第8話 役所と医療


 30分後。十文字じゅうもんじは、冷蔵庫の材料を使ってカルボナーラパスタを作り上げた。


 料理なんて久しぶり。元々、出来ないわけではないが、久々だと勘が働かないものだ。かなり苦戦したものの、なんとか食べられる状態であろう。目の前にあるそれを見つめて、天沼あまぬまは感動したと何度も口にした。


「ゴミ屋敷なのに、こんなおいしいもの作れるなんて、やっぱり、ゴミ屋敷っていうのは大げさに言いすぎなんじゃないの」


「いや、ゴミ屋敷は事実ですよ」


 ほぼ初対面の二人が、こうして向かい合って食事をするなんて、異様な風景だが、仕方がない。少しずつ天沼という男のこともわかってきている気がする。


「天沼さんは、どうして市役所職員になったんですか」


「おれ? なんでだろう?」


 なんでだろう? と尋ねられても、こっちが尋ねているのだが……。


 十文字は突っ込みたい気持ちを押し込めて笑顔を浮かべた。


「なんででしょうね?」


「ああ、そっか。やだな。十文字くんに聞いても仕方がないことだ」


「えっと」と呟いてから、天沼は答えた。


「うちはみんな医療系なんだよね。父親は病院の事務やっているし、母親は看護師でしょう。妹は臨床りんしょう検査技師」


「臨床、検査技師?」


「そうそう。あれ。人の体から採取したものを分析する仕事だよ」


「はあ……」


「何、その反応薄いのは」


「そういうの苦手なもんで。イメージわかないんですけど」


「ああ、ごめん」


 天沼は笑う。


「おれもよく知らない」


「じゃあ、言わないでくださいよ」


「だって、十文字くんが尋ねるから、無い知恵絞って答えてるんじゃないか。興味がないなら聞かないで」


「すみませんね」


「べ、別にいいけど」


 いちいち突っかかって話すクセは自分の特徴だが、それに付き合う彼も彼。出会ってからそう時間がたっていないのに、昔から知りあいだったような気がしてしまうのは、彼が話し易い相手であると言うことか。


「で、それでなんで医療に進まないんですか」


「別に、おれ好きじゃないし」


「好きじゃないしって」


 十文字はあきれて彼を見つめるが、天沼はふと真面目な顔をした。


「おれ、そんなに人の命を背負えるほど強くないんだよね」


「え……」


「医療って重いよ。いや、市役所職員だって重い。どの仕事も責任の重さは変わりないのかも知れないけど、でも。命を預かる仕事だけは、ちょっとできなかった」


 それって、自分みたい。家族が選択している道を自分も選択しなくちゃいけないって思って来た。


 そして、その道を選択できない自分は、家族から仲間外れだって思って来た。天沼はどう?


「天沼さんは、家族と違う道を選んだ事について、どう思っているんですか?」


「どうって……」


 彼は少し言葉を切ってから、俯いた。


「おれって駄目な奴だなって思うよ。家族からは別に何も言われないよ。市役所職員だって、悪い仕事じゃないし。だけど、やっぱり、実家に行くと切ないんだよな。みんなは共通の話題があって、何かを共有しているし、両親の期待に沿えないダメ息子だって感じがして。実家にはいられないんだ。

 だから、ここを買ったんだと思う。それに、市役所のすぐ近くにいるって、おれは市役所に依存しているんだ。多分、おれにとったら、仕事が全て。仕事があるから自分を保てるんだと思う」


 ––––ああ。同じ。自分もそう。


「自分の理由なんだよね。仕事にしがみつくのって。彼女なんか作るのも躊躇ためらわれる。こんな中途半端な半人前のくせに、家庭なんて持つ自信ないし」


「彼女、いないんですか」


 いそうなのに。見た目は悪くない。母性本能を刺激するようなタイプだろうに。まあ、確かに、口を開くとおかしなことを言う妄想癖があるから、並大抵の女子では、着いていけないかも知れない。






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