第28話 ドーラさんのお願い

 僕は昔から、あまりファッションというものにこだわりはない。

 何より優先しているのは魔法使いとしての腕を磨くこと。そしていつかは大魔法使いヴァレンスのようになりたいという夢を叶えることが一番大事だった。


 でも、そんな考えに幼馴染みは意を唱える。


「ダメだよー! せっかくお金が手に入ったんだから、少しは奮発して新しい服を買いに行こーよ。ナジャの大好きな魔法使いがヘンテコな服だったら、ちょっとガッカリしない?」


「まあ……それはそうだけどさ」


「じゃあナジャも、カッコイイ服装にしようよ。あ! そうだ。あたしの服選びも手伝ってっ」


「ルルアが買いたいだけじゃないか」


 ルルアと歩くアロウザルの通りには、お洒落な服屋さんがいっぱい並んでいる。心なしか歩いている人達もみんな若い。


「あ! あそこのお店いいじゃん。ナジャにピッタリのローブがあるかも。いこいこー!」


「もうー、ちょっと待ってくれよ」


 僕とは違って金髪の幼馴染みはとにかくオシャレなんだけど、そんなに服を買って使う時があるのかなぁ。


 ◇


 僕らが入ったお店はアロウザルでも有数の服屋であり、かつ防具屋でもあった。防具と服が交互に並べられているっていう、ちょっと変わった趣向のお店なんだ。


「ねえねえ、どう? 似合ってる?」


 そしてどういうわけか、僕の服選びじゃなくてルルアの服選びに変わってきた。それにしても何を着ても似合うな。


「うん、似合ってるぞ」


「ちょっとー! 今ちゃんと見てなかったでしょ」


「見てたよ。すっごく似合ってるよそのスカート」


「今履いてるのショートパンツだけど」


「げ!? ちょっと目が疲れてて」


「もー。ちゃんと確認してよねっ」


 僕のローブはサクッと決まったのに。ファッションショーに付き合い続けて疲れちゃった。試着室の一つをルルアが独占しちゃってる気がするんだけど。でも周りのお客さんは、ルルアが衣装を変えて現れるたびに驚いた表情をしてるんだよね。


「ナジャー。これならどうかな?」


「え? うーん。お、おおお」


 す、凄い。


「あ! ナジャ、ちょっと見惚れた?」


 ぱあっと明るい笑顔を見せてくる幼馴染みに、僕は悔しいけど首を縦に振る。さっきまではボーイッシュな服装だったけど、白いワンピースなんて着ちゃったものだから。うーん、光って見える!


「まあね。良いんじゃないか。うん」


 こういう時、どんな風に褒めていいのか解らない僕は、味気ない返答をしてしまったと思う。そんなこと言われたって嬉しくないよね、と思っていたら。ルルアはニコニコ顔のまま固まってしまった。


「えへへへ……」


「ルルア。ルルアー、大丈夫?」


「……は!? あたしは今まで、何を」


「記憶まで飛んだか!」


「あはは! 冗談冗談。じゃあまずはこれを買おっと。えーと次はぁ」


 もう、いつまで続くのかなぁ。僕はスッとルルアから離れて、ちょっと遠くにある防具フロアを見て回る。魔法使いの僕や武闘家のルルアでも扱える、上質な防具はないかな。


「はう!? ……ここは……」


 ところがだった。僕はどういうわけか水着フロアに迷い込んでしまっていた。もうすぐ秋になるっていうのに。


 でも、意外と水着を見て回るのも楽しいかもしれない。なかなか個性的な柄がいっぱいあるみたいだし。考えつつウロウロしてると、何処かで見たことのある後ろ姿を見つけた。あの緑色の髪は、もしかして。


「これを着れば……シェザール様は……」


「ドーラさんじゃないか」


「わひぃ!?」


 跳ね上がるような声、というか彼女は実際に横っ飛びして驚きまくってた。以前ヴェネディオ邸でお世話になったエルフの女騎士ドーラさんだ。


「ナジャではないか。一体どうしてここに」


「ちょっと仲間の服選びに付き合ってたんだ。というか、本当は僕の服選びのはずだったけれど。ドーラさんこそ、どうして王都クライテリオンじゃなくて、ここにいるの?」


 彼女が普段いるはずの王都は、アロウザルから東に馬車で二日近くかかる所なんだ。アロウザルより向こうのほうが良い武器や防具、服を売ってるはずなんだけど……ってあれ?


