第19話 ボスをやっつけろ!

 ナジャ達が魔物の集団と戦いを繰り広げている頃、ルルアとクラリエルは謎の影を追いかけていた。


 まるで足がない幽霊のような後ろ姿は、彼女達が全力疾走をしても追いつくことはできず、気がつけば三階の階段を駆け上がったところで見失ってしまう。


「嘘! ねえクラリエルさんっ。あの影いなくなっちゃったよ」


「はあはあ……ちょ、ちょっと待ってください。息が切れてしまって。三階に上がるということは、ヴェネディオ様のお部屋を狙っているのでしょう」


「早くしないと大変なことになっちゃうかもしれないよ! 急がないと。待てえー!」


 クラリエルは息を切らしつつも、何とかルルアについて行く。そして彼女の予想どおりヴェネディオ様の間に、その黒い影はいたのだ。


「ヴェネディオ様ー! あれ?」


「まあ! これは……幻影魔法?」


 黒い影は確かにヴェネディオの部屋に佇んでいたが、少しずつ透けて消えていった。


「うわあああー!」


 下の階から男の悲鳴が聞こえ、二人は一瞬体を硬らせる。


「ちょ、ちょっと待って。今の声は?」


「ヴェネディオ様の悲鳴……大広間のほうですわ。こちらはカモフラージュでしょうか。やられました」


 ルルアはまたも急いで廊下を走り抜け階段を滑り降り、あっという間に大広間にたどり着くが、クラリエルはそうはいかず、また息を切らしながらゆっくりと彼女を追いかけるしかなかった。


 大広間には先ほどの影にそっくりな後ろ姿があり、腰を抜かしたヴェネディオを見下ろしているようだった。


「あれだけ派手に魔物を暴れさせれば、こちらに手は回らないと考えたのだが。冷静なのだな」


「アンタは何者なの!? ヴェネディオ様から離れなよ!」


「人質をとって身代金でもいただく予定ですの? それとも、単なる恨みによる犯行なのかしら」


 ようやく追いついたクラリエルが息を整えつつ、その男に質問を投げかける。


「どちらとも違う」


 黒い影と思われていたものは、男のローブだった。ヴェネディオの元を通り過ぎると、部屋の中央に飾っていた漆黒の剣に手を伸ばす。


「あ! このぉ」


 しかしルルアは剣を触らせまいと、一瞬でローブの男と距離を詰め、飛び蹴りを放つが空を切る。寸前のところで身を翻した男はフードが外れ、紫色の長髪と青白い肌、そして長い耳を晒した。


「エルフ? でも……普通のエルフじゃなさそうだけど」金髪の武闘家は着地した後すぐに構えを取る。


「魔剣はいただいていく。私には必要なものでね」


 エルフの男はルルアの言葉には答えず、懐に隠していた杖を取り出し、天井へ向けた。杖の先から黒い煙が溢れ出し、それらは人間の怨霊になり広間中を飛び交い始める。


「ひいいい!」とヴェネディオは身を丸めてうずくまり、ルルアとクラリエルは必死になってかわそうとする。


「悪霊魔法ですね。しかし」


 クラリエルは瞳を閉じ、静かに体から白いオーラを放ち、悪霊を浄化させていく。その姿を眺めるエルフに向けてルルアが突っ込んでいった。


「今度こそ、もらったぁ!」


 武闘家の常人を遥かに超える速度を誇る拳が、何十発と男に向けて放たれる。しかし男はその切れ長の瞳を濁らせることなく、全てをかわしつつ後方へ下がっていく。ルルアは脇から飛んでくる悪霊に気がつかなかった。


「きゃああ!」


 悪霊の体当たりをまともに喰らい、金髪の少女は窓付近まで吹き飛ばされてしまう。そのまま動かなくなってしまった彼女を横目に、クラリエルは聖属性魔法を何発か飛ばしているが、ひらひらとかわされるばかりだ。


「貴様! 何者だ」広間にもう一人のエルフ、ドーラの声が響いた。


 クラリエルが予想していた救援は、少しだけ遅れたタイミングで現れた。屋敷内の見回りをしていたドーラ達が駆け込んでくる。無表情だったエルフの男は、わずかだが眉をしかめた。ドーラは惨状に戸惑いつつも、すぐに戦うべきであることを悟りショートソードを構える。


「みんな! この男は恐らく予告状の男だ。捕まえるのが難しいなら斬ってかまわん!」


「は、はい!」


 ドーラのパーティは剣や弓を構え、男を逃さないように回る。ドーラとの連携が普段から取れているのか、じりじりと包囲して間を詰めていく。その時、クラリエルが何かに気がついた。


