無のエリスRPG

長部円

第1部

序章 「無」の覚醒

序章1 水滴る妹

エリスは戸惑っていた。

目の前には右手を突き出した状態で全身びっしょり濡れ、水が滴る妹。


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この世界には、魔法が存在する。


この世界で暮らす人間の大部分は魔法を使えない「平民」で、魔法を使うには魔道具などによる補助が必須。

魔道具なしに魔法を使える人間は「貴族」とされる。

貴族の家に生まれたものはほぼ例外なく何らかの魔法を魔道具なしで発動できる素養を持つとされる。


貴族は世襲制だが、平民であっても何らかのきっかけで、魔道具などの補助なしで使えることが証明されれば貴族になれる。

(こういった場合は原則最下級の5級貴族に叙される。)


一方で、低確率ながら貴族の家に魔法を使えない子が生まれてしまった場合でも、ある条件に合致しなければ貴族のままでいられる。


しかし、エリスはその条件に合致してしまった。

「長子」であるにもかかわらず「魔法が使えない」子とみなされてしまったのである。


この世界では15歳になると成人として扱われるが、貴族の場合は15歳の誕生日に成人の儀式がある。

さらに、長子はその家の継承者として認定される。

第1子が女で第2子が男だったとしても、第1子である女子が継承者となる習わしである。

正当な理由なくそれを覆そうものなら、その家自体の取りつぶしにつながる。


ただし、長子にその家を継承できない要因がある場合は14歳2か月から6か月になるまでの間(14歳59日〜176日)に王都の法務大臣へ届け出て、大臣および法務官僚による審査を経て認められれば義絶できる。

義絶された長子は平民に落とされ、残った子女の中で最年長が代わりの長子として扱われる。


魔法を使えない人間が貴族の家を継ぐなどあってはならない。

そういった理由での義絶は少ないながら前例があるようだ。


それを知っている両親はエリスが14歳2か月になると同時に義絶の届け出をするつもりだ。

その準備も着々と進めているようで、家庭内でも事実上の長子は妹だ。

事実、長子として必要な家庭内での教育は妹に向けて行われている。

だが、届け出をするまでは外向けのみエリスを「長子」として扱っている。


妹も対外的にはエリスを姉として扱っている。

しかし、他者の目が入らないところでは「無能な」エリスに自分の能力を見せつけるがごとく、様々な形での「いじめ」を行ってきた。


そしてこの日の朝も。


エリスは目覚めていたが、体を起こさずベッドに横たわったままだった。

するとエリスの部屋のドアをノックもせずにバタンと開けた妹が、

「お姉、朝だよ!水でもかぶって目を覚ませ!」

といいながら、得意とする水属性の魔法をエリスに向かって発動させるべく右手を突き出す。


妹による朝の目覚ましを装ったいじめはいつものことなので、エリスはドアが開いた時点で妹からの「いじめ」を覚悟していた。

これまでと同じように、妹の気が済むまで精神的に「壁」を作るようにして耐える。

ところが、今日に限って「壁」を作ろうとすると頭の中で

「レフレクス」

という言葉が思い浮かぶと、「壁」が実際にエリスの周りを覆っているように感じた。


妹は水属性の初級魔法「フクロダ」でエリスに滝のような水を降らせるはずだったが、エリスが横たわるベッドの周りで水流が発現することはなかった。

代わりに一瞬、エリスとの間に漆黒の壁が現れたように見えた。

それから間もなく、妹は大量の水を服の上から浴びることとなった。


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レニは戸惑った。

水属性魔法「フクロダ」により生み出された大量の水が自分に降り注いだことに。

着ていた服が水に濡れたことによって体に密着し、13歳にしては育ちの早い肢体を強調する。


ベッドに横たわり、顔を背けている1歳年上の姉が、初めて魔法による「いじめ」に抵抗した。

しかも、その手段は彼女が14年間どうしても使えなかった魔法によるものだろう。


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貴族の子女は5歳になると王都にある学校に通う。

5年制の初等部は事実上の義務教育だが、初等部卒業後3年制の中等部、さらに3年制の高等部へ進学するか否かは任意である。


エリスの初等部での学業成績は極端なものだった。

魔法以外は学年のトップ10をうかがうほどの高評価を得ながら、魔法に関しては5年間最低評価を取り続けてしまった。


中等部への進学にあたっては初等部において科目ごとに一定以上の学業成績を収めている必要がある。

当然魔法も対象に含まれており、中等部進学に必要な評価を得られなかったエリスは10歳の時に初等部を卒業してから家で冷遇され続けていた。


なお、レニの初等部での学業成績はいずれも学年平均以上で、特に魔法に関しては常に学年トップ3に入っていた。

当然ながら中等部へ進学し、現在は高等部の1年生である。


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レニの姉を見る目が、それまでの「魔法が使えない」一家の面汚しとしての扱いから変わりつつある。

遅咲きながらもようやく2級貴族にふさわしい魔法の才能が開花した姉。


次の動作はその姉を祝福するため、これまで数えきれないほどの悪意を向けてきたことなどなかったかのように、水も滴る体のままベッドにダイブ!

