第11話 対話と覚知


「職員としては、天沼あまぬまさんのほうが先輩ですけど、この件はおれのほうが経験豊富ですからね。どうぞなんでも聞いてください」


「なんでもって言われても……」


「じゃあ、今の気持ちはどうなんです? 田口さんに恋人がいるって聞いて、どんな気持ちですか」


 インタビューみたいで笑ってしまう。芸能人の結婚会見でもあるまいし。


「どんなって、なんだかチクチクします」


「そうですか。チクチクって痛いチクチクですよね?」


「そうですね。なんだか、胸がぎゅっとわし掴みにされているみたいに」


「苦しいですか」


「はい。苦しいです……」


「他には、何か思うところはありますか」


「他に?」と、彼はそう呟くと、言葉を切った。


「落胆? がっかり? そんな気持ち。でも、田口のことを思い浮かべると」


「どうですか?」


「ちょっと温かくなります」


「そうですか。じゃあ、田口さんのことをどう思っていますか」


 十文字は質問を重ねる。こんなの茶番だと一蹴したって構わないはずなのに、天沼は素直に答えた。


「田口はいいやつだって思う。真面目で、裏表がなくて……珍しい奴だなって思った」


「最初は?」


「そうそう。最初は、真面目で気難しい奴なのかなって。表情がそんなに変わらないから、不愛想な奴? 寡黙で……そんな感じ」


「いい印象ではなかった?」


「いや。特にいいも悪いも印象がなかった。それより、ほかの二人のほうが強烈なキャラクターだったから、田口は目立たない感じだった」


「なのに、どうして気になったんですか」


「えっと、あの。あれは……」


 天沼は「う~ん」と悩んだ。


「そう。二日目のグループ活動の時に、なんだか寂しそうな目をしていたんだよね。みんなが自分の得意分野で能力を発揮しているときに、『自分だけ乗っていけない』って顔。焦っているみたいで、なんだか気になったんだ。そう、あの時にいろいろ話して、『ああ、こいつ何も考えていないんじゃない、すっごく考えていて、そして何事にも真面目に取り組むやつなんだな』ってちょっと好感を持ったんだ」


「田口さんって、実直ですもんね」


「そう。そうなんだよね。口先だけじゃない。よく考えてから話すから、ちゃんと重みがある。信頼できる」


「信頼できる?」


「そう。一緒に仕事をしたら、きっと楽しいだろうなって」


「一緒に仕事をしたいんですね」


「そうそう。一緒に仕事、してみたいなって……」


「でも、それって。じゃあ同僚でもいいでしょう? 天沼さんは、同僚に恋人がいたらがっかりするんですか」


 彼は首を横に振った。


「そんなことはないよ。普通だもの。みんな、それぞれ好きな人がいたり、お付き合いしたり、結婚したりしてもいいと思うけど」


「けど?」


「何でだろう?」


「何ででしょうね。なぜ田口さんに恋人がいるとがっかりするんでしょうか」


「それは……何でだろう?」


「自分ではない他人が、恋人だから?」


「そ、それって、おれが田口のこ、……」


「こ?」


「恋人……?」


「恋人になりたい? 田口さんの隣を歩いてみたい? 手をつないでみたい?」


「ち、違う! そんなこと、したいわけじゃ……っ」


「じゃあ、どうしたいんですか? もっと? もっと違うこと?」


「ち、違うよ……分からない。分からないけど。でも、自分を見て欲しいって、思ったのかも」


 ああ、天沼の気持ちは落っこちたようだ。


 困惑していた瞳の色が、すっと引いて伽藍洞がらんどうな瞳に変わる。そして、彼は体中脱力しているようだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る