第26話 ピカピカの新居
クラリエルに紹介された商人は、無愛想だけど信用はできそうな感じだった。
彼に案内されて辿り着いた所は、あまかぜ亭から歩いて十分くらいの好立地だったんだよね。僕らは大きな大樹の下に作られた、赤い屋根の一軒家を見上げてる。
ちなみに聖女様は教会で仕事をしたり、アロウザルのお偉いさんとお話しするとか用事がいっぱいみたいで、今回は同行していない。ちなみにここに来るまでに二軒ほど紹介されていたが、いまいち決め手に欠ける物件だった。
「わああ! なんか絵本に出てきそうな感じ。とっても素敵な外観だねっ」
話しかけてきたルルアの声は少しばかり弾んでいて、自分のことでもないのにワクワクしているのが伝わってくる。
「そうだね。すみません、中を確認させていただきたいのですが」
「ああ、勿論いいですよ。ただね……あなたが家の中に入れればなんだが」
「へ? おじさん、どういうことー?」
ルルアがキョトンとしてしまうのも解る。僕もちょっと首を傾げていた。
「実はね。この家には特殊なロックがかけられていて、今まで誰もそれを解けたものがいないんですよ。もう何百年も。だから立地条件はいいのに住める人がいなかったんです。あれがロックなんですがね」
よく見れば、確かに家全体に透明な結界が張られていた。高位の魔法使いでもなければできない芸当だ。
僕はおじさんが指差した、ポストの隣に設置されている石板みたいな物を覗き込む。平たいテーブルっぽい石のなかに正方形の枠があって、その上にはこう書かれていた。
『汝、この家を求めるのならば、七連鎖を成功させよ』
「これは……まさか!」
「え? ナジャ、この文字が読めるの?」
「うん。これはもう使われていない古代文字だけど、多分落ちゲーに関係しているのかもしれない」
正方形の下には、『スタート』と書かれた奇妙なでっぱりがある。僕は試しにそれを指で押してみた。
「それが誰にも解らんのです。見ていてください。変な魔法が始まりますから」
おじさんが言うとおり、正方形の部分が光り出したかと思ったら、僕にとっては見慣れた画面が出現する。
「わああ! これって落ちゲーじゃん!」とルルアのびっくりした声が聞こえる。
これには驚いた。どうして落ちゲーができる石版なんてものがあるのか。もしかしたらこの家主だった人は、落ちゲーに関係のある人だったのかもしれない。
そうこうしているうちにクリスタルが落下してくる。『スタート』の下には左、右、下と丸ボタンが現れた。ああ、もうまるっきり僕のギフトと同じだ。
「間違いないね。よし、七連鎖なら大丈夫だ」
僕はあれから落ちゲーの連鎖について研究を続けていて、どうやったらより連鎖できるのかが掴めるようになっていた。今回は真ん中にボンボンと積んでいく。ルルアとおじさんが見守る中、無作為に積み上げられたような塊が真ん中より少し上に来た時、ちょうどよく狙っていた赤クリスタルがくる。
「これでいけると思う」
「え? いけるって……この魔法が解けるんですか?」
おじさんの驚いた声が響く中、僕は真ん中より少し右に赤クリスタルと緑クリスタルを落下させて連鎖を開始する。ポンポンと軽快な音とともに消えていき、すぐに七連鎖が成立した。
次の瞬間、大樹とともに家から眩い光が発せられたかと思うと、うっすらと見えていた結界がゆっくりと消え去っていく。
「すごーい! ナジャ、簡単に結界を解除しちゃったね」
「な、なんと……。この結界を解除することができる人がいるなんて。あなたは一体……」
「いえ、まあ。ちょっと知識があっただけですから。じゃあ、中を見学させてください」
「ええ! ええ! 構いませんとも。いやはや、私も初めて見ますから、緊張しますなぁ。ははは」
そっか。確かに何百年も結界が解けていないワケだから、おじさんも誰も中を見たことなんてないワケだ。とりあえず僕らはお家の中に足を踏み入れてみた。
◇
何百年も結界によって守られていたというお家は、どういうわけか中も埃が溜まっているわけでもなく、まるで新居そのものといった感じだった。
