第4話 ホントに狼?

 馬車に揺られて約一時間くらいで、僕達はルーファの村に到着した。

 畑だらけの世界にポツポツと藁葺屋根わらぶきやねがあって、その中でも一番趣がある家に僕とルルアはお邪魔してる。


「いやー。本当に来てくれるとは。ありがたやありがたや。城にも出向いてお願いしたんだけんど、あしらわれちゃったけんなあ」


「あなたが村長ですね。僕はナジャで、こちらが」


「ルルアです! 宜しくお願いしますっ」


「おお、おお。随分と可愛らしい冒険者さん達だな。金髪の人は色男になりそうだで」


「え? えええ。あたし女の子なんだけど……」


「え! ああー。悪い悪い。最近目が悪くなっちまってなぁ。ガハハ」


「あははは。そうね。目が悪かったらしょうがないねー」


 ひえー。ルルアからなんか怖いオーラが出てる。そういえば彼女は昔から、男の子に間違われやすいところがあったことを思い出した。でもまあ、今はもう可愛い女子にしか見えないと思うけど。きっと髪の長さだけで判断したんじゃないだろうか。この村長さんは確かに目が悪いのかも。


 彼は白髪のおじいちゃんだったが、まだ足腰が丈夫らしく、農作業を切り上げて話をしてくれていたんだ。木造の年季の入った室内で、床に座りながら依頼の話を始めると、やってきたお婆さんがお茶とかお菓子とかをご馳走してくれる。この人情味がある感じが田舎を思い出させてくれるよ。僕やっぱり帰ろうかな。


「いっつも夜に出るんだよ。それもみんなが寝静まった頃。次の日には畑の野菜が食われまくっとる。チラッとのぞいてみたけど、どう見ても獰猛な奴だよ。あれは」


「でも相手は普通の狼なんでしょ? 一匹くらいなら、みんなで追い払うとか、捕まえるとかできるんじゃないの?」


 村長はルルアの言葉に、苦い顔で首を横に振っていた。ただの狼ではないっていうことなんだろう。


「狼みたいな奴だけんど、なんか白く光る、長いのが見えるんだよ。あれは牙なのかなぁ。強そうだったべ。にしてもよぉ。柵もしっかりしてれば毎日交代で門番もいるっつうのに、どうやって入ってくるのか。食うだけ食ってあっという間に消えちまう」


「白く光る牙……それってもしかして、剣とかじゃないですかね?」


 僕の声にルルアが首を傾げた。


「え! 狼さんが剣を持ってるの?」


「うん。ワーウルフっていう狼の魔物がいるんだけど、そいつらは二足歩行もするし、武器を使う知性もあるんだ。もしそうだとしたら、多分普通の人では太刀打ちできないと思う」


 村長は青い顔になりつつ、僕とルルアの顔を交互に見ると、やがて頭を下げてきた。いきなり頭を下げられるっていうのは普通ないことだから戸惑ってしまう。


「ていへんだ! だったら益々危ないことになっちまう。今は野菜を食って満足してるかもしれねえが、アイツが本気で村を襲い始めたら最後だ。頼む! 何とかしてけれ!」


「ちょ、ちょっと。村長」


「任せておじいちゃん! あたし達が悪い狼さんをやっつけちゃうからね!」


 ルルアは能天気にガッツポーズをしてニッコリ笑った。まあここまできたら、僕も断るつもりはない。相手がワーウルフだとしても、二人がかりなら問題なく倒せるだろうという算段もあったんだ。


 ◇


「遅いねー。ワーウルフ君……まだかな?」


「獣系の魔物はとにかくマイペースなんだ。しばらくは辛抱強く待たないとダメかも」


 深夜になり、僕とルルアは村で一番人気がない大きな畑の前で待ち伏せをすることにした。昨日はこのあたりに出没したらしい。とはいえ、堂々と突っ立っていたら逃げていくかもしれないので、近くにある大木側の茂みに隠れている。


 もしワーウルフだとしたら、少々哀れな気がしないでもない。奴らは本来集団で生活する魔物で、決して単独では行動しない筈なんだ。つまり群れから追い出されてしまったはぐれ者なんじゃないかと心の中で考えていたら、ちょっと自分に似ているかもしれないという思いが脳裏をよぎる。


