4 この方法で、あっさりイジメ問題は解決した。

「だから俺は、特別指名手配中の『正義の殺し屋』になったってわけ?」


 息も絶え絶えに、坂西結奈は言い放つ。

 

 その細い首には、まるで首輪のように手錠が嵌められていて、その反対側の手錠は、返り血で染まった男の左手首に嵌められていた。


「おいおい、俺の大事な決め科白をとらないでくれ。君も一応は国家の犬なんだろ? 他人の権利を奪うとは躾がなっていないな」


 それに答える男の低い声は、声優にでもなれそうな美声であった。


「お生憎様。私の仕事は、あなたのような自称『正義の殺し屋』さんから、権利を奪うことにあるの」


「ひとつ訂正をしておこうか、SATのお嬢さん。俺は自分のことを『正義の殺し屋』だとは一度も名乗っていない。それはメディアが勝手につけた俗称だ」


 歌うように答える男の顔立ちは精悍で、物腰はやわらかかったが、その鋭い眼光の奥には底冷えするような威圧感があった。

 彼の全身は血に染まっていたが、そのほとんどは自分を捕獲しようとやってきた隊員の返り血だ。


「へぇ~、じゃあ、あなたは自分のことをなんと名乗っているのかしら?」


「俺の名前はジョーカー。趣味で殺人鬼をやっている者だ」


「最悪ね」


 挑発するように言う結奈の姿はボロボロで、両手両足はへし折られており、防護服を剥ぎ取られた防刃シャツの隙間には、いくつもの切り傷が刻まれていた。

 持っていた手錠は奪われ、いまは奴隷の首輪のように首を締めつけている。しゃべるたびに喉を圧迫してきて、息苦しかった。


 そんな結奈の頭をジョーカーは鷲掴みにし、腰のベルトを持って、まるで盾のように構えている。


 いや、それはたとえではなく、本当に肉の盾なのだろう。


 ジョーカーが潜んでいた雑居ビルの周辺は、すでに特殊部隊と警察による包囲網が完成している。ジョーカーが捕縛されるのも時間の問題だった。


 しかし唯一、逃げ出すチャンスがあるとすれば、結奈を人質にして包囲網の隙を突くこと。

 そのために、ジョーカーは持ち運びやすい小柄な彼女を選び、手足を折った状態で生かしているのだ。


 自分のせいでシリアルキラーであるジョーカーを逃す。

 結奈にとってそれは、耐えがたい屈辱だった。


「ところで、どうして最初の殺人の話を? 観念する気にでもなった?」


「皮肉で言ったつもりだろうが、実は半分図星だ。君は俺の想像以上に優秀だった。簡単に捕えるつもりが、怪我を負わされ薬まで打ち込まれた。おかげで逃走計画が台無しだ」


「本気で逃げおおせると思っていたの? ずいぶんな自信ね。その根拠はなに?」


 なんとか打ち込むことができた薬の影響で、ジョーカーの意識レベルは落ちている。

 

 量が足りなかったのか耐性があったのか分からないが、昏倒する代わりに口が軽くなっていた。

 もしかしたら、計画とやらをしゃべってくれるかもしれない。


「自信とは、そもそも根拠のないものさ。自信とは自分を信じることだ。実績や裏付けがあれば、それは単なる予測だ」


「それは親切にどうも。ところで、趣味で殺人鬼をやっていらっしゃる方の、二つ目の殺人は何かしら?」


 計画とやらは聞き出せなかったが、結奈はできるだけ会話を続けようとしていた。

 味方が再突入する時間を稼ぐためと、ジョーカーの注意を逸らすのが目的だ。


 人質となった場合、犯人に話しかけることはセオリーのひとつでもある。


「なんだ、まだ証拠を掴んでいなかったのか? ネットでは噂にはなっていたので調査済みかと思っていたぞ」


「生憎と、あなたの犯罪は件数が多くて、昔の事件まで掘り返す余裕がないのよ。ネットの噂ってことは、仲吉小学校イジメ加害児童殺害事件ってこと?」


「さあ、どうかな? と言いたいところだが、まぁいい。そのとおりだ。そいつが俺の二件目の殺人だ。俺と同じ施設にいた女の子が、親がいないことでイジメに遭っていてなぁ」


「それで殺したってわけ?」


「結論はそうだが、もっと過程を大事にしろ。一応、教師に報告してイジメの対処をしてもらった。その結果、どうなったと思う?」


「……陰でもっとイジメが酷くなった?」


「正解だ。悪いことを止めろと言えば、より酷い目に遭う。この世界の真理だ。何度か大人に助けを求めたが、結果は変わらなかった。仕方ない諦めろ。そう言われたこともある。そんなわけで大人に見捨てられた哀れなガキ大将くんには、この世から退場してもらった」


 ただ退場させたわけではない。


 その遺体はバラバラにされ、小学校のいたるところに放置された。


 当初、犯人に疑われたのは男性の体育教師。彼は男子トイレに盗撮カメラを仕掛けており、定期的に学校に忍び込んでいた。


「体育教師に罪を擦り付けたのも、制裁の意味があるの?」


「まさか、単に都合がよかっただけさ。彼はマメに監視カメラのログを消去していたからな。それを利用させてもらった。まあ、念のためイジメの件を彼には相談しなかったがな」


 その科白に、結奈はぞっとなった。


 体育教師にイジメの相談をしなかったのは、児童殺害とイジメの件を結びつかせないためだ。

 そして、かなり早い段階から解決法として殺人を視野に入れていたことになる。

 小学生の発想ではない。


「彼の死によって、大人が匙を投げたイジメ問題はあっけなく解決した。俺は文部省にひとつの道を示してやったわけだ」


「……ひとつ分からなかったのだけど、どうやってアリバイを作ったのかしら?」

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