第27話 叱られる勇者

 ナジャ達が暮らす大陸を治めている国王は、一人玉座で頭を抱えていた。名をルンハルトと言う。


 彼の悩みは二つある。一つは勇者達の活躍がかんばしくなく、この後控えている報告に期待が持てないこと。


 もう一つは、大貴族ヴェネディオのことである。かねてから疑惑の目を向けていた男を調査するべく、騎士でありながら冒険者としても登録をさせているドーラ達を向かわせたところ、奴は黒であることが確定した。重い刑罰を与えることはもう決めている。だが心配なのはヴェネディオ自身ではなく、預けていた魔剣だった。


「失礼致します」


 悩み事の一つを請け負っていた女騎士が、静かに謁見の間に足を踏み入れる。


「おお! ドーラか。待っておったぞ。してどうであったか。魔剣は見つかったかの?」


 ドーラは一人だった。彼女は礼をした後、国王の前に進み出て片膝をつく。


「大変申し訳ございません。魔剣は既に影も形もなく。周辺にも調査を進めておりますが……」


「そうかそうか、やはりないか。ふうむ。あれは伝統ある品じゃというのに……」


 ルンハルトは頭を抱える。あと一週間ほどで建国記念祭が開かれる予定だったが、他国の皇族に魔剣を見せると約束していたのだ。もう招待状自体は送ってあり、世界に二つとない魔剣について詳細を書き添えていた。あれだけ宣伝しておいて、実際はなかったということでは面子に関わる。


 周囲にいる大臣や兵士も魔剣の話については既に理解しており、同じく心配していた。


「少し話は変わるが、ドーラよ。今回ヴェネディオを捕まえたのは見事であったぞ」


「光栄にございます。国王よりお褒めの言葉をいただけるとは、一生の名誉です」


「いろいろと想定外のことがあったらしいのう。魔物の軍勢が現れたとか。お主が見事に退けたと聞いておるぞ」


「いえ……それは正確ではありません。一人の、とても腕の立つ魔法使いにより撃退に成功したのです。私はほんの少し補助をしたに過ぎません」


「ほほう! その魔法使いとやら、相当な腕前のようじゃな。SSRランクの魔法使いかのう。アレックスか? それともサンドラか? はたまたベーラか?」


「いいえ。たしかAランクだったはずです。ナジャ……という名前でした」


「え、Aランクじゃと!?」


 気がつけば王は立ち上がり、驚きをあらわにしていた。兵士や大臣達もひそひそと話をしている。想像以上の反応だったので、ドーラも戸惑いを隠せない。実際にはナジャはもうSランクに昇格しているのだが、彼女はその事実を知らなかった。


「はい。とても低ランクとは思えないほど腕の立つ者で、恐らくはまだ冒険者になったばかりかと」


「ううむ! 信じられん奴よ。ところでベーラよ。お主もまた今回の依頼で腕を上げたと見える。以前よりも精悍な顔をしておるぞ」


「ありがたきお言葉」


「その上エルフの中でもとびきりの美貌を誇っておる。恐らく冒険者や騎士をやめても、生活に困ることはあるまい。次から次へと貴族の男どもに求婚されるかもしれんな。はっはっは!」


「そ、そんな。ご冗談を……」


 そう言いつつも、ベーラはまんざらでもない気持ちになった。思わず微笑みそうになるのを必死で抑えている。そんな彼女の姿をチラリと見てから国王は、


「あ! そうじゃベーラよ。ちょっとした用事を頼みたいのだが、お暇かの?」


 と話を切り出す。


「はい! 勿論でございます」


 エルフの女騎士は明瞭な口調で即答する。


「お主はエルフの里出身であるな? 長老とも無論面識はあろう?」


「……え!? あ、はい」彼女は予想もしていない言葉に戸惑った。


「よし! 特に難しい頼みではない。エルフの里より、我ら王族が預けていた『フンフの杖』を返してもらいたいのだ。ワシからの手紙も急いで用意するとしよう」


 フンフの杖とは、呪われた杖でありながら天に二つとないと称えられるほど美しい代物でもあり、魔剣ゼクスの代わりとして適任だろうと王は考えたのだ。これで健国記念祭で恥をかかずに済むという目論見だった。


「しょ……承知、しました」


「おや? どうした?」


「いえ! と、特には! 何でもございません」


「ふむ。ではなるべく早めに頼むぞい。同行者についてはお主の判断に任せよう。冒険者ギルドで依頼を出しても構わん。報酬については全てワシから出す。くれぐれも頼んだぞ!」


