郵便配達は二度ベルを慣らす

ジュン

第1話

私は郵便配達を仕事にしている。手際よく郵便物を配るのだが、一つこわい届け先がある。ある黄色い家に郵便物を届けるときのことだ。

「わんわんわん」

「だめよ、ベル。吠えちゃ」

黄色い家に住む女性がベルを牽制する。

私は言った。

「ベル君、今日も吠えてますね」

私は思った。

「咬まないでくれよ」

女性は言う。

「ごめんなさいね。こわいですよね」

私は言った。

「ベル君はなかなか人に慣れないですね」

「そうなの。ちょっと前も人を咬んじゃって。咬傷被害届だされたのよ」

「そうなんですか……」

「そうなの。咬まれた方に申し訳なくて」

「そうなんですか……」

私は思った。

「咬まないでくれ。頼むから」

女性は言う。

「あなたに、ベルは少し慣れたみたい」

「なんでそう思うんです」

「それはだって、しょっちゅう郵便物を届けに来るから、だんだんあなたに慣れてきたのよ」

「そうか……」

「そろそろ、次のステージに上がる時期なのよ」

「次のステージに上がる時期……」

私は訊いた。

「どういう意味ですか」

女性は言う。

「ベルは、私が『ベルサイユのばら』が好きで、それでベルって名づけたの」

「はあ……」

「私、犬が好きだから、もう一匹飼うことにしたの。私は『ティンカー・ベル』も好きで、それで二匹目もベルって名づけたの」

「はあ……」

「ベルが二匹になるの」

「はあ……」

女性は言う。

「新しい方のベルは、あなたのこと全く知らないから、一から慣らす必要があるわ」

「はあ……」

郵便配達は二度ベルを慣らす羽目になった。


終わり

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郵便配達は二度ベルを慣らす ジュン @mizukubo

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