第6話 無茶と同棲
堅く握られた手が冷えていく感覚に幸せな気持ちがあふれている。応接セットのソファでぐったりとしている天沼を抱きとめて、頭を撫でた。
「すみません。無理させましたね」
「……毎回、毎回。本当、嫌がらせばっかりじゃない」
――本当に可愛げないんだから。
天沼は抗議めいた言葉を紡ぐが、口元に笑みが浮かんでいるのを確認する。それが嬉しくて、更にぎゅっと抱く手に力を入れる。
「怒られるの覚悟です。職務中だし。しかも副市長室でって。本当、これって、なんか罰受けることになるんですか? 副市長室って盗聴器とかありそうだもんな。誰かに天沼さんの可愛い声、聴かれていたらどうしよう」
「な……っ! そ、そんなのはありませんっ!」
「じゃあ、副市長が聞いていたら?」
天沼は顔を青くさせた。
「それっ! 一番怖いけど、なんで自分の部屋を盗聴する訳? おれが疑われているってこと!? もう! クビだよ、クビ」
肩で息をしていた天沼は、身体を起こしてワイシャツのボタンを留めた。
「資料揃えないとですね。すみません。帰宅、遅くしました。おれも手伝います」
「いいよ。部外者がいたなんてバレたら澤井副市長に怒られる。大丈夫、もう少しだから。……十文字」
「はい」
ふと冷たく冷えた指が十文字の頬に触れた。
「嬉しかったよ」
「え?」
「会いに来てくれて。ありがとう」
「……こちらこそ。また会えますか」
「うん」
――嘘ばっかり。いつ会える? 次なんて来るの?
つい先ほどまであった幸せがどこかに逃げて行ってしまいそうで怖い。十文字は天沼の手を取って握り返した。
「あの」
「え?」
下になっていた十文字も体を起こして、それから天沼を見下ろした。ずっと考えていたこと。なかなか話す機会もないし、今を逃したら終わりだ。十文字は思い切って天沼に切り出した。
「おれを天沼さんの家に居候させてくれませんか?」
十文字に提案に、天沼は目を見開いてそれから困ったような色を浮かべた。
「でも。家に帰るのは数時間で……」
「だからじゃないですか。一分一秒でも、毎日顔見られたら嬉しい」
「週末もないし。休みもないし」
「知ってる」
「帰るのは深夜で午前様だし」
「夜遊びしているなんて思いませんよ」
「でも」
「食事、作るの下手だし。家事能力ないけど。なんとかします。朝ごはんくらい一緒に食べませんか」
天沼は嬉しそうに視線を伏せるが、目に涙が浮かぶ。
――迷っているのだろうか。
「迷う理由があるのでしょうか」
「……おれ、できるかな」
「自信ないってことですか」
「仕事ばっかりになって、十文字のことちゃんと見られるかなって。いっぱいになると周り見えなくなるし」
「それはお互いさまでしょう」
「でも」
「やってみませんか。できるかどうか、それからです。手伝えることは手伝います。だから……」
目元を拭って彼の瞳を覗き込む。天沼は十文字を見返していた。
「天沼さん」
「……うん」
「いいですか」
「……うん」
指を絡ませてお互いの思いを感じいる。
――これでいいのだ。きっと。
少しずつでいい。二人の関係性はスローステップだけど、それでいいのだと十文字は思った。
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