第2話 変人と鞭撻


「それにしても客がいないな」


 十文字じゅうもんじのコメントに、石田いしだは「仕方がない」と答える。


「この雪だもんな」


小針こばりは寂しいから来たんだろう?」


「なんで分かるんだよ~。夏宿かおるがいないと寂しい夜になるわけだ」


 夏宿かおるとは、菜花なばなのこと。


「本当、よく付き合っているよな。高校の時からだっけ?」


 石田の言葉に小針は「ふふん」と満足そうに笑みを浮かべた。


「いいの。おれたちマイペースだし」


「この変人野郎に恋人がいるだなんて、本当に世も末だよな」


「なんでだよっ」


 従兄弟同士の石田と小針は犬猿の仲に見えて、結構馬が合うと十文字は見ている。こうして客がいないところにわざわざ来てくれる奴だ。小針という男はかなり変わった男であることに違いないが、心は優しいのだろう。


「そういう十文字はどうよ? ひらくに振られたんだろう~」


「お前ね、人の傷口えぐるようなこと言うな。バカ」


 石田は小針をたしなめるが、小針はにやにやとしている。


「お前はわかってないね~。なんか十文字の奴、雰囲気違うじゃん。あれれ? 恋しちゃったりなんかして?」


 まさかこんな変人に指摘されるなんて思ってもみなかった十文字は、不意なことに取り繕うこともできなかった。ぱっと顔が赤くなるのを二人は見逃さない。


「嘘だろう? よかったじゃん。で、お相手は?」


「恋ってほどじゃない。いや。おれは本気だけど。向こうはちょっと」


「どういうことだよ?」


 小針の促しに、目の前に出されたコーヒーを見つめながら答える。


だ。見込みは限りなく低い」


「ああ、それはご愁傷様だな」


 石田と小針は視線を合わせて表情を曇らせた。


「でもゼロではない。おれだってその限りなく近いギリギリの低空飛行で、夏宿をゲットしたわけだ」


「で、こんなに長く付き合っているんだもんな」


 石田の茶々に、普通だったら怒ってもよさそうなところなのに、小針は「どや」という顔なのが面白い。


 十文字は、なんだか心が和んだ。小針という男はどこか不思議だ。こうして周りを幸せな気持ちにしてくれるのだ。彼の手に係ると、天沼への片思い的な恋心なんて、大したことがない問題な気がしてきた。


「菜花さんってもともとはノーマルなんだろう? どうやって射止めたんだよ」


「射止めたっていうか。そこはよくわからないよ。夏宿の気持ち。でも『容姿端麗、頭脳明晰のパーフェクト男子』のこと、気に入ってくれたんだろう? 今でもおれにぞっこんだからなっ!」


 胸を張って言われても返す言葉が見つからない。二人は沈黙のまま小針を冷たい視線で見つめていた。


「な、なんだよ、なんだよ!」


「いや。お前の脳みその中、かち割って見てみたいもんだ。どこから来るんだよ。その自信は」


 石田は小針のおでこを指で弾いた。


「いてっ、ひどいなあ」


「いや。でも本当。小針っていいね。面白いね。なんか元気でるな。正直、不安ばっかりだ。どうなっていくのか」


「どこの誰なんだよ? お相手は」


 小針に尋ねられて十文字は答える。


「職場の先輩の同期でね。昨日会ったばっかりで、夜泊めてもらったんだけど」


「お、おいおいおいおい! もう宿泊しちゃった訳?」


 小針は興奮気味に口を挟む。


「なにもないって。泊めてもらっただけ。そして、このワイシャツを貸してもらっただけ」


「っていうか、本当にお前は極端だな。前の恋愛は足掛け十年近く引きずっていたくせに。今回の恋は、昨日出会ったばかりでお泊まりって、どういうことなんだよっ」


 石田に嫌味を言われるが、そう言われても自分でもよくわからないのだ。なぜあんなことになったのか。しかし、その疑問には小針が答えた。


「恋って、突然なわけだ。計算し尽くされて始まるわけじゃないってこと。そういう出会いがあったっていいじゃん。おれだってそう。急に事故に遭ったみたいに出会って、おれが勝手に好きになって。いつのまにか、一緒にいるようになって。恋に理由なんていらないんだ。

 十文字が好きだって思うならそれでいいじゃん。相手だって、お前の気持ち、わかってくれているんだろう? まあ、失恋したっていいじゃん。おれなんて49連敗してからの今の恋だからな」


「そういうのって自慢になるか?」


 石田は茶々を入れたが、小針の言うことは最もだ。


 理由なんてないのだ。天沼が好き。ひねくれていて可愛げもない自分に対して、なんとかしてくれようとしている彼が好き。自分と似ているとことも、違うところもあって、そこもいい。


「そうだな。そうかもしれないな」


 コーヒーに映り込んだ自分の顔を眺めて、十文字は頷いた。


「おれも頑張ってみる」


「そうそう。頑張れ〜」


 小針は嬉しそうに笑ったが、携帯が鳴り出したのを確認して飛び跳ねた。


「あ、夏宿、最終で帰ってくるってっ! 迎えにいかなくちゃ」


「ぞっこんなのは小針おまえだろうが」


 石田は呆れた口調で呟く。嬉しそうに店内を飛び回る小針を眺めて、石田と十文字は苦笑いをしていた。






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