「お気をつけて! 魔法を使うつもりです!」


「む!?」


 クラリエルの一言とほぼ同時に、男は全身から黒い光を放出し始める。包囲をしていたドーラのパーティメンバーもクラリエルも、同時に猛烈な闇のオーラに体を包まれてしまい、感電したような痛みが全身を走る。


「ぐああああ!」


「これで終わりだな」


「舐める……なぁ!」


 ドーラは全身を裂かれるような痛みに耐えながら、剣を床に落とし盾だけを両手で持った。そして自らのギフト『女神の聖盾』を発動させる。彼女を中心として円形のバリアが発動し、あっという間に闇のオーラは消え去っていく。息を切らしつてひざまずいていたクラリエルは、ギフトの効果に驚きを隠せない。


「まあ。これは無敵空間ですか?」


「確かに無敵空間だが……その」


 エルフの男は防がれているにも関わらず、今もなお魔法を解除しようとしない。約七秒程経過した時、聖盾の効果は解除されてしまい、またしてもドーラ達は猛烈な衝撃に包まれてしまう。


「ぐあああ!」


「ああんん!?」


 とうとう全員がその場に倒れ込んでしまった。


「大人しく魔剣を渡していれば、痛い目に遭わずにすんだものを」


 男はそう吐き捨てると、静かに広間の中央に飾られている魔剣へと歩み寄り、赤子に触れるかのような優しい手つきで魔剣を手にする。


「う、うう……」


 男の背後からくぐもった声が聞こえる。ルルアがフラフラになりつつも立ち上がろうとしていた。同時にドーラも剣を支えに体を起こす。


「まだまだ若輩であるにも関わらず、私の魔法を受けて立ち上がるとは」


 男は杖を正面にいるルルアに向ける。黒い球が、戦いを諦めない少女を貫くために、杖の先端から離れていった。ルルアの瞳には黒い光と、黄金の光が同時に見える。暖かな光はやがて、闇を弾いて彼女を救った。


「……なんだと?」


 広間から放たれた魔法に、初めて男は驚きの表情を浮かべる。直後、猛烈な氷魔法フリーズが吹き荒れ、男のみを襲った。


「ぐうう? 誰だ!」


 廊下から広間に入ってきたのは、ルルアの仲間であり元勇者パーティの魔法使い、ナジャだった。


「どこの誰だか知らないけど、穏やかじゃないよね。こういうのは」


 杖を構える魔法使いの上には、なぜか奇妙なものが映し出されている。あれは一種の幻影魔法か? そんなことを考えている矢先、


「ライト・アロー!」


 すぐに強烈な光魔法ライト・アローが飛びかかってくる。エルフの男はとっさに対となる闇魔法ダーク・アローで応戦し押し合う形になる。


「ふん。何かと思えば、下級の光魔法か……」


 エルフの男はわずかだが安心していた。自身がすぐに押し始め、優勢になっていることは間違いない。彼は自分の魔法に絶対の自信を持っている。


『五連鎖! 攻撃力五倍ボーナス! 青オーラ発生! クリアポイント増加』


 聞いたことのない声と共に、魔法使いの全身が青いオーラに包まれる。先ほどまでとは別格の何かを男は感じ取っていた。


 異変はすぐに訪れる。先ほどまで押し合っていた光の槍が、みるみるうちに巨大化し、彼の経験にはないほど強烈な魔力を帯びた何かに変化していた。あっという間に光は闇を飲み込み、自身に迫ってくる。


「ば、バカな。こ、こんな……う、うぁあああああ!」


 男は自身よりも遥かに巨大な光の槍に包まれ消えていった。


「ふうう。終わったぁ。あ! や、ヤバい……壁が」


 魔法使いはほっとしたのも束の間、広間の壁に大穴を空けてしまったことに焦りを浮かべる。ドーラは彼の一撃を見て驚かずにはいられない。ルルアはすっかり元気な顔になって走り出す。


「な、なんという強烈な攻撃魔法だ。君は本当に」


「やったー! ナジャが悪い盗賊エルフをやっつけたよ」


「え、いやー。ルルアやみんなの、」


 と言葉にしようとしたが、ルルアが勢い余って飛び込んでしまい、そのまま彼を屋敷の外まで吹き飛ばした。


「あーれー!?」


「あ、ごごごめーん!」


 魔法使い達はこの日、確かに魔物の群れから屋敷を守り、謎のエルフすら撃退してのけたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る