「っていうかさ。ルルア」


「何? もしかして怖くなっちゃったの? 大丈夫だよ! あたしがついてるから」


「いや、全然そんなことないけど。別にそこまで変装しなくても良かったんじゃない?」


 ルルアは頭の上からブーツの先まで葉っぱをくっつけて偽装している。こっちの方がよっぽど魔物に見えてしまう。


「準備は大切なんだよ。こうやって隠れてても見抜かれるかもしれないでしょ。むしろ、ナジャは偽装してないから不意打ちされるかもしれないよ!」


「そうかなー。まあ、可能性はゼロじゃないけど」


「その時は安心して。私が……」


 守ってあげるから、か。魔法使いとはいえ、僕は冒険者として先輩なのに。


「ナジャの仇を取ってあげるからね」


「僕はやられる前提かよ!」


「しっ! 何か来たよ。え、えええ。あれって」


 ワーウルフは茂みからこそこそと現れるものだとばかり思っていたけど、実際は違った。あろうことか、奴は空からのんびりと降りてくる。長い翼と白く光る鉄製の剣、それから丸い盾もしっかり持ってる。それとここが一番大事なんだけど、体毛はツルツルで、どこからどう見ても狼というよりトカゲだった。


「リザードマンじゃないか。しかも羽が生えてるってことは、あれは普通の奴じゃない。間違いなく上位のモンスター、ハイリザードマンだ」


 あの村長……目が悪いとかいうレベルじゃないって!


「えええ。それって強い魔物なの?」


 キョトンとした顔でこちらを見つめるルルアに、僕は何と答えるべきか悩んだ。でもここは簡潔な説明をしたほうが良さそう。


「かなり強い。正直、僕らだけでは敵わないと思う」


「そんな……せっかく目の前にいるのに。じゃあ、どうしよう」


 難易度★という評価は思いっきり間違えていた。それもあの村長のせいではあるんだけど、本来なら逃げを選択することが賢い判断だろう。でもハイリザードマンは何か様子がおかしく、変な呻き声を上げている。よく耳を澄ますと、それはただの独り言だった。


「足りねえ……やっぱり足りねえ。ああー。もうこうなったら、人間喰っちゃうか。アイツとの約束を破っちゃうことになるけど、喰っちゃうかなぁ」


 アイツって誰だろう? 多分リザードマン達の親玉かな。高い知性を持つ魔物は、下手に人間に手を出すような真似はしない。する時は確固とした計画を持っている時だと、ヴァレンスの書物には書かれていた。


「そうだ。食っちゃおう。正当防衛だと言えば理由になる。俺は殺されそうになったから、自分を守っただけだと。そうだ。だから食っちまおう。……お前らをなぁ!」


 いつの間にかこちらに振り返っていたハイリザードマンが大口を開ける。大人を完全に丸呑みしてしまうような巨大な火球が飛んできた。


「危ない!」


「え? ひゃあっ」


 僕はルルアの肩付近を掴み、真っ直ぐに地面をするように飛んだ。ギリギリのところで火球の直撃を免れ、転がりつつもお互い直ぐに立ち上がる。とっくに隠れていたのがバレていたみたいだ。


「やいお前ら。この俺様から逃げられるなんて思うなよ」


 ハイリザードマンは能力値に偏りがなく、スピードも僕らよりは速いと思われる。逃げるという選択肢も、隠れるという選択肢も今は選べそうにない。残念だけど。


「だってさ。ルルア、もう逃げれないよ」


「大丈夫だよ! あたしこんな所で負けない。一緒にやればきっと勝てるよ!」


 僕は首を縦に振ると、杖を正面に構える。ルルアは両手を胸の辺りに持ってきて、重心を少し落としていた。


「フハハハ! 面白い。人間がたった二匹で俺に歯向かう。何と滑稽な絵図であろうか」


 奴は続いて何かを言おうとしたようだが、なぜか途中で動きを止めてしまう。まあ、止めてしまった理由は大体解ってるんだけどね。実は右隣にいるルルアも同じように、ぼけらーっとした顔になる。


「な、何だ貴様……それは?」


「ナジャ!? それってお昼に言ってたギフト?」


 やっぱり出てきちゃったよ。僕に取っての災いギフト『落ちゲー』が。

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