1章2 コーメイとユノっち

4月9日は「3連休」明けの平日。

学校に通っていない、仕事もしていないエリスにとっては平日だろうとなかろうと関係ないが、それまでの習慣で平日の朝は休日より早く目が覚める。


昨夜遅くまで侍女2人との性行為に耽っていたにもかかわらず、今朝はいつもの平日と同じくらいの早起きだった。

ナイトウェアから着替えようとベッドから降りたところで、廊下との間を隔てる扉が音もなく少し開く。

そこから顔を覗かせた銀髪少女。


「エリスお姉さま、おはようございます…残念、今朝はエリスお姉さまの可愛らしい寝顔が見られなかった…がっくり」

「おはよう、レニ…残念だったわね…私に目覚めのキスをしたければもっと早起きすることね」

「はい…」


しゅんとした妹に、小柄な姉は

「でも、かわいい妹にこれくらいはしてあげる」

レニに抱きつくと、つま先立ちで頬にちゅっと口づけをした。

途端にレニの表情はぱぁっと明るくなり、

「えへへ…エリスお姉さま大好き!」

愛する姉の体を抱き返した。


このまま姉とベッドにダイブしたいところだが、それが叶わないことはレニもわかっている。

準備の整った姉の手を取り、恋人つなぎで朝食をとりにダイニングへ向かった。


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朝食後、支度が済むとレニは専属侍女エイプリに連れられ、王都エテルニタの学校へ行った。

また、同じレニ専属の侍女フェブラは王都に用事があるため同行するとのこと。


初等部時代は一緒に通っていたし、卒業後は最悪な関係だったので、こうして学校へ向かうレニを見送るということは今日が初めてだった。

「エリスお姉さま、行ってきます!」

「行ってらっしゃい、レニ」

レニも、この初めての出来事がとてもうれしそうで、とびっきりの笑顔を馬車から見せてエリスに手を振ってきた。

エリスも手を振り返す。


だが、これはエリスがイマジネーア家にいる間だけの「かりそめの日常風景」。

エリスはそれで感傷に浸ることもなく、馬車がだいぶ遠ざかったところで、クロエとともに屋敷の中へ引き返した。


「計画」を進めるために。


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エリスはクロエと2人、レニの部屋で「獲物」を待っていた。


エリスに恋する下僕となったマチの手筈で、

「主であるレニのことで相談したいが、成人していない者には聞かせられない」

「フェブラやエイプリにも別途相談するが、貴女だけには先に話しておきたい」

という口実を設け、レニの部屋へ連れてくるという作戦らしい。


マチから入手した「獲物」の情報をもとに、準備を万端にしてその時を待つ。

少々焦れてきた頃に、ようやく2人分の気配がした。

マチと「獲物」だろう。


そして、廊下との間を隔てる扉が開き、「獲物」である女性の顔が見えた。

エリスは先手必勝、とばかりに漆黒の瞳へ魔力を込め、緋色の瞳を射抜く。

動きを封じた、自分とほぼ同じ背丈の女性にエリスは素早く近づくと、何かをしゃべろうとして開いたままの口を、魔力を込めた自らの口で塞いだ。


マチは、抵抗された時に備えて拘束する体勢にも移行できるような感じで、小柄な女性を支えていた。

エリスが動きを封じる魔法を解除して顔を離すと、女性は脱力し、マチに寄りかかる体勢をしていた。

目を閉じて、顔はやや赤くなっている。


事前にマチから聞いた情報では成人しているとのことで、当然エリスより年上なのだが、とても可愛らしく見える。

エリスが腰まで伸びたストレートロングの白髪を手櫛で梳いていると、女性が目を覚ました。


エリスを視界にとらえると、顔を紅潮させて両目を潤ませながら言葉を紡ぐ。

「エリス様…わたくし…今エリス様を見ていて体の中がキュンキュンするのですが…この気持ちがどんなものなのかよくわかりません…」

エリスにとって面識のなかった女性、レニの専属侍女の1人であるメイ・コーダはエリスを知っているようで、しかしエリスに対して芽生えた感情が何なのか理解できず戸惑っている。


