第9話 友人と恋心


「恋人なんて、いないかな……」


「女の子にモテそうですよ」


「それは、君のほうがそう見えるけど? おしゃれな感じじゃん」


「そうでもないですよ。こう口が悪いと、女子になんかモテませんよ」


 それに、


 そう付け加えたいところをぐっと堪える。


「ねえ、田口たぐちはどうなんだろうか。田口には、恋人いるのかな?」


「え?」


 急に「田口」という言葉が出て、心臓がどきんとなった。


「や、やだな。なに、その驚き」


「だって、急に田口さんのことなんか言い出すから、びっくりしただけです」


 いや、驚くことでもない。二人の共通ワードが『田口』なのだから、彼の話題が出たっておかしくないではないか、と自分に言い聞かせるが、それでもなお、そこのところを聞いてみたくなる。


「田口さんと、飲み会をしているそうじゃないですか」


「田口が言ったの?」


「そうです。天沼あまぬまさんと別れた後に、田口さんは、天沼さんのことを褒めていましたよ」


「え!」


 彼は、ぱっと顔を赤くした。


 ––––なに?その反応。


「褒めるって、なんだよ、それ……。田口、何て言ってた?」


「天沼さん、恥ずかしがり過ぎじゃないですか」


「だって、人に褒められるのは、慣れていないし」


「そうなんですか」


「そうなんだよ。小さい頃から、褒められると調子でないし、怒られている方がやる気でちゃうタイプだし」


「面白い」


 普通、褒められると上達するって言うんじゃないのか? と思うが、彼の場合は逆パターンらしい。でも、嬉しそうにしている彼を見ていると、なんだか意地悪をしたくなって、田口が彼のことをどう褒めていたのか、その内容については、敢えて言わないことにした。


「飲み会しているんだもの、直接、聞いたらいいじゃないですか。って言うか、田口さんは、恋人の話をしないんですか?」


 十文字じゅうもんじのコメントに、天沼の表情が少しかげった。


「彼女、いるんだ」


「彼女……恋人はいますよね。ああ、おれが言っていいのかな? 内緒ですよ」


「もちろん、内緒だよ。それに、別に……おれが十文字くんを預かったことだって、言わないでおいて」


「どうしてですか?」


「気使うやつだし。後輩の面倒みてもらったなんて思うと、気に病ませることになるし」


 どうして自分がここに一晩泊まると、田口に迷惑がかかるのか、ちっとも分からない。十文字は、少しイライラとした気持ちになった。


 天沼は、田口のことをだと思っているというのか。彼にはすごく気を使っているさまが見て取れた。


 ––––何、その顔。


 田口に恋人がいて、がっかりするって、どういうことなんだ。食べ終わった皿にフォークを置いて、じっと天沼を見据えた。


なんですか」


「へ?」


「田口さんのこと、ずいぶん好きそうだ。恋人がいて、がっかりしましたか」


「なっ!」


 天沼は驚いて、体をのけ反らせた。かなり混乱しているらしく、鳶色とびいろの瞳が空を彷徨っている。


「べ、別に好きとか、そういうんじゃないだろう? 友達だし。ただ、あいつもおれと同じ寂しい仲間なのかと思っていただけだから……深い意味はないし。……やだな。十文字くんって、変なの。変なこと言いだすのはおれより変な証拠かも」


 言葉数が多いのは、何かをごまかそうとしているようにしか見えない。十文字は、苦笑いをしている天沼を真面目な顔でまっすぐに見つめ返した。


「変なのは、天沼さんですよね」


「変、変なのか? おれ。いや、いつも変だろう?」


「初対面なんで、いつもなのかどうかはわかりませんけど」


「それはそうだ」


 冷静さを欠いた天沼のほうが、分が悪いに決まっている。


「あの、おれ。そういうのに理解ありますよ」


「そ、そういうのってなんだよ……」


「ですから、同性の田口さんにしていてもってことです」


「恋!?」


 天沼は悲鳴に似た声を上げて、両手を頬に当てて顔を真っ赤にさせた。





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