そして和解した姉妹はそれまですれ違っていた長き時間の分を取り戻すように、普通の姉妹以上に仲良く暮らしました。

めでたしめでたし。


…とはならなかった。


何かを必死になって探しているような、余裕のない表情でレニは水属性と風属性の合成魔法「ウルサラ」を発動。

体と服を「フクロダ」で濡れる前の状態に戻すとともに、取り除いた水分を球状にして傍らに浮かせた。

そして、球状にした水に水属性の魔法「バヤリー」でオレンジ色の魔力を流し込むと、ベッド周りを除いたエリスの部屋中至る所に散布。

仕上げは火属性の魔法「ユカダン」でエリスの部屋の室温を上げた。


「ユカダン」で暖められた部屋で、壁や床や家具が「バヤリー」の魔力を帯びた水に浸された部分から黒ずんでいく。

しばらくたつと、エリスの部屋の大部分はベッド周りを残して、まるで火事の跡のように大部分が黒で埋め尽くされた。


レニはそれでも気が済まないのか、さらに追い詰められたような表情に変わる。

「なぜだ…なぜ見つからない…」

そして、黒に染まらずに残ったベッドに突進。

今度こそ姉に飛びつく…わけもなく、魔法でソードやハンマーなどの武器を生み出すと、なんとそれらでベッドを破壊した!


「レフレクス」は魔法には効果を発揮するものの、武器による打撃・斬撃は防げない。

さすがのエリスもベッドから脱出し、レニもエリスに対して直接の攻撃はしなかったが、豪華だったベッドは使い物にならないほど破壊しつくされた。


エリスはなんとかレニに破壊されたベッドから脱出したものの、自室での惨劇で腰を抜かしてしまった。

女の子座りの体勢で動けなくなったエリスの真ん前に、異様な雰囲気をまとったレニが肉迫。

狂気に支配されたかのごとき表情で

「うぇひひ…あとはおねえだけだよ…うふ…えへへ…」

とつぶやく。


「フクロダ」による水浸しは半ば無意識に発動した「レフレクス」で防いだが、魔法以外の攻撃に対する防御手段を持たないエリス。

レニの最終的な目的によっては文字通り絶体絶命。


しかし、レニが次にとった行動は魔法を発動するための詠唱。

その最後に、エリスを見下ろし、右手の平をエリスに突き出すようにしながら発せられた魔法の名は

「ヨイ・デ・ナイカ!」


効果を持続していた「レフレクス」によって、「ヨイ・デ・ナイカ」も術者自身に跳ね返る結果となった。

「ヨイ・デ・ナイカ」を受けてしまったレニは床からわずかに浮いた状態で数回転。

その後、回転していた勢いのまま床に倒れ込んだが、少し目を回しただけで、しばらくすると再び立ち上がった。


立ち上がったレニの周りには、「ヨイ・デ・ナイカ」を受けるまで身に着けていた服や下着が散乱している。

そして、それらを一顧だにせず再びエリスを見下ろすように立っているレニの恰好は、全裸。

「うぇひひ…おねえもれにとおなじかっこうにしてあげる…」

レニは身体強化の魔法を自分に施してからエリスに襲い掛かり、抵抗する間もなく服や下着を除去。

エリスも一糸まとわぬ、生まれたままの姿になった。


レニの体は実際の年齢よりも2・3歳分早く成長しているが、エリスは14歳という年齢にしては見た目の成長が遅れており、いわゆる「幼児体型」である。

エリスとレニを初めて見る人であれば、2人が並んでいたら大部分の人がレニを姉と間違えるだろう。


「おねえ、こんどこそれにのめざましうけてね」

全裸のレニが今朝2回目の「フクロダ」でエリスを濡れネズミにしようとする。


しかし、濡れネズミになったのはまたしても術者であるはずのレニだった。


再度、意図せず水も滴る美少女となったレニの中でその時、外れてはいけない箍が壊れた。


「ふへへ…まさかこのさいしゅうしゅだんをつかうことになるとは…そんなところにかくしごとをするおねえがいけないんだからねぇ…」

といった独り言をブツブツとつぶやきながらレニが"最終手段"としてその手に持ったものは…


水属性の魔法で生成した、ロッドのようなもの。

それの、握り部分以外に魔法で数種類の、やや粘りのある液体をまとわりつかせている。

その中には、エリスの部屋にまき散らしたものと同じ「バヤリー」の魔法効果がある液体も含まれているようだ。


"最終手段"の準備が整ったのか、ロッドを握ったレニが、エリスを見下ろす体勢から腰を落とす。

蛇に睨まれた蛙のごとく逃げることさえできないエリスの前に膝立ちになると、

「おねえ、かくご!」

の一言とともにロッドをエリスに突き立てた。


今までレニから受けてきた数多くの「いじめ」には目立った抵抗をしなかったエリスは大事なものを守るため、できうる限りの抵抗をした。

それでも体格でエリスより勝っており、かつ魔法で身体強化を行っているレニにたやすく制圧されてしまう。

エリスの純潔は愛する人に捧げられることなく、レニのロッドによって呆気なく奪われてしまった。


エリスはその後もしばらくロッドによって凌辱され、レニが満足したのか突然その行為は終了。

「さいごに、おねえでれにのしょうりをつげるおとをならしてあげるね…うふふ…」

エリスにその言葉を聞く気力は残っていないが、聴かせるつもりもないのだろう、相変わらずのレニの独り言、その直後にレニが発動させた、今朝のやり取りで最後の魔法。


その、土属性魔法「カナダ・ライ」によってエリスの部屋で発生した鈍い衝突音。


「な…ぜだ…」

とのつぶやきを残してレニは昏倒した。


その様子を見て緊張の糸が切れたのか、エリスも後を追うように意識を手放した。

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