「メイ、貴女のその気持ちの正体を教えてあげる。その代わり、私にもいろいろ教えてちょうだい」

「はぃ…エリスさまぁ…」


事前にマチからメイの人となりを聞いていたエリスは正直に、メイはエリスの魔法「エヴィゲ・リーベ」によって恋心を植え付けられ、エリスを恋人として認識していると告げた。


「そのような魔法をわたくしにかけたのであれば、いくら誤魔化してもエリス様に従順なわたくしは疑いようがないはずなのに、正直に話していただけるなんて…エリス様の恋人になって…わたくしとても幸せです…。

 今までお嬢様を主として慕う気持ちや、クロエ様に憧れのような感情を抱くことはありましたが、"恋愛"とは無縁だったので…例え元はわたくしの本心ではない、エリス様の魔法によるものでも構いません…エリス様を愛しています」

自分の気持ちを理解し、本心ではない紛い物の恋心でも受け入れると誓ったメイがエリスを見る目は、ハートマークでも浮かんできそうな恋慕の情に溢れたものだった。


そして、恋人いない歴=年齢だったメイは、成人後にようやくできた、同性で背格好も似たかわいい年下の恋人と、いちゃいちゃしながらおしゃべりを始めた。


「はむん…ちゅっ…わたくしは…メデイア様の侍女である…メイル…、ここにいるマチさんの妹と…名前が似ているので…普段は皆から"コーメイ"と呼ばれています…ちなみにメイルは"セイメイ"です…。

 だけど…エリス様だけは…2人きりの時とか…こういう雰囲気の時には…わたくしを…メイと呼んでほしいのです…」

口づけを交わした後にそう言うと、頬をぽっと赤く染めるメイ。

自分より年上の合法ロリによるそんな言動に、エリスの中で何かが目覚めた。

「メイ…かわいい…しゅきぃ…」


自らもあと1年経てば合法ロリの仲間入りをするような容姿なのに、妹と同じ…ロリコンを発症した。

(メイかわいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ…かわいすぎる…はぁはぁ…私も大して変わらない体型のはずなのに…もう私ロリコンでいいや…)


蕩けた表情で見つめあうエリスとメイ。

そのままお互いの唇を重ねる。

しかし、その先はマチによって止められた。


「例えエリス様でも、お嬢様不在時に許可なくこの部屋で行為に及ぶのはさすがに看過できません」

マチはエリスの行動を全肯定するように洗脳されたわけではないし、レニの専属侍女という職務はそのままである。

主の部屋を汚しかねない行為は当然ながら阻止した。

恋愛感情や性行為に関する話題はそれっきりとなり、別の話題に移った。

なお、メイが語ったことによると、彼女の緋色の瞳は、先祖が異世界からの転移者だからだという。

転移者のうち、女性は神様から与えられる特殊能力の影響で、例外なく赤い瞳になるらしい。

メイの先祖の瞳はもっと鮮やかな赤だったらしいが、この世界で生まれた子孫はやや色合いが変わるそうだ。


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一方、王都エテルニタでレニ、エイプリと別れたフェブラが向かったところは王宮。

守衛を務める王国騎士団の、もはや顔なじみと言ってもいい女騎士に用件を告げると、「いつもの部屋」へ。


待ち人を想い、今日は少し遅いなと思ったところで扉がやや乱暴に開かれた。

「おまたせ…」

「ユノっち!」

「フェーりん…重たい…」


待ち人…ユノ・シュールが姿を見せた途端、フェブラはユノに飛びついた。

イマジネーア家でレニの専属侍女を務めている時は堅物そのもののフェブラだが、幼馴染みであるユノの前では年甲斐もなく、ユノに過度なスキンシップを求めて甘える。

そんなフェブラからの重い愛と、フェブラに体重を掛けられているという2重の意味で重たさを感じているユノだった。


「だって、3日もユノっちに会えなかったんだもん」

と言いながら、渋々ユノからほんの少しだけ離れるフェブラ。

幼馴染みだからこそ、2人だけの時は成人しても「ユノっち」「フェーりん」と呼び合っているが、その容姿は2人とも、この世界における同年齢の女性の平均よりいろいろな意味で高いスペックを誇り、近寄り難い雰囲気を纏うこともある。

