第6話 自宅と矮小


 天沼あまぬまの自宅は、本当に目の前だった。庁舎前の駐車場を抜けて、片側一車線道路を横断すると、そこにマンションがあった。

グレーのモダンな造りの外壁は、最近の流行で、築年数が浅いことを物語っていた。


 雪で埋もれている外のアプローチを進み、やっとの思いでたどり着いた正面玄関。暗証番号でロックを解錠し、天沼は十文字じゅうもんじを招き入れてくれた。


「一人暮らしでマンションとか、結構、贅沢じゃないですか」


 つい思っていることが口をくが、彼はそういうことには気にも留めないらしい。「そうでもないよ、これでもローン払っているし」と答えた。


 エレベーターが八階に止まる。二人は自然と足を踏み出し、エレベーターを降りた。


 こんな雪の日だ。ほかの住人と出会うことなんてない。雪が降ると、どうして世の中は静かなのだろう。雪に全ての音が吸収されてしまうのだろうか。この世界には自分たちしかいないのではないかという錯覚を覚えた。


「どうぞ」


 案内された天沼の自宅は、何もない、がらんとしたような部屋だった。玄関先には、靴箱のところに棚があり、届いた郵便物の封筒が数枚、置かれているだけ。目視できる範囲で、廊下にもは何もおいていなかった。勿論、壁にも何も飾っている様子もない。


「ほとんど家にいないからさ。何もないんだよね」


 彼はそう言いながら、まっすぐに廊下を歩いていく。その後ろ姿を確認してから「お邪魔します」と靴をそろえて上がり込んだ。


 雪で濡れた服を気にしながら、遠慮がちに足を進めると、リビングにも最低限のものしかなかった。テレビにソファに小さいテーブル。リビングから続くキッチンには、冷蔵庫とレンジ、炊飯器くらいしか確認できない。


 ––––何、ここ?


「モデルハウスみたいですね」


 十文字の素直な感想に、お湯を沸かすためキッチンに立っていた彼は笑う。


「そうそう。あたり」


「え?」


「モデルハウスって少し安いじゃん。だからここにしたんだよ」


「あ、ああ。はい」


 そういう意味でもなかったのだが、どうやら本気でモデルハウスだったらしい。十文字が言いたいのは、間取りの問題ではなく、置いてあるものが少なくて、生活感がないということ。


「モデルハウスって広く見せるのに収納が少ないんだよねえ。家族いるわけでもないし、荷物部屋を一つ作っていて、そこに荷物は置くようにしているからいいかなーなんて」


「はあ」


 ––––荷物部屋って……。


 先ほど、廊下を歩いてきた際に、見た北側の部屋だろうか。玄関すぐ脇にある洋室には、確かに荷物が置かれていた。


 カラーボックスや棚が置かれていて、何やらカテゴリー分けされているようだったが。


 あれが荷物部屋? あれだけ? 嘘でしょう? と思った。





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