第5話 初めての連鎖

 ハイリザードマンとルルアは、上空に突如として現れた不思議な映像を見て石のように固まっている。


 実は少々遠方にある民家の窓から、村の人達が顔を出して凝視していることも知ってる。なんていうか、とってもとっても恥ずかしい。人だけではなく魔物も、初めてこのギフトをみるとギョッとするか固まってしまうかのどちらかになる。


「き、貴様がやったのか? これは一体……」


 こんな状況になってしまった以上無理があるが、あまり触れてほしくない話題だった。僕は何事もなかったかのように杖を構える。


「気にするな! さあ僕らと戦え」


「気にするわ! ええい。ワケのわからん奴め」


 言うなりハイリザードマンは長い剣を振り回し、僕目掛けて走ってくる。とっさに杖を構えて魔法で応戦しようとした時、矢のような速度で何かが奴に飛び込む。


「はああ!」


「ぬううっ。小娘」


 どうやらルルアの飛び蹴りが魔物の顔面に命中したらしい。二メートルをゆうに越える体が吹き飛ぶ。しかし地面を削りつつ堪えた魔物は、体勢を崩しつつではあるが何とか着地に成功したルルアに標的を変え走り出した。


「ファイアボール!」


 声と共に解き放たれた火の玉は、丁度いいタイミングで奴の顔面に命中した……ように見えたけど。


「次から次へと。雑魚のくせに」


「くそ……やっぱり当たらないか」


 奴は持っていた丸型の盾で直撃を防いでいた。リザードマンは簡単にいえば、人間の戦士を大きくしたようなタイプだと言っていい。知能は人と変わらず、体そのものは人間よりも優れているところが多い。だからその上位種は手強くないはずがない。でもそんな強敵相手でもルルアは果敢に突っ込んでいく。


「あたし達が負けるかぁっ! えぇい!」


 僕はすぐに次の魔法を放つ準備をしていた。ルルアは俊敏な身のこなしで、ハイリザードマンの正面には立たないように突きや蹴りを各部位に叩き込んでいく。でも奴は顔色一つ変えずに目で彼女の動きを追っていた。まずい、と直感的に思う。


「ルルア! 一旦引くんだ!」


「あうっ!?」


 リザードマンが剣を振り回し、間一髪でかわしたルルアの目前には盾が迫っていた。両手で防ぐことには間に合ったけれど、見事に僕のところまで吹き飛ばされる。


「のわぁ!」


「きゃああ! あ、な……ナジャ……」


 僕は地面に倒れそうになりながらも、何とか堪える。気がつけば杖と一緒に彼女を抱えていた。


「あ、ありゃりゃ。この体勢、ちょっとまずいや。リザードマン……もしかして二人いっぺんに斬るつもりー」


 何も言わずに猛ダッシュしてくるトカゲの怪物の姿が回答になってた。振り上げた剣をすんでのところで潜るようにかわすと、地震みたいな振動が全身に伝わってくる。


「ご、ごめんなさいナジャ。降ろしていいよ!」


「い、いやいや! 今降ろしちゃったらやられるって」


「ガハハ! そうだそうだ。仲良く二人まとめて首を跳ねてやるぞぉ」


 滅茶苦茶に剣を振り回してくる怪物から、僕は逃げることしかできない。とはいえ、足を止める術がないわけではない。石魔法であるスクウェア・ストーンを使えば、少しの間時間は稼げるだろう。でも、この体勢でほんのわずかに時間を稼いだとして、次にどう動けばいいのか。一つの間違いが即死に繋がりかねない状況で、思いつくのはただ逃げ回ることだった。


「ハッハッハ! いやはや、弱っちいモノを追いかけ回すのは楽しいなー。ほらもっと逃げろ、逃げろ!」


「くそ……こいつ!」


「ねえナジャ。あの変なクリスタル。動いてるよね?」


「え?」


 ちょっとだけハイリザードマンから距離が空いた時、ルルアが妙なことを言ってきた。僕についてくるように出ていた『落ちゲー』の画面には、今まで見たいことのない光景が映し出されている。今までは真ん中の二列にただ積み重なっているだけだったクリスタルが、横にいくつか落ちていたんだ。