「相変わらず困ったフェーりんだな…ワタシも忙しいんだから、さっさと"仕事"済ませよっ」

と言いながら、プラチナブロンドのふわふわロングヘアをポニーテールにまとめたユノは、薄い赤…ピンクにも見える双眸を幼馴染みに向け、今日の面会の「口実」でもある「仕事」に取り掛かった。


「で、たった3日間だけどイマジネーア家で変わったことはある?」

「お嬢様…レニ様と姉のエリスが仲直りしたわ。

 いつもやっているいじめにエリスがちょっとだけ反抗したら、それにレニ様が切れて暴走し、処女奪っちゃった。

 レニ様はそこまでしてしまったことによほどショックを受けたらしく、エリスに謝っていじめも止めたどころか、今までが嘘のようにエリスにべったりして、姉妹というよりまるで恋人みたいね」

「そしたら義絶は取り止め?」

「いや、それはなさそう。

 少なくともこの3日間で、エリスが家を継ぐために必要な動きを見せたことはないわ。

 例えそんな真似をしたところで、無能にイマジネーア家は渡さない。

 そのために私とエイプリがいて、マチとスザク姉妹、そしてコーメイもいるのだから」

「そうね…"ジョイエロ"が2人いれば、しかもそのうちの1人はフェーりんなんだから安心ね…。

 でも、万が一想定外の大事が起きたらすぐに教えてね。

 フェーりんにもしものことがあったら…ワタシ…」

「もちろん、大事が起きたらすぐユノっちに知らせるし、ユノっちが最終手段を使うような事態にはさせないわ…ちゅっ」


2人が会う建前だった「仕事」はフェブラからの口づけでなし崩し的に終わり、面会時間終了まで幼馴染み2人は互いの唇、そして口内を貪った。


「もう終わり?もっとユノっちとイチャイチャしたい…」

「ワタシもフェーりんのあんなところやそんなところを味わいたいけど、また今度…次回はこの日ね。

 フェーりんは言わずもがなだけど、ワタシも今度会える日が今から待ちきれない…。

 名残惜しいけど…それじゃ、またね!エイぽんにもよろしく!ちゅっ」

というユノの言葉と軽い口づけを最後に、ただの幼馴染みではない2人は再会を期して別れた。


(無能ちゃん、乙女のままだったら捨てられた後に拾ってあげようとおもったけど、妹ちゃんに初めてを奪われちゃったか…。ワタシはもういらないから、ジャンヌ経由で騎士団に拾わせるかな…。この後はセプたんから報告聞いて…)

などと考えながら、ユノは王宮の奥へと戻っていく。


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「そろそろ戻らないと、スザク姉妹や外出中の2人に怪しまれるので、私とコーメイはこれで…」

「そうね…詳しい話は夜にとっておきましょうか…。

 今夜、私の"仮住まい"で待っているわ…。レニも連れてきなさい…」

「はい、かしこまりました」

主にメイに関する話題の多かった雑談を切り上げて辞去しようとする侍女2人は、主とともに今夜「仮住まい」を訪問することを約束し、レニの部屋を出た。

やや遅れてエリスとクロエの主従もレニの部屋から退出し、「仮住まい」に戻った。


なお、マチとメイが夕方に王都から戻ったフェーりん・エイぽんコンビ…もといフェブラとエイプリに相談したことの主旨は

「レニの爛れた性生活について」。

ただ、マチはレニと肉体関係を持っており、ある意味当事者である。

フェブラも幼馴染みのユノと何度となく肌を重ねている。

コーメイは今のところキスだけだが、今夜エリスとするであろう初体験を楽しみにしている。

エイプリを除く3人は、下手すると自分の首を絞めかねないことから、積極的な策を出せない。

頼みの綱だったエイプリも、やはり何か後ろめたいことがあるのか、頬を赤く染めて何も言い出せなかった。

結局、具体策は何にも決まらず、単なる「口実」の消化に終わった。

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