序章2 暴走の理由、そして成長する「無」
エリスは戸惑っていた。
目を覚まして周りを見ると、エリスが横たわる(「先ほど」破壊されたものとは別の)ベッドの右側に泣き顔の妹。
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レニがエリスの部屋、そしてエリスの純潔を「破壊」した行為は、魔法を使えないはずのエリスによる「レフレクス」を魔道具のせいと決めつけたことに起因する暴走だった。
この世界で、平民は魔法を使えない代わりに魔道具を使用できる。
(もちろん法律によって禁止事項などが定められている。)
一方で、貴族にとって魔道具の使用は禁忌とされており、法律でも罰則付きで貴族の魔道具使用禁止が定められている。
王都の学校でも初等部で教えられるため、貴族の常識としてエリスも知っていた。
しかし…
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朝食の時間になってもダイニングルームに現れない姉妹の様子を伺いに、侍女たちが姉妹の部屋へ向かった。
そして、エリスの誕生以来14年間専属侍女として、魔法が使えないエリスをぞんざいに扱うことなく付き従ってきたクロエがエリスの部屋で目にした光景は、ほぼ黒で埋め尽くされた室内、跡形もなく破壊されたベッド、そしてその傍らに全裸で倒れていた姉妹だった。
レニはしばらくすると目を覚ました。
自分の部屋のベッドに寝かされ、意識のない間に服を着せられていたらしい。
先ほどエリスの部屋で自分のしたことを振り返る。
貴族の魔道具使用禁止は初等部で学ぶ範囲だが、実際に貴族の魔道具使用が疑われる状況に遭遇した場合の対処法「どんな手段を使ってでも速やかに無力化する」は中等部で学ぶ範囲。
レニはそれを忠実に守っただけだが、その結果としてエリスの純潔を奪ってしまったことに何も感じないわけがない。
魔法の才能が開花した姉を信じず、理由はどうあれ姉の体を傷物にした自分の愚行に気づき、次第に顔が青ざめていく。
もはや姉に対して「無能」と蔑むことも、魔道具使用を疑うこともなく、その他も含めて悪感情は一切持ってない。
あるのは長いこと押し込めていた、姉への「大好き」と、侮蔑・疑い・破壊への「ごめんなさい」。
それを伝えるために姉を探す。
エリスは客間のうちの1つに運ばれ、ベッドに寝かされていた。
その前に浴室で身体を洗われたからか、服は着ておらず、実年齢より幼く見える裸体を晒していた。
血や体の汚れは除かれたが、母・メデイアがエリスの傷を癒そうとしてかけた魔法は「レフレクス」によってメデイアに効果を及ぼす。
その時のメデイアの表情、そして感情はいろいろ混ざって複雑なものだった。
いろいろあって、レニが姉のいる客間を訪れたのは昼食後だった。
ベッドの真ん中あたりで胸が上下しており、危険な状態ではないものの未だ目覚めない小さな姉。
しばらくベッドのそばに寄り添っていたが、やがて諦め、肩を落としながら自分の部屋へ戻った。
その後も何度かレニが様子を見に来たものの、その日のうちにエリスが目を覚ますことはなかった。
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長時間に及んだ睡眠中、エリスは夢の中で魔法の知識を大量に得ていた。
端的に言うと、眠っている間にエリスはチートといってもいい性能を身に着けつつあった。
火属性・水属性・風属性・土属性といった基本属性魔法は、貴族のほぼ全員と「突然変異の(貴族になれる資格のある)平民」が持つ魔力があれば、学校で教わったり独学で書物を読んで覚えたりすることで使えるようになる(効果・威力には個人差があります)。
なお、人それぞれに得意属性があり、その能力が特に秀でている者は「火の○○」「水の○○」と呼ばれるが、「貴族のほぼ全員」に入れず、初等部在籍中基本属性魔法を一度も使えなかったエリスのあだ名は「無のエリス」だった。
しかし、エリスが使った「レフレクス」はそれらとは体系の異なる魔法である。
学べば誰でも使えるものではなく、(一部ロールプレイングゲームでレベルアップ時に突然魔法を覚える感覚に近く)魔法習得に必要な経験(ロールプレイングゲームでいうところのEXP)を積むことによって使えるようになる。
経験値も、魔法を覚えるまでに必要な値も神のみぞ知るものであり、経験値稼ぎなるものは不可だが。
エリスが「レフレクス」習得に必要とした経験についてはさておき、エリスが魔法の知識を大量に得るために必要とした経験は「純潔を
レニの暴走によって純潔を喪った後、しばらく緊張していて魔法習得どころではなかったが、レニが「カナダ・ライ」で気絶した後を追うように意識を失ったことで、知識を受け入れられる状態になった。
精神的に疲弊していたことと、「純潔を喪ったこと」による魔法の習得で体に大きな負荷がかかっていたことから、エリスが目覚めたのはあの日の翌朝だった。
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レニはエリスが目覚めたことに気づくと、泣き笑いの表情でベッドにダイブ!
