通点を見いだせなかったのだ。


 殺害の動機については、レイプを自慢気に話す輩がいたので、単に殺すべきだと思った。そう答えている。


 だが、ジョーカーのこれまでの殺人の動機からして、女子生徒と知り合いである可能性は非常に高いと睨んでいた。


「実は告白されていた」

「…………」

「…………」

「…………はぁああああ!?」


 結奈は素っ頓狂な声をあげる。途端に傷口が疼きだし、結奈はしばらく痛みに耐えた。


 しかし、びっくりした。

 片思いとか、淡い恋心的なものを想定していたのだが、まさか、そこまでの関係とは思っていなかった。


「こらこら驚くな。まるで俺が女子にモテないみたいじゃないか」


「あえてつっこまないわ。……ってことは、あなたたちは恋人同士だったわけね」


「いや、違う。馬鹿か君は。いったい何を聞いていたんだ?」


「は? だってさっき、告白されたって……」


 結奈はちょっとムカッとした。


「告白されたとは言った。だが、承諾したとは言っていない」


「断ったの!? なんで?」


「顔が好みじゃなかった」


「はぁああっ!? なにそれ! そんな理由で断ったの!?」


「中学生の男子としては、一般的かつ合理的な理由だと思うが?」


「普通すぎるからよ! 外見で判断するとか酷い! 最低だわ!」


「ブ男からの告白は、カウントすらしない雌どもに言われたくないなぁ。まあ、いい。実は性格も嫌いだった。妙にウザい奴でな。俺が構うなオーラ全開でいたのに、空気を読まずに話しかけくるような馬鹿で、祭りにも強引に連れて行かれたりもした」


「え? それってまさか……」


「そうだ。あの日、俺はあいつと一緒だった」


 あの日とは、少女がレイプ被害に遭った祭りの日のことだろう。


「あのレイプ事件の現場に、あなたもいたの?」


「いるわけないだろ。俺に覗きの趣味はない」


「そうじゃなくて!」


 からかうように言うジョーカーの言葉を遮るように叫んだ。


「……祭りの日に告白された。俺はそれを断った。一緒にいる理由もなくなったので帰った。それだけの関係さ」


 結奈は胸が締めつけられる思いだった。好きな人にフラれ、失意のどん底で集団レイプという人格を踏みにじられる最悪の被害に遭う。


 どんな思いで自ら命を絶ったのだろうか?


「だから、復讐を?」


「勘違いするな。レイプをするような奴は殺していい。当時の俺の価値観で殺しただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 いまのジョーカーの表情を見られないことを、結奈は歯痒く思った。


 肉の盾となり、後ろを振り向くことができない自分には、彼がどんな気持ちで言っているのか、ジョーカーの本心を知る術がない。

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