第14話 もっと好きになる。
「冗談ですよ」
「冗談だって言ったんです。聞こえませんでしたか?」
「……冗談でそんなことするの?」
「しますよ。何にも言わなくていいですよ。放っておいてくださいよ。おれが悪いんです。世話になっているのに、天沼さんを悩ませるようなことばっかり言って。すみませんでした。どうぞ、お仕事してください」
自分の口から飛び出す言葉なのに、「可愛くないっ!」と批判したくなるではないか!これじゃ、兄と話している時と同じだ。
そうすると、いつも兄は困ったような顔をして十文字の頭を撫でてくれた。小さい頃の話だ。そんな昔話を思い出すのは、現実逃避をしたいからなのだろうと、ぼんやりと考えていると、突然、天沼が自分の名前を呼ぶ声が耳をついた。
「十文字!」
そして、不意に温かい感覚に襲われた。目を見開いて状況を確認すると、自分は天沼に抱き寄せられていた。
「怖くないよ」
「な……っ?」
––––怖がるな。
「そんな傷ついた顔しないでよ。大丈夫。おれがいるから」
ぎゅーっと力強く抱きしめられると、泣きたくもないのに涙が溢れた。
「ごめんね。おれ、本当に無神経で。でもわからない。どうしたらいいのか、なんて言ったらいいのか、わからないし……こんなことしかできないよ。本当にごめんっ!」
兄の顔が、ぼんやりしていて。そのかわり、目の前にいるのは、今日、出会ったばかりの天沼という男だと認識した。彼の温もりは暖かい。ずっと心が悲鳴をあげていた。誰からも愛されない、必要とされていないんじゃないかって。
天沼と一緒だ。
見て欲しい。
認めて欲しい。
たったの「それだけ」。
だけど、自分たちにとったら、必死で得たい「それだけ」。
「おれ、ちゃんと向き合うから。そんな顔しないでよ」
「天沼さん……?」
彼は体を離し、両肩に手を添えたまま、十文字の瞳を覗き込んだ。
「今晩、こうなったのは何かの縁があるんだろう? おれは君のこと、もう少し知りたいと思ったよ。田口の後輩だとか、そういうことは関係ないし。十文字はおれの話をちゃんと聞いてくれたじゃない。おれ、嬉しかったよ」
純粋に聞いていたのかと言えばそればかりではない。十文字は、天沼ほど純真で良心的な人間ではないからだ。下心もあるし、彼の良心につけ込んでやろうという気持ちがないわけではない。だけど天沼の心からの感謝の言葉は、ひねくれた十文字の気持ちを和らげてくれた。
今までの自分だったら、ここで「物分かりのいい人間」を演じて、そして友達止まりで、当たり障りのない顔をして、彼の隣にいることを選択するのだろう。
しかし今までの自分とは違っているのだ。先輩である
「おれは天沼さんのことが、好きなんだと思います。出会ったばっかりだけど、放っておけないし。きっといい人すぎて、おれみたいなやつに騙されまくりでしょう? 危なっかしくて、放っておけないんだ」
「十文字……」
言っていることは上から目線で支離滅裂なのに、天沼は真面目な顔をして十文字の話を聞いていた。
「天沼さん。おれと付き合いませんか」
ストレートの気持ちを伝えると、彼は耳まで顔を真っ赤にしてパニックに陥りそうになっていたが、首を横に振った。
「え……っ! ……い、いやいや。もうそんな反応はしないって決めたんだから。しっかりしろ、おれ!」
彼は自分に言い聞かせるように首をブンブンと振ってから、十文字を見つめた。
「じゃあ、やっぱり、お互いのことを知る必要があるよね? 前向きなお友達からならいいんでしょう? そういうお友達はありなの?」
彼は必死だ。初対面の自分に付き合ってくれるだなんて、本当になんというか……。
十文字は笑い出した。根負け。この人にはお手上げだ。
「な、な、笑うところ?!」
「いいえ。嬉しいんです。こんな卑屈で可愛げのないおれなんかに、付き合ってくれようとする天沼さんが、やっぱり好きかも」
あんまりおかしそうに笑う十文字に釣られたのか、天沼も途中から苦笑した。
「妄想家の変な男だよ。ごめん……」
「別に気にしませんよ。でも、きっと……あなたのことを知ったら、もっと好きになる気がします」
「あのね……」
十文字の言葉に自分の言葉を重ねても、結果は同じだと悟ったのか、天沼は軽くため息を吐いてから微笑を浮かべた。
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