そして、エリスを強く抱きしめながら
「エリスお姉さま、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
と、ひたすらに姉への謝罪の言葉を繰り返した。
エリスは不幸にも昨日レニがしでかしたことの真意を知らない。
そのため、いつもの「いじめ」がエスカレートした結果、部屋をめちゃめちゃにして純潔を奪ったとしか考えられなかった。
それが一転して、名前を口にすることを忌み嫌んで「お姉」としか呼ばなかったことなどなかったかのように、昔のごとく「エリスお姉さま」と呼び、今までする気もなかったような謝罪を今さらする。
最初は戸惑ったものの、妹のあざとい行為をエリスは無表情で眺めていた。
エリスはレニを赦すつもりなどなかった。
むしろ、力を得たことにより殺意さえ覚えていた。
もちろん、普通の手段で殺しても自分が犯罪者の汚名を着るだけ。
自分が損しない、むしろ得する形でレニを「殺す」。
そのための力が、エリスにはある。
邪な企みを気取られないよう、上半身を起こすと平静を装って
「レニ、あなたの顔をよく見せて」
と話しかける。
ある部分以外は。
レニは何も警戒せずに顔を近づけながら
「はい、エリスお姉」
とまで言って動きを止めた。
エリスの漆黒の瞳がレニの青い瞳を見据える。
漆黒の瞳から発せられた魔力でレニは動きを封じられていた。
その間にエリスは本命の魔法を発動。
「エヴィゲ・リーベ」
そして、両手をレニの背中に回し、レニのわずかに開いた唇に自らのそれを重ねた。
エリスが動きを封じる魔法を切っても、レニはエリスから一方的に唇を貪られていた。
レニの目は焦点を失っており、エリスにすべてを委ねているようだ。
そして、すこしずつ下りてきていたレニの上瞼が下瞼と合わさったところでエリスは唇を離した。
レニの背中に回した手をゆっくり外すと、レニは床にぺたっと座り込んだ。
脱力して頭は下を向いていても、上半身はかろうじて自分で支えられるようだ。
しばらくして、レニの頭が動き、見上げるように顔を向ける。
レニの目は、ハートマークでも浮かんできそうな様子。
恋人として、エリスを見ていた。
「エヴィゲ・リーベ」の成功を確信したエリスは
「私はあなたを絶対許さない。だからあなたを"殺した"。でも、あなたの魔法を含めた才能とその体は魅力的だった。それで、今までのあなたを"殺して"、私に絶対悪意を持たない従順な妹兼恋人になってもらったのよ」
と「エヴィゲ・リーベ」を使った理由について説明した。
「エヴィゲ・リーベ」は口内で発現した魔力をキスによって相手に注ぎこみ、それまでの親密さにかかわらず術者を恋人と認識させる魔法。
正確な魔法の効果は恋人という認識の上書きでなく、恋人認識を含めたレニの「再構築」である。
エリスが「殺した」という表現を使ったのもそのためで、エリスの恋人になる前のレニに戻すことは不可能と言ってもよい。
ただし…付加した要素の排除が不可能という要素以外は実質元のままである。
「レニはエリスお姉さまにとてもひどいことをしたので、たとえ普通に殺されても仕方ないと受け入れるつもりでした。そんなレニの、以前の悪いレニだけを殺してくれたばかりでなく、新しくレニを作り直して恋人にしてくださるなんて…とてもうれしいです!エリスお姉さま大好き!愛してる!」