リビングやダイニング、キッチンからお風呂にトイレまで、全てが広めで綺麗で、ちょっとした貴族が借りていてもおかしくない程のお家だったんだよ。いやービックリ。しかも地下室とか倉庫、書斎もあるみたい。
恐らく誰か高名な魔法使いが住んでいたようで、書斎には沢山の魔法に関する書物が並べられている。机もまるでさっきまで人がいたみたいに綺麗に整頓されている。
「ナジャー。ねえねえ、お風呂凄いよ。水泡みたいなのが出るの」
「え? 水泡?」
バスルームに入ってみると、お湯をいれる変な装置があり、ボタンを押すと泡っぽいのが出たりする。これには案内役のおじさんまでもがビックリしちゃってる。
「こんな設備を見たのは初めてです。一体何がどうなっているのやら。他にもいろいろな設備があるかもしれませんね」
なんか大きなベッドもあるし、部屋自体もいくつもあるし、一人で住むにはちょっとばかり贅沢な部屋だなぁ。書斎にあった本のことも気になるし、僕はここに住むことに決めた。
「あの……家賃はおいくらですか? ここで決めようと思います」
「おお、ありがとうございます! そうですねえ……月々、15Gでいかがでしょう」
「はい。じゃあ15……え?」聞き違いか?
「えええ! おじさん、こんなに素敵なお家なのに、たった15Gで住めちゃうの!?」
「はい。いやね、私達としては土地自体は所有しておりますけれども、人が住めない状態が続いていて困っていたのです。しかもクラリエル様のご友人ですし……ここでサービスをしておけば、後々あの方にご贔屓にしてもらえる可能性もありますから」
なんか、とっても正直な人だなと思いつつ、僕としては喜ばしい限りだった。
「では、後日契約書をお持ち致します。もうご自由にお使いいただいて結構ですよ。それでは」
おじさんはお辞儀をすると、なんだかスッキリした顔で家から去っていった。この物件には相当困っていたらしい。ルルアは室内を歩き回っては、目を輝かせてる。
「凄いよね! ナジャってばこんな豪華なお家に住めちゃうなんて」
「まあ、みんなのおかげで儲けてるからね。ルルアはお引っ越しとかしないの?」
彼女は今道具屋の店主、ニニアーナさんとルームシェアをしている。でも、一人で住みたいとか思わないのかなって疑問だった。
「うーん。考えてはいるんだけどね。その……一人じゃちょっと寂しいかなって。誰かと一緒なら、その」
なんだろう。急にこっちを見てもじもじし始めてる。そうか! とばかりに僕は察した。
「ルルア。トイレなら突き当たりを曲がって右にあるよ」
「あ、うん、ありがと……って違うよぉ! そうだ! ナジャに今晩のお料理作ってあげるね。あと、お引っ越しの手伝いもさせてよ」
「いいのか。なんか悪いよ。そこまでしてもらうなんてさ」
「いいのいいの! あたしのせいで引っ越すことになっちゃったんだから当然だよ。それに、最近とっても美味しい料理を覚えたんだ。ナジャにご馳走してあげるね」
それから僕らはお引っ越し作業を終えて、気がつけば夜になっていた。市場から新居への帰り道、大樹へと続く石畳の階段を二人で登っていると、ルルアが何かに気がついた。
「あ! 流れ星だよ!」
「え? あ、本当だ。願い事言えなかったなぁ」
「あたしもー。ナジャの願い事って何?」
「もちろん、URランクの冒険者になることだよ」
「そっか! そうだよね。ナジャはブレないね!」
「ルルアは?」
「あたしは……秘密」
「ええー。なんだよそれ」
「あははは! ごめんね。ちょっとナジャには言い難いの」
「僕には? どういうこと」
「はわわ! 何でもないよ。ねえナジャ、それよりちょっと。……手を繋いでも、いーい?」
「え? 別にいいけど」
「あはは! やったっ」
この時はルルアの気持ちが解っていなかったけれど、少ししてから気がつくことになる。月明かりに照らされた彼女の笑顔には一点の曇りもなかった。
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