「その水着、買うつもり?」


「ひゃああ?! ちがう! 私はただ、社会勉強の一環として眺めていただけなのだ」


 なんて紐の細い水着なんだろう。ピンク色のそれはそれはエッチな水着を手にして、ずっと考え込んでいたようだけど。


「ナジャー! もう、知らない人についていっちゃダメだよ」


 うわ、ルルアが来ちゃった。


「僕は小さい子供か! それに知らない人じゃないぞ。ドーラさんだよ」


「あ! ホントだー。っていうか、そのセクシーな水着、買うの?」


「か、買わない! 社会勉強だ」


「ふぅーん。ドーラさんってちょっと硬そうなイメージがあったけど、けっこう大胆なんだね!」


「いやいやいや! だからこれは、」


 顔を真っ赤にして否定しているドーラさんだが、本当は買おうとしていたんじゃないだろうか。人は見かけによらないって、最近つくづく思う。


「そうだ! 実は君たちのことを探していたのだ。直近で何か依頼を引き受けているのか?」


「いや。ここ数日は暇してるね。特に予定はないよ」


「ならば丁度良い。実は冒険者ギルドへ依頼をするつもりでいたのだ。少々難儀な案件かもしれないが、引き受けてもらえないだろうか?」


「ドーラさんから依頼かぁ。じゃあ、まずはお話を聞かないとだね。ルルア、もう服選びは切り上げよう」

 僕はちょっとばかり退屈していたものだから、ドーラさんの話を楽しみにしていた。


 ◇


 【私とエルフの里に同行してくれ!】★★★

 依頼者:クライテリオンの聖騎士 ドーラ

 エルフの里から受け取りにいかなくてはいけない物品があるが、多少の人手が必要だ。

 少人数のパーティで私と同行してくれるものを求む!


 僕とルルアは彼女が案内してくれたレストランでランチを食べつつ、依頼用紙を眺める。肝心の物品については書かれていないが、口頭で説明はしてもらった。


「フンフの杖……っていうのが欲しいの?」とルルアはサラダを食べながら訊いた。


「そうだ。これは国王直々の命令なのだが、エルフの里に預けている国宝、フンフの杖を持ってくるように命令を受けている。だが、里の聖域とされる地区には基本的によそ者は入れないし、必ず少人数で向かう必要があるのだ」


 僕はステーキを食べながら、ちょっとだけ首を傾げてしまう。


「でも里に行くだけなら、大したことなさそうな気がするけどな」


「いいや、油断はできない。里の近くにはなかなかに強い魔物がウロウロしていることがあるからな」


「そっかぁ。じゃあ一人じゃ危ないよね……。あたし達ならいけそうだけど」


「そうだ。以前の冒険者仲間でも良かったが、少しばかり戦力が足りない気がしてな。そこでナジャとルルアのことを思い出したのだ」


「いいじゃんいいじゃん! ナジャ、依頼受けてみようよ」とルルアはジュースを飲みながらガッツポーズをして見せる。


 僕としても依頼を受けること自体はやぶさかではない。でも、どうも腑に落ちないと言うか。ドーラさんが何か隠してるような感じはあったんだよね。


「ドーラさんにとっては里帰りになるんだよね? エルフの里って行ったら、大抵のエルフ族の故郷なわけだし」


「う……」


 ウキウキしてるルルアとは対照的に、エルフ騎士は少し憂鬱な表情になりフォークの動きが止まった。あれ、どうしちゃったんだろ?

 しかし何かを振り払うように彼女は突然席を立つと、


「と、とにかくだっ。今回の依頼を達成したならば、国王からも目にかけられることだろう。君達が専用の依頼を貰える日も遠くないかもしれんぞ。頼む! この通りだ」


 と頭を下げてきた。実は相当困っていたのかもしれない。


「えええ。やったじゃん! ねえナジャ。依頼受けようよー。あたし達一気に冒険者ランクが上がるかもしれないよ」


「……うん、解った。ドーラさんの頼みだし、やろっか!」


「本当か!? 良かった……良かった。これで安心だ」


 ドーラさんはぱあっと明るい笑顔になって、ヘナヘナと椅子に腰を下ろした。そんなこんなで彼女と一緒に、僕とルルアと聖女様はエルフの里に向かうことになったんだ。

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