そういって自分の気持ちを打ち明けたレニはベッドのエリス目掛けてダイブした。
過去にエリスに対して行った仕打ちの記憶は残っているが、その行為の代償として「殺された」ことで、レニがこの件について気に病むことはなくなった。
エリスに対して憎悪と侮蔑の感情をぶつけてきたレニはもういない。
ここにいるのはエリスより体は大きくても、かわいい妹兼恋人のレニ。
ベッドでエリスとじゃれあおうとするレニをたしなめ、エリスは服を着た。
それからレニと手を恋人つなぎにして、朝食をとるためダイニングルームへ向かった。
朝食後、母・メデイアに呼ばれ、彼女の部屋を訪れた。
そこで告げられた内容は…
メデイアからの口添えで父であるイマジネーア家当主にもエリスが魔法を使えるようになったことは認められた。
義絶は取り止め、エリスは遅ればせながら長子として必要な家庭内教育を受けてもらうとのこと。
だが、一通り話を聞いたエリスは言った。
「義絶はそのまま進めてください。」
一呼吸おいてからメデイアに…
魔法が使えるといっても、自分が使える魔法は貴族の当主として必須のものではない。
逆に基本属性魔法は相変わらず使えないため、今後領内の統治や他の貴族、そして王室とのやりとりで非常に不便となる。
…など、エリスが将来当主になった場合のデメリットを挙げていった。
「他国の侵攻や魔物の跳梁跋扈など、非常時なら私の能力も役に立ちますが、今はその時ではありません。平時の当主としては今までの評価通り、レニのほうが私よりはるかに有能です。」
「そこまで考えていたのね…」
貴族の当主、しかも2級貴族ならばどんな手段を使ってでもなりたい輩はたくさんいる。
一族内での争いももちろんあるし、下級貴族の当主が自分の妹や娘を上級の貴族に嫁がせ、あわよくばその家を実質的に乗っ取ってやろうと画策した事案は枚挙に暇がない。
エリスはそんな輩と異なり、家の安泰を優先して自ら身を引いた…と思ったのだろう。
メデイアはエリスの想いを尊重し、当主と話してみると言った。
それで話はいったん終わり、エリスはメデイアの部屋から出た。
仮住まいの客間に戻ると、
「おかえりなさいませ、エリスお姉さま!」
ベッドに腰かけ、エリスを見て満面の笑みを浮かべるかわいいレニ。
隣には憮然とした表情で立ち尽くす、レニの専属侍女フェブラ・アメシス。
主のエリスに対する接し方の変貌ぶりに戸惑っていたフェブラだが、喫緊の問題があるらしく、普通の目上に対する態度でエリスに
「お嬢様はこれから学習時間なのですが、ここから動かなくて…」
と訴えた。
2人きりなら少しくらいイチャイチャしてもいいが、フェブラがいる前ではさすがにまずい。
しかも、まだ確定していないとはいえ、レニにはイマジネーア家の後継としてしっかりと学習してほしい。
それならばやることは1つ。
レニに近づいて普通に
「フェブラが困ってるわ。学習は家のためでもあり、あなたのためでもあるのだから、しっかりとやってきなさい。」
と言ってからレニの、フェブラが立っている場所と反対側の耳に口を近づけてささやくように付け加える。
「フェブラの言うことを聞いて、彼女に許可されたら今夜ここにいらっしゃい。いいことしてあげる」
レニの顔が真っ赤になった。そしてベッドから降りると消え入りそうな声で
「はぃ…フェブラの言う通りにします…」
と言ってフェブラに軽く抱きついた。
「とりあえず、説得には応じてくれたようです。
