第12話 壁


「そうか。おれ。見て欲しいんだ。田口なら、きっとおれのことをちゃんと見てくれるんじゃないかって。わかってくれるんじゃないかって思って……。また、一緒に話したり、時間を共有したりしたいって思ったんだ」


「そうですか」


「別にそれ以上、何かしたいってまでは考えが及んでいなかったけど……」


 ふと、色褪せた瞳に光が戻る。そして、十文字じゅうもんじを両手で捕まえて揺さぶった。


「ちょっと! なんで、こんなことになっちゃう訳? 別にカウンセリングしてもらうために君を呼んだんじゃないんだよ? なに、これ! カウンセリングみたいじゃん」


「おれだって、したくてしているんじゃない。別に。天沼あまぬまさんに世話になっているわけでもないし。こんなことする義務はないんですけど」


「そ、それはそうだけど」


 彼は大きくため息を吐いた。自分の気持ちに整理が付いたら、少しすっきりしたのだろうか。


「嫌だな~……もう」


「すみませんでしたね」


「いや。ううん。嫌じゃないよ。むしろ救ってもらった。もやもやしていた気持ちの正体が分からなくて、いや、わかっていて押し隠してきたんだ。これって、普通の感情じゃないよねって」


 天沼は、自嘲気味に笑い出す。


「ほら、何せ仕事に依存しているから。仕事がすべて。仕事していると、自分が自分でいられる人間だからね。同じものを共有できそうで、それでいて受け入れてくれそうな人だから、田口に引っ張られるのかも知れないね」


 じゃあ、それは田口ではなくてもいいのだ。

 例えば、自分でも?

 天沼を受け入れるという意思表示をしたら、自分に心を向けてくれるのだろうか?


「言葉にできなくて苦しかった。おれのこと聞いてくれる十文字くんって、本当にいい人なんだね」


 天沼はそう言って十文字を見つめる。


「おれはそんないい人でもない。今日だって、下心なしだと思ってます?」


「下心って……」


 天沼はぱっと顔を赤くした。


「そ、そうだよね。うん。そっか。おれは男同士だし、気兼ねなく誘ったけど、十文字くんからしたら、ごめん。配慮が足りない」


「だって、天沼さんはおれのこと知らないでしょう? 別に気にしないでくださいよ」


「ごめん」


「やだな。じゃあ、キスでもしてくれるんですか」


「……っ!?」


「しませんって。おれだって、誰でもいいってわけじゃないし。男が好きだから誰でもいいんじゃない。相手が女性でもそうでしょう?」


「それはそうだ。女性だから誰でもいいわけじゃないのと一緒だもんね」


「そういうことです。まあ、天沼さんは好みですけどね」


「こ、好み!?」


 彼の腰が引けるのが分かる。まあ、素直な反応だろう。


「何もしませんよ」


「……そういうつもりじゃ」


「いいんです。普通の反応でしょう」


 十文字はそう言うと、天沼の目の前の皿と自分の皿を持ち上げた。そう。天沼と自分は違うのだ。

 

 そう思うと、なんだか一気に壁が出来たみたいに思えて、彼の顔を見ることが出来なかった。





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