第23話 勇者の勧誘

 時は少しだけさかのぼり、ナジャ達がヴェネディオの件を解決し、アロウザルへ帰っていた頃のこと。


 大陸一の歓楽街であるウィズダムに勇者は到着していた。深夜の繁華街を歩く四人の冒険者は、この大陸では少しばかり名が知れ渡っている。


「なあゲルよぉ。今日は野暮用が終わったら、この辺で飲み明かさねえか」


 先頭を歩く勇者アドルフが、街中に飾られたランプを見上げながら言う。


「ふふ。悪くはないな。何せこのところ働き詰めだった。休養も必要であろう。しかし勇者よ、忘れてはいけないぞ。今宵は重要なミッションがある」


「解ってるって! あの大物新人を俺のパーティに引き入れる。そうすればもう失敗なんてあり得ねえ。なあ、そう思うだろ? クレア」


「え!? は、はいっ。私もそう考えてました。勇者様のパーティに聖女様が加われば、もう無敵かも! いいえ、絶対に無敵ですとも」


「誰も相手にしない……だから無敵」


 すぐ隣でボソリと呟いたダクマリーの言葉にクレアは凍りついたが、アドルフは「ふん!」と鼻を鳴らしただけで、特に機嫌を悪くはしなかったようだ。


「ちょっとちょっと、ダクマリー。今のはなんですかぁ? やめてくださいよ。勇者様はプライドが高いんですよ」


 クレアはダクマリーに小声で非難したが、彼女は涼しい顔をしているだけだった。


「あの! すみません。マッチとか、いりませんか?」


 そんな勇者達一行の前に、一人の子供が路地裏から飛び出すように出てきた。ボロい服を纏うマッチ売りの少年は、勇気を出してアドルフの正面に出る。


「マッチだと? そんなもん買っても意味ねえだろ。要らねえ」


「でもでも。お兄さん冒険者ですよね? ウィズダムから出るとしばらくは街も村もないです。マッチは買っておくと何かと便利、」


 あっと、クレアは驚きで目を丸くする。アドルフは食い下がる少年の腹部を蹴り飛ばしていたからだ。地面に倒れ込んでうずくまる少年に近づくと、


「俺は今最高にイライラしてるんだよ。お前みたいな蠅が、この勇者様の周りをプラプラしてんじゃねえ」


「う……んぅ」と少年は四つん這いになり痛みにうめく。


「ちょ、ちょっとアドルフ様!?」


 ゲルは周囲を見廻し、今の行為を誰にも見られていないか確認しようとするだけで、助けには入らない。クレアは恐怖に震わせつつも止めようとするがアドルフは聞かない。ダメ押しで少年に蹴りを入れようとした。


「おわっ!?」


 長身の勇者は自分の体が浮かび上がったことに驚き、持ち上げられていると気がつくまでに数秒程かかった。襟首を掴まれて持ち上げられていたのだ。振り返ると、それはダクマリーがしていた事を知る。


「なんっだよ!? 邪魔すんじゃねえ。お前この俺に歯向かうつもりか」


「…………」


 無口な女戦士が傲慢な勇者を抑えている間に、クレアは少年を逃した。ゲルは面倒そうに、


「目的の酒場はそこだぞ勇者よ。小者など相手にするな」


 と助言めいた真似をした。


「チッ。そうだったな。おら、もう下せよ。いつまでも持ち上げてると斬っちまうぞ」


 女戦士は普段どおりの無表情のまま、ゆっくりと勇者を地面に下ろした。パーティのリーダーは先程までとは打って変わって、紳士的な顔をしながら高級感漂う酒場に入っていく。窓際のテーブル席にその女性はいた。ウィズダムに住む者ならば誰もが知っている、聖女クラリエルだ。


「いやー。悪い悪い。遅くなっちまったなぁ。ちょっと野暮用があったからさ」


 続くようにゲルとクレア、ダクマリーが店内に入る。それぞれが一礼をすると、クレアはクラリエルの隣に座り、後は向かい側で対面するという配置になった。


「初めまして。あなたが勇者様ですね。私はクラリエル。駆け出し冒険者です」


「おう。俺がアドルフだ、宜しくな。それとこっちはゲルで、こっちがダクマリー。アンタの隣にいるのがクレアって魔法使いさ」


 立ち上がったクラリエルと握手をしながら、アドルフはうっすらと笑う。


「まあ固い挨拶はやめようぜ。とりあえず座んなよ。アンタにまたとない話を持ってきたんだぜ。この俺が」


「あら。またとないお話とは何かしら? 是非お聞かせ願いたいですわ」


 クラリエルは青い髪を掻き分ける仕草をすると、それだけで酒場の景色が華やぐようだった。アドルフは足を組みつつ、のんびりと酒を注文した後で乾杯をした。


「俺達のパーティは今や順風満帆に成果を上げている。先日もワーウルフ達の群れを退治し、墓場に現れやがったアンデットどもを始末した。いずれはこの世界に現れるであろう、魔王を討伐に向かうことになる」


