第7話 料理とセンス
「十文字さん。手、大丈夫ですか」
包帯と絆創膏だらけの手を見ながら、冨田は気の毒そうな顔を見せた。
――こんな奴に同情されるなんて、終わってるな。おれ……。
「うるさい、放っておけ」
十文字はむっとして言い返すが、冨田は心配してくれているということも理解している。そこで、谷川も口を挟んできた。
「どうしたの、その手」
「いや。ちょっと。家事やってみようかな? なんて思ってやりはじめたんですけどね。どうにもうまくいかなくて……」
あれから。週末に天沼の家に押しかけた。とりあえずだ。二人の同棲がいつまでどうなるのか分からない部分もあるので、自分のアパートはそのままにして、身の回りのものだけ持って押しかけたのだ。アパートは落ち着いたら片付ければいい。
土日でも天沼は不在であるため、事前にもらっていた鍵で勝手に入り込んで、勝手に一つの部屋を占拠した。それだけ。一緒に寝れたらどんなに幸せかとも思うけど、天沼に断られた。
『深夜に帰って十文字の睡眠を中断させたくないから。寝るのは別』
そう言われた。それでも、少しでも天沼の雰囲気を感じられるだけで嬉しい。
しかし問題はこれだ。家事を頑張るなんて言ってはみたものの、本当にやったことがないおかげで、なに一つ上手くできない。ともかく大変なのは調理だ。今時は大変便利なものがあって、食材を打ち込むとレシピが表示されるアプリだ。それを利用して挑戦するのだが。これがどうして、なかなか上手くいかない。
手を切る、火傷する等々。傷が増えていくばかりだ。なんとか作ってきたお弁当も冷凍食品ばっかり。大きくため息を吐く。
「珍しいな。弁当手作り?」
谷川の茶々に苦笑いするしかない。
「恥ずかしくて見せられないです。あ、そうだ。中二病的に、蓋で弁当を隠して食べます」
「そんな〜。美味しそうですよ」
冨田は菓子パンを頬張りながら羨ましそうに十文字の弁当を覗き込んだ。
「見るなよ」
「その炒り卵、美味しそうじゃないですか」
「卵焼きだよ! ボケ」
三人のやりとりに渡辺は笑う。
「自分で頑張るとはいい心掛けじゃないか。しかし、自分で料理を始めるなんて。結婚する気ないな」
「な……料理ができる男はモテるんですからね」
十文字は反論する。
「え、そうなんですか? じゃあおれもやろうかな?」
冨田はもぐもぐしながら「うん」と頷く。
「なに? お前、モテたいの? 彼女欲しい訳?」
谷川に突っ込まれて、冨田は必死に反論している。
「欲しいですよ! おれだって。篠崎係長にお弁当作ってきたいです」
「篠崎係長限定かよ。あのな。お前見てみろよ」
渡辺の視線につられて、冨田だけではなく十文字も顔を上げた。篠崎は昼時になると、なにかと野原の世話を焼いている。今日もお茶を出しながら楽しそうに談笑していた。いや、傍から見ると楽しそうなのは篠崎だけで、野原は相変わらずの無表情だが……。
「お前もさ。野原課長くらいすっきりとした体形になって、女子にモテるように容姿を見直した方がいいんじゃないのか? 料理はその後だよ。その後」
「え~……。じゃあ一生独身じゃないですか」
――デブを気にしているクセに、痩せる気はさらさらないのかよ。
十文字は呆れるが、目の前の谷川が「でもさ」と声を上げた。
「冨田は食いしん坊だから、美味しいものをよく熟知していそうだ。ちゃんと学んだら美味い料理ができそうだな」
「え! 本当ですか?」
半分はからかいの言葉なのに冨田は単純。嬉しそうに笑った。そんなお弁当の話をしていると、ふと珍しく席で昼食を摂っていた有坂が口を挟む。
「――料理はセンス。できないやつはできない」
「え?」
「有坂くんには言われたくないね〜」
谷川はそうツッコミを入れるが、彼の取り出したお弁当は完璧。
「おお! なんだその弁当は? 彼女かよ? あれ? お前結婚しているんだっけ?」
谷川は慌てて尋ねる。しかし有坂は無表情のまま、しらっとして答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます