第7話 夕飯と無能


「おれの家なんて、ゴミ屋敷ですけど……」


 そう、正直に言ったらそれ。


 十文字じゅうもんじの城は、古いアパートだ。男の一人暮らしよろしく、万年こたつのところに置かれた座椅子が自分の定位置であるため、その周辺には、仕事関連の書籍の山、食べたコンビニ弁当の空トレー、飲んだ酎ハイの空き缶、お菓子のカス、そんなのものが散らかっていた。寛ぐために買ったソファには、着た服が山積みだし、とかく、どこに何があるのか、分からないくらいの状況だった。


 しかも、家賃を優先したおかげで、木造の古いアパートに住むことになり、これがまた、隣や下の住人の生活音が駄々洩れの悲惨な環境だった。


 隣人は、夜勤の仕事をしているらしく、夜は不在だからいいものの、下の住人は普通の社会人。たまに彼女を連れてきては、「きゃっきゃ」といちゃついている声が聞こえたり、冷静ではいられないような声が洩れ聞こえてきたりする。『引っ越ししたい』と、そう思ってはいても、仕事も忙しいし、お金がもったいない。


 そんなレベルの低い生活をしている自分と、天沼あまぬまの生活とでは、雲泥の差だと思った。なんだか本気で自分が情けなくなる。こんなに綺麗なら、いつでも人を寄せられるだろうな。今日みたいなことがあってもだ。


「ゴミ屋敷って、どんなの? なんだか十文字くんの風貌からは想像できないんだけど」


 天沼は、コーヒーを十文字の目の前に出して笑う。


「多分、こんな環境にいる天沼さんを連れていくことは、できないくらいの有様ですよ」


「そう言われると逆に見てみたくなるのが人間だな」


 天沼に促されて座ったソファは居心地がいい。そうか。綺麗にしておけば、自分の家もまんざらでもないのかも知れない。ソファだってあるのだ。帰ったら掃除しなくちゃ。そんなことを考えていると、少し離れた床に座っていた天沼は「夕飯どうしようかな」と呟いていた。


「そうですね。これから、買いに行くのもなんですしね」


「食べ物もそう置いていないんだよね」


「カップラーメンでもいいですけど」


「ああ、おれ好きじゃないんだな」


「え? 本当ですか?」


「ほら。あぶらが多いじゃん。お腹弱いんだよね」


「それって、年って言うんじゃ……」


 十文字は思わず笑った。


「昔からなんだから。別に年じゃないし」


 年のことは触れられると嫌なのか。女子でもあるまいし。


「おれ、弁当買ってる派ですけど、作れない訳じゃないですよ。何かはあるんじゃないですか」


「う~ん……じゃあ、見てよ」


 天沼に促されて、十文字は一緒にキッチンへ向かった。まずは冷蔵庫。中には牛乳と卵、スライスチーズの袋が一つしかない。ほかに日本酒の500ミリリットルの瓶がニ本。


「乳製品ばっかじゃないですか。こんなに大きい冷蔵庫なのに?」


「だ、だから、料理する時間ないんだって」


「ないっていうか、できないんじゃ……」


「弁当ばっかりだと豪語する君には、言われたくないね」


 赤面をして抗議する天沼を放っておいて、次に野菜庫を見た。にんじん、じゃがいもが少し、そして、玉ねぎ。


「カレーの材料ですか」


「だから、昔から、その三つがあればなんとかなるって、母親がよく言っていたから、真似して入れてあるだけ。いつも使わない内にしなびるから捨てているけど」


「はあ」


 ダメだ、この人。もしかしたら、生活する能力が欠けている。そのくせ、それを認めないというたちの悪いタイプ。できないなら、できないと言えばいいのに。中途半端だろうと思った。


「他に、主食になりそうなものってありますかね」


「主食? 主食ってごはんのこと?」


「ごはんじゃなくても、パスタとか、そばとか、うどんとか……」


「パスタはあるかも」


 今度は流しの下の扉をごそごそとして、使いかけのパスタを取り出してきた。


「ほら、あった。ほら、見てみなよ。あるじゃん」


「誇らしげにされても。ねえ、天沼さん。賞味期限切れてますけど」


 天沼は口をぱくぱくとさせて赤面していた。


「これならできそうですね。野菜はないけど、いいでしょう。一品あれば、なんとかなりますよね」


「……はい」


 自分ではお手上げ。そういう顔をして、天沼は十文字にパスタを差し出した。






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