「まあ! 冒険者の憧れそのものではありませんか。流石は勇者様、お見それしましたわ」


 青髪の聖女は両手を組み、まるで神様と出会ったかのように歓喜を全身で表現する。アドルフは外目から見ても喜んでいることがはっきりと解る。隣にいる賢者ゲルも口角を上げている。


「だが、いずれ魔王と戦うとなれば、今のパーティじゃ完璧とは言えねえ。クラリエルよ、魔王を打ち倒すパーティに必要なものは何か。アンタに解るか?」


「残念ながら、私のような小賢しい女には解りかねます。ご教示いただけますか?」


 次に口を開いたのはゲルだった。


「ここは私から説明させてもらうよ、聖女殿。パーティはまず前衛と後衛に分かれ、それぞれが与えられた役目を果たさなくてはならない。前衛といえばそこにいる女戦士ダクマリーであり、どちらかといえばアドルフも前衛となる。後衛である私とクレアは魔法で攻撃やサポートを行うのだが、一つだけどうしても足りない点があった。それは回復役だ」


 クラリエルは楽しそうに相槌を打っている。


「私は賢者であり、攻撃魔法、回復魔法ともにエキスパートだ。だが、どちらかといえば攻撃魔法が得意でね、回復役がもう一人いたらと、いつも考えていたのだが……」


「そこでアンタの出番になるわけだぜ。クラリエルさんよ」


「私ですか? ……あら! もしかして」


 クラリエルは両手で口を押さえ、大袈裟に驚いてみせる。女戦士が今にも眠りそうなとろけた顔になっているのが視界に映った。


「ははは! そうだ。アンタを俺のパーティに入れてやろうっていうんだぜ。この勇者アドルフのパーティにな! 今や大陸で一人しかいない。古のオーブが選んだこの俺のパーティに!」


「な、なんということでしょう……」


 ふるふると体を小刻みに震わせる聖女を見て、隣にいたクレアは少し心配そうに見上げた。


「まあまあ。そう固くなるなって。アンタが俺のパーティに入ったら、そうだな。きっと半年もしないうちに冒険者ランクが上がって、高待遇な暮らしができるようになると思うぜ。じゃあ、聞かせてもらおうか。アンタの返事を。俺のパーティに来るかい?」


 聞くまでもないけどな、とアドルフは心の中でセリフをつけ加える。クラリエルが震えているのは演技ではなかった。彼女はこれから始める自分の行為を想像して震えている。


「はい。では喜んで、お断り致します」


「おう! 早速決まったな。宜しく頼んだ……あ?」


 今にも笑い声を上げる寸前だったアドルフの顔から表情が消え、隣にいたゲルは口が半開きになっていた。クレアは目が点になりダクマリーは眠っている。


「お、おいおい。緊張しすぎて返事を間違えちゃったのか? 仮にも演劇の世界で有名だったんだろ」


「何も間違ってなどおりませんよ。お断りします、と申しました」


 聖女だけがこの場で微笑を浮かべている。先程までとは違う、少しだけ妖艶さの混じる笑みだった。ゲルが慌てて話に割って入る。


「待ってくれ聖女殿。私達ほどのパーティが誘っているのだぞ。今はSRランクだが。すぐにSSRランクとなり……ひいてはURだろうが夢ではない最高の、」


「あらぁー。それは残念ですわ。だって私、もうパーティは決めてしまったんですもの。あなた達よりも素敵な人達と」


 みるみるアドルフの顔が赤くなり、瞳は少しばかり充血しているようだった。


「何を血迷ったことを抜かしてやがるんだ。ああ? 俺たちよりも素敵なパーティだと。はは! 笑わせるぜ。一体どんなパーティなんだよ」


「今のところは、魔法使いが一人と武闘家が一人です」


「へっ。くだらねえ。メンツを聞くまでもなく低レベルって解るな。なあゲル」


「ああ、そうとも」


「いいえー。私の見立てでは、直にあなた達を追い抜かしてしまうでしょう。ちなみにリーダーの名前は、ナジャ……と言うのですよ」

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