「はい。必ずや……」


 ドーラは青い顔になり、猫背になって謁見の間から去っていく。彼女が地元にあまり良い思い出がないことを、ルンハルトは人伝えに知っていた。少しだけ罪悪感に駆られたが、同時に彼女に頼むことが最善だと考えていた。


 ◇


「失礼致します! 勇者アドルフと他三名、王への謁見にまいりました」


 ドーラが去ってから一時間後、今度は勇者アドルフと賢者ゲル、戦士ダクマリーと魔法使いクレアが謁見の間にやってきた。アドルフは普段とは違う紳士かつ丁寧な雰囲気を出し、ゲルも同様だった。クレアは緊張しつつも、何とか国王の前で膝を下ろす。ダクマリーだけは何も変化がなかった。


「ふむ! 勇者よ、以前よりも凛々しい顔つきになっておるな。では近況を報告せよ」


「ありがとうございます! それでは報告致します」


 王の言葉には嘘があった。実際には勇者に何の変化も見られなかったが、彼はどんな相手でも言葉を選ぶことを心がけている。


 勇者は国王に向けて、最近こなした冒険や、上昇したLvの詳細などを細かく伝える。しかし、説明した内容には抜けている箇所がいくつもある。失敗した依頼については一切触れず、以前連れ立っていた魔法使いナジャを追放したことに関しても伏せていた。彼は自分にとって都合の良いところのみを切り抜き、国王に申し伝えた。


 王は全てを聞き終え、微笑を浮かべて見せる。


「素晴らしい活躍ではないか。流石は勇者アドルフ、ワシの想像を超える成長をしているようじゃの」


 アドルフは自身の報告を全て間に受けたと思い、笑いを堪える。内心では国王を侮っていた。


「しかしどうもおかしい。大臣よ、そうは思わんか?」


「はい。少々腑に落ちない点がございます」


 大臣に話を振ったのち、ルンハルトは一転して厳しい顔立ちへと変わる。


「なあアドルフよ。お主、まだワシに報告していないことがあろう? 非常に大切な報告が抜けておる。ワシの耳には、いろいろな者から声が届いておるのだぞ」


「はい? 私に報告漏れが……いえ。そんなはずは」


 アドルフは笑い出したい心情から一点し、突然のことに焦りを覚える。


「うむ。お主を含めた三名は、先日冒険者ランクを降格させられたそうではないか。なぜそれを報告せぬ?」


「あ、あああ……そうでございました。私としたことが、うっかり忘れていたようで」


 みるみる顔が蒼白になっていくアドルフを見下ろし、王は静かにため息をついてしまう。


「お主と賢者ゲル、戦士ダクマリーは後少しというところで、冒険者ランクSSRに昇格するという話であったし、ワシにとっても大いに期待が持てるところじゃった。しかしだ、まさか逆に降格するとは! 先ほどは成功した依頼のことしか報告しなかったな。一体どういうつもりだ!」


 賢者ゲルはワナワナと震えていた。恐れていた展開にどうして良いか解らずにいる。勇者は歯を食いしばりつつ、渇きを覚えた口を開く。


「誠に申し訳ございません。不運が重なり、どういうわけか失敗が続いたことがございましたが、今回報告するまでには至らない内容かと判断しました。しかし我々はここからです。以前は足を引っ張っている魔法使いのせいで支障があありましたが、もうそれもないので……その。次の報告には、必ず吉報をお伝えできます」


 魔法使い……という一言に、王は引っ掛かりを覚える。以前報告を受けていた時、一番後ろに控えていた者がいたが、今はいなくなっていた。


「ふむ。お主達のような者であれ、時には失敗することもあるだろう。不調が続くことも人生にはままある話じゃ。ところでアドルフよ。その魔法使いとは?」


「は? はい。ナジャという者でして。とにかく足を引っ張られて、我々も大変な思いをしておりました」


 ドーラの報告にあった魔法使いと同じ名前に、王は内心で強い興味を持ったが、人目には解らない。あの魔法使いがナジャだったのか、と心の中で何かが繋がった気がした。


「あいわかった。お主達にはこれまで以上に期待している。決してワシを失望させるでないぞ」


「は、はい! 無論です。我々はこれからです。すぐにSRランクに舞い戻り、今度こそSSRへと駆け上がってみせます。必ず!」


「それともう一つ、コロコロとメンバーを変えるような真似をしてはならん。勇者たるもの、自身にも周りにもどっしりと構えるのだ。良いな?」


「はっ! 仲間を切り捨てるような真似は決してしません! それでは、失礼します」


 国王は勇者の返事に満足げに笑いつつ、去り際の姿を見送る。しばらくの静寂の後、先ほどまで名前に上がっていた魔法使いを脳裏に浮かべていた。

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