「あれ!? 本当だ。何で?」


「ねえ。もしかしてだけど、ナジャが動かせるんじゃないの? その杖に、変な紋章みたいなのが光ってるけど」


「捕まえたぞ……ゴミどもぉ」


「く! スクウェア・ストーン!」


 追いついたハイリザードマンの目前に、僕より少しだけ小さい四角形の石が出現し激突する。心の中では、ギフトのことを考えている暇はないと言う声と、これがヒントかもしれないと言う声が同時に響いている。見れば、確かに僕の杖の柄部分に、奇妙な紋章が浮かんでいた。右、左、下を示す矢印のようで、それらの真ん中には丸ボタンみたいな奴がある。半分やけになって、右の矢印を触ってみた。


「あ! 動いた! クリスタル動いたよ」と彼女は腕の中で興奮気味に叫んだ。


「え。う、うわー。本当だ」


 これには驚いた。今までは垂直に落ちてくるだけだったのに、このクリスタルって動かせたのか。でも、動かせたから何なのか。そうこう騒いでいるうちに、スクウェア・ストーンが粉々にされ、いかつい怪物がまたも走ってくる。


「小細工は終わりなのか。もっと楽しませてくれよぉ〜。もっとぉ」


「ナジャ! あたしもう一回やってみる。援護お願い!」


「え? ちょ、」


 お姫様抱っこ状態になっていたルルアが僕の両方を掴み、そのまま足を上空へ投げ出す形でクルリと回った。背後で着地した音がして振り向くと、彼女とハイリザードマンの接近戦が再開されてしまった。


 凄い勇気だと思う。でも正直勝てる相手とは思えない。ルルアをここで死なせるわけにはいかない。何とかしなきゃ。何とか……考えている時それは起こった。一際甲高い音が、『落ちゲー』から聞こえたんだ。


「え!? な、何……」


 それは全く見たことのない事態だった。真ん中に積み上がっていた列のすぐ隣に落ちた青いクリスタルが、他の青いクリスタルとくっついて消えてしまった。それだけじゃない。青いクリスタルが消えたことによって、その上にあったクリスタルが落下すると、今度は左隣に放置されていた赤いクリスタルがくっついて消えたんだ。


『二連鎖! 攻撃力二倍ボーナス! クリアポイント増加』


「え? な、なんて?」


「ああん!? 何だその眩しい光はぁ。くそが!」


「はぁうっ!」


 今度はハイリザードマンの蹴りを浴びてしまったルルアがこちらに吹っ飛ばされてきた。僕は焦りと同時に何かの兆しを予感していた。それは幸運か災いか。答えはすぐに出る。


 落ちゲーの画面全体が一瞬白く輝き、丸い大きな光が僕へと降り注いでくる。


 次の瞬間、身体中がまるで温泉に入ったみたいに熱くなり、何か白いものに包まれているようだった。

 燃え盛っているように見えているそれは例えるなら、白の炎という感じ。

 何かとてつもない力を授けてくれる神を彷彿させる、神々しい輝きだった。


「ふん。こけ脅しばかりしやがって。お前のそのくだらねえモンに付き合うのもお終いだ! 死ねえ」


「死んでたまるか!」


 ここで避ければルルアが殺される。僕は魔法を放つ以外に選択肢がない。両手に持った杖はハイリザードマンの顔面に向けていた。奴が剣を振り下ろすより前に撃つ。


「ファイアボール!」


「ははは! くだらねええ……え?」


 信じられない光景だった。僕の全身よりも遥かに大きく、禍々しく肥えた巨大な火球が、瞬時に怪物の上半身に喰らいつく。こんなファイアボールを放ったことは、今までに一度だってなかったのに。


「ぎゃああああ! あ、ああああ」


 魔法を使用した本人なのに呆然としてしまう。僕ってこんなに強い魔法使いだったっけ? あのハイリザードマンが一発で悶絶してのたうち回ってる。やがて炎が消え去った時には、ほとんどが灰になって消えていた。微かに足部分が残っているのみだ。


「す、凄いー! ナジャ。今のって、もしかしてギフトの効果!?」


 跳ね起きたルルアが、目を蘭々とさせて肩を掴んでブンブン揺すってくる。


「ぎ、ギフト……なのかなあ?」


 生還できた喜びのせいか、幼馴染みは小さい頃に戻ったみたいな満面の笑顔を見せる。


「やったやったー! あたし達、あの怪物に勝ったんだよ。大勝利だよ!」


 バンバン肩を叩くルルアの瞳は僕から離れなかった。ちょっぴり照れくさい気持ちになりつつ、村長に討伐したことを報告しに行った。

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