好きに時間は関係ない

第1話 除雪と旧友


 翌朝。

 天沼あまぬまにワイシャツを借りた。「ちょっと小さい」と文句を言っていると、「貸さないんだから」と怒られた。結局あの後は、取り留めもない話をした。とても寝る気にはならずに、冬の夜長にお互いのことを話した。


 朝、出勤すると天沼は雪かきをすると言う。「嘘でしょう?」と止めたが、「いつものこと」と言って、彼は雪かきをしている職員に混ざるのだ。


 彼の話だと、広大な駐車場の除雪は、施設管理課の職員が中心となり、心ある職員たちの善意で行われているとのことだった。


 文化課振興係の職員から、そんな話を聞いたこともなかったおかげで、十文字じゅうもんじはその事実を知らなかったのだ。スコップを持っている彼を見て、自分だけ事務所に上がるわけにもいかず、結局は除雪作業に加わった十文字だが。



「……で、雪かきなんて、しちゃったんだ」


 体がギシギシして動かなくなった腰を抑えて、机に突っ伏していた。いい恰好を見せよう、なんて思うんじゃなかったと、十文字は唸った。


「初めてですよ。雪かきなんて」


「おれだってしないぞ。娘を送っていくので手一杯だ」


 係長補佐の渡辺わたなべは気の毒そうに笑った。


「やっぱり、余計なことはするなってことでしょう」


 谷口たにぐちは納得したような顔をするが、係長の保住ほずみは「いやいや」と口を挟んだ。


「いいことだろう? 職員のかがみだ。これを機に頑張るといいだろう」


「そんなこと言って、係長が一番、そういうことしないじゃないですか」


 谷口は保住に視線を向けたが、保住はにこやかに返した。


「おれは足を引っ張るので、遠慮しているのです」


 上手く言うものだ。隣の田口たぐちを見ると、彼はあきれた顔をしていた。保住のコメントに同意できないという顔だ。田口は寡黙だが、ちょっとした雰囲気で何を言いたいのかが分かる。


 彼の横顔を見ていると、天沼のことを思い出した。田口に見てもらいたいって、どういう気持ちなんだ。この男のどこにそんな魅力があるのか分からない。

自分だったらないなと思うのだが……。田口に軽く恋をしていた天沼を、振り向かせることができるのだろうか? 普通の恋愛をしてきた天沼を、振り向かせることができるのだろうか?


 そんな不安はあるけれど、天沼の温もりを思い出すと、心が弾んだ。昨日とは違う自分になった気がする。たった一晩しか違わないのに。ドキドキする胸を自覚しながら、パソコンに視線を落とした。



––––––––––––––––––––––––––––––––––



 その日、昨晩放置した自家用車の雪下ろしには、かなりの時間を要した。かまくらみたいになった愛車が不便に思えた。十文字はそのままの足で足元の悪い中、駅前の有料駐車場に入る。目的地は友人の石田いしだが経営する喫茶店だった。


 彼は高校時代からの親友だ。十文字の家庭環境や性格など、ありとあらゆることを理解してくれていて、何かと相談相手にもなってくれる頼もしい元部長だった。今日も彼に会いたいと思う理由は、昨晩のことを聞いてもらいたいからだろう。本人はあまり意識していなかったが、確実にそれだ。


「雪、ひどいな~」


 くぐもった低い鐘の音を鳴らしながら寂れた木製の扉を押すと、この雪の影響か珍しく客がいなかった。いや、一人だけカウンターに座っている先客がいたのだった。


「おっす~」


 黒縁の眼鏡に髪を真ん中分けにした冴えない恰好の男は、カウンターに座って十文字に手を振ってきた。カウンターにいるマスターの石田は大変迷惑そうな顔色だった。


「この雪で客もいないというのに、が来てさ」


 石田はそう言うと、眼鏡の男を指さした。


「おい。おれは立派なお客様だぞ~。そんなこと言っていいのかな? いいのかな?」


 男はおどけて石田に言い放つ。それを見て十文字は苦笑しながら、彼の隣に座った。


「今日は小針こばり一人なの? 菜花なばなさんは?」


 菜花とはこの男の恋人で、県庁の職員だ。かくいう小針も梅沢県庁職員である。更に彼は、この石田の従兄弟でもあり、十文字は高校時代の部活で彼と知り合いだった。


「昨日、文科省に出張したっきりこの大雪で帰ってこられないんだって」


「ああ、そうなんだ」


 そう言えば天沼は、今日の出張なしのメールを受け取っていたっけと思い出した。





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