そのかわり、今日の分の学習結果が問題ないようでしたら、夜にこの部屋へ遊びに来ることを許可してあげてください」
「承知しました。ご協力ありがとうございます」
エリスの「説得」で真っ赤になったままのレニを連れてフェブラは客間を後にした。
フェブラは「説得」の詳細について追及してこなかった。
専属侍女は主に対しての思い入れが強すぎる場合もあると、エリスは初等部時代に聞いていた。
フェブラはそういうところがない、意外とドライな性格なのだろうか。
さて、こちらの専属侍女はどうかな、とエリスは専属侍女クロエ・ラーベの部屋へ向かう。
朝は恋人になったレニと2人でダイニングルームに行っちゃったから寂しがってるだろうな、ちゃんとフォローしてあげないと、などと考えながら。
そして、夜…。
エリスが「仮住まい」にしている客間のドアがノックされる。
「どうぞ」
ドアを開けて客間に入ってきた人物はレニ…ではなくフェブラ。
「申し訳ございませんが、お嬢様は体調を崩されたため今夜はこちらに来られません」
「どうしたのですか?夕食の時は特に具合悪そうにしていませんでしたが」
「夕食後、風呂に入られた際にのぼせたようで…」
単純な「のぼせ」だけでなく、エリスとの「いいこと」を妄想したせいもあるだろう、とエリスは推測するが決して口には出さない。
「そうですか…わざわざ伝えに来ていただきありがとうございます。お手数ですがレニに、今夜はゆっくり休んで、また明日の朝に元気な姿を見せてください、と伝えていただけますか」
「承知しました」
そんな会話の後、フェブラは客間を去った。
まさかの「おあずけ」をくらったエリスは、困った末に、専属侍女クロエの部屋へ向かい、ドアをノックした。
寝ずの番をしている侍女以外は全員寝静まったであろう真夜中、満足したような顔で眠るエリスをお姫様抱っこ…ではなく左肩に担いたクロエは、ほとんど音を立てることなくエリスを客間のベッドまで運んだ。
クロエの顔は、客間にいる間だけ彼女らしくない、恋人に向けるような表情をしていた。
「…おかわいい」
翌朝、エリスが目を覚ますと「仮住まい」のベッドに寝かされていた。
昨日の朝のような全裸ではなく、昨夜着替えたナイトウェアをちゃんと着ている。
そして、ベッドの右側にかわいいレニ。
レニはエリスが目覚めたことに気づくと
「おはようございます、エリスお姉さま、ごめんなさい!」
朝の挨拶と謝罪の言葉を一緒にかけてきた。
謝罪は昨日の「おあずけ」についてだろう、あれはレニにとっても残念だったはずなのでエリスは
「いいわよ。レニも楽しみだったでしょうに残念だったわね。また今度し・ま・しょ」
と返す。
またしてもレニの顔は真っ赤になった。
エリスはレニが落ち着いてから、昨日と同じように恋人つなぎでダイニングルームへ向かった。
朝食後、昨日に続いてメデイアに呼ばれ、彼女の部屋へ。
そこで、昨日エリスが提案した内容はほぼすべて受け入れられたことを伝えられた。
「仮住まい」に戻るまで、エリスはポーカーフェイスを維持していた。
だが、内面ではこれで「あの計画」が進められる、とほくそ笑んでいた。
「無」の力と妹の暴走によって歪められ、壊された14歳の少女による、邪な野望の歯車はこれより回り始めた。
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