第3話 新生振興係


 一方。同じ二階は二階でも、別の部署に出勤した十文字は。


「おはようございます」


 顔を出すと、渡辺わたなべ谷口たにぐちが出勤していた。


「おはよう」


「十文字。おはよう」


 二人はしっくりこない顔をして居心地が悪そうに座っていた。それもそのはずだ。昨日までとは違う席順だからだ。まだ、自分のテリトリーとして受け入れられないのが正直なところだろう。小学生の頃、席替えをして登校した翌朝みたいな雰囲気に、はるか昔のざわざわした気持ちが蘇ってきた。


 昨日まで、係長の席には市制100周年記念事業推進室長へ異動となった保住ほずみが座っていた。その係長席に今日から座るのは、昨年度係長補佐であった渡辺だ。そして、渡辺が座っていた席に谷口が横移動する。十文字は、先輩であった田口が座っていた左隣の席に座った。


 隣に移っただけなのに、見える景色が違うだなんて。いつもよりもみんなが、言葉数が少ないのは緊張しているに違いなかった。


 なんとなく気まずいような気持ちになりながらパソコンを開くと、扉がノックされて一人の男が顔を出した。


 中肉中背。年の頃は十文字よりも上。保住くらいだろうか。切れ長の目が猫っぽい。文系の塊みたいな真面目そうな男だった。


「本日付で配属されました有坂ありさか聖人まさとです。前職は議会局になります。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 あんまり真面目そうなので、さすがの渡辺も冗談をかます隙もない。

いや。彼自身が緊張しまくりなのだろう。そういった心の余裕がないというところ。


「係長の渡辺だ。よろしく」


 渡辺の普通の対応に、谷口も習って続く。


「主任の谷口だ。君の担当はおれになる。わからないことがあったらなんでも聞いてくれ」


 有坂は谷口に軽く礼をする。そして。


「十文字です。副主査です。どうぞよろしくお願いいたします」


「よろしく」


 真面目で表情が崩れることのない有坂。どんな人間なのか、見当もつかない。昨日と同じ部署なはずなのに、十文字は軽くめまいを覚えた。


 ——なんだ、これは?


 同じ場所であることに変わりはないのに、全くもって雰囲気も違う。

 そして。


「おはようございます」


 一番最後に登場したのは、ここでは下っ端になる男。冨田とみただ。彼は市民課からの異動。自分と同じコースだ。


 どんな男なのかと期待していたが、期待通りというのか、期待外れというのか。太ったほっぺの赤い男だった。身の丈は自分よりも小さい。だけど、横幅は倍?


 もこもこと段ボールを抱えて、ふうふう言いながら入ってくる。どっかりと荷物を下ろす仕草は雑。きっと仕事も雑なのではないかと予測できしてまう。


「ええっと。冨田です。冨田はじめです! 市民課から来ました。よろしくお願いします」


 彼の登場は、場を和ませるには十分だ。渡辺は緊張で強張っていた顔を緩めて吹き出す。


「ぶ」


 それに釣られて谷口も。


「なんだ。デブかよ」


「で、デブって言いました? ひどいです!」


 ——こんなにあからさまにに太っているのに、それを指摘されて気にするのだろうか?


 十文字はそんな疑問が浮かび、つい、思わず冨田のお腹をつまんでしまった。


「はひ!」


「柔らかい」


「ななな、セクハラですよ」


 冨田は顔を真っ赤にして、汗をかきかき抗議するが、渡辺は爆笑した。


「や、やめてくれ……。本当。なんなんだよ。このメンバー」


 彼はお腹を抱えて笑う。


「おれの初係長のスタートが。骸骨、堅物、性悪、デブのメンバーだなんて……おれって可哀想すぎる」


「堅物って、おれですか」


 有坂は目を見張っている。そして、冨田も。


「またデブって言った……」


 しかし、谷口と十文字は顔を見合わせて微笑む。


「いい門出じゃないですか」


「そうそう。渡辺係長らしいメンバーです」


「お前たちな」


「そういう係長は、人いじりの天才。それって人からみたら悪趣味なんですからね。同じ仲間ですよ」


 十文字の言葉に渡辺は笑む。彼にとって、そういう言葉は褒め言葉なのだから。


「そうそう。そうだな。このへんてこなメンバーがちょうどいいな。ここに可愛らしい女性でも入ったら、回らなくなる」


「そうですよ。人事もよくわかっているんですね」


 谷口はメガネをずり上げて苦笑した。


 そう。文化課振興係は、今年一年、このへんてこメンバーで始動するのだ。


「失礼な」と怒っている有坂と、「デブなんて」としょんぼりしている冨田を眺めて、「悪くない」と呟く。


 昨日までの振興係は、だった。


 だけど。今日からの振興係はなのだ。その一員としてスタートできることは嬉しいことでもある。パソコンに視線を戻してから、ふと思う。


 天沼はどうしているのだろうか。


 ——大丈夫かな?


 さっそく忙しいのだろうな。そんなことを思いながら。




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