第3話 混同された人々

 だろうね、と答えた妹の表情は私には意外だった。絢乃は殆ど平静の表情をしていたからだ。いや、平静以上の無関心というか、駐車場に駐車してある車を見るくらい当たり前の、感情の起伏の無い表情をしていた。靴を脱ぐ。

「だろうねって、あんた、どうするのよ。あの○○さんって人、興奮してて危ないんじゃないの?如月イリーナさんに下手したらとばっちり行くんじゃない?」

「いや、あの人、大した事しないと思う」

絢乃は至極淡々と答えた。部屋に上がりながらそれを続ける。


「イリーナさんだと思い込んで、私の悪口をどっかゴシップ誌に話に行くぐらいよ。言う事は全部的外れ。現実のイリーナさんを知ってる人は、すぐおかしいと気が付くから、相手にされないでしょ。逆に訴えられるんじゃない?」

「でも……」

「それにさ、どうしようも無くない?イリーナさんに気を付けてって言うにしても上手く伝わると思う?」

「だって、そうだ、編集部へメールとか……あ、でもイタズラと思われるかあ」

「そうでしょ?放っておくしかないじゃない。それに○○さん、さっきは興奮してたけど、実際は何もしないかもしれないし。何かするにしても目指す目標とは逆方向に向かっていったようなものよ。たどり着かないでしょ」

「うーん」


家に帰ってから少し仕事をすると休憩と称して私は、ソファでぼんやり座っている絢乃の隣に腰かけた。

「ねえ、なんで○○さんは絢乃の事をイリーナさんだと思っちゃったんだろう」


「あー……。噂がね、色々混ざっちゃったらしいのよ」

絢乃は少し疲れたような表情になっていた。


 如月イリーナさんはレースとフリルと花の舞う世界を描かせたら右に出るものは無いと言われている最近では珍しいくらい正統派というか、古典的というか、乙女チックな作風の少女漫画家だ。ご本人も作風にふさわしい可憐な美人さんだと容姿も話題になることもしばしばだ。少女期のケガがもとで片足が不自由になり、杖を利用して生活している。運動するのに制限がある生活をしていたことから、マンガを好むようになったとの事。年齢は私より二つほど上だったかな。


 つまり、私の妹と人違いするには歳がちょっと離れすぎてるような。まあ、二十代という括りには入るが。


 イリーナさんは最近、自身のホームページで、結婚が近いこと、相手とはもう一緒に住んでいることなどを公表した。有名な同業者の話題なので私もチェックした情報だ。だが、意外なところから婚約者が話題になった。


 イリーナさんの婚約者は、モデル経験があるほどの長身美形男性だったのだ。ネットニュースでいっとき話題になった。

 でも、それだけの話である。なぜ、イリーナさんが絢乃と混同されなければいけないのだろうか。

 はあ、と絢乃は軽く溜息をつくと、説明を始めた。

「どうも最初に私とお姉ちゃんが間違えられたらしい」

「私が絢乃と間違われた?」


「つまり、お姉ちゃんじゃなくて、私が漫画家になって、仕事が順調だってことになってる噂が流れちゃったのよ。それが第一の人違い」



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