三章12 『図書館の姫 その12』

「草木の神を皮切りに、次々神々が互いを毒牙(どくが)にかけていきます」

「草木がなくなるなんてよっぽどじゃないか。誰ももう戦争をやめようって言いださなかったのかい?」

「残念ながら。頭に血が上ると、思考能力が鈍ります。戦場ではそれが常時続くのです。もはや冷静な思考ができる者は、いなかったのです」

 どら焼きを食べながらオモヒメは語る。そのせいで声はどことなくもそもそとしていた。


「だけど神々が亡くなっていったら、どんどん概念がなくなっていってしまうんだろう? 生活に支障をきたすようになったら、さすがに戦ってる場合じゃないと思うんだけど」

「それは思考の神がいてこそ、ですよ」

 オモヒメの発した言葉に、異様に引っ掛かりを覚えた。

 しばし考えて、僕は「ああっ!」と気付いた。

「まさか……、思考の神が殺されたのかい?」

 オモヒメは大きくうなずいた。

「はい。思考の神は戦争に巻き込まれて――正確にはちょっとした事情で自ら死を選んだのですわ」

「……自(みずか)ら死を選んだというのかい?」

「戦争という状況下は常に多大なストレスを与えてきます。それに耐えきれなくなって……ということらしいですわ。もっとも記述の情報が火星に残されていたというだけで、実際のところはどうか知りません」

 驚き慣れた僕にも、さすがにその情報は目から鱗だった。


「記述の情報が残されていたんだ」

「はい、手記ですわね。そしてその自殺をほのめかす記述を最後に筆を置いたそうです」

「その手記の情報は正しいのかい?」

「不明です。しかし滅亡した星にわざわざそんな贋物を隠す意味などあるのでしょうか?」

「たとえばそれを隠した神のいたずらかもしれない」

「少なくとも、わたくしを騙(だま)すことは不可能ですわ」


 ちょっと考えて、合点(がてん)がいった。

「ああそうか。頭の中を覗けるんだもんね」

「その通りです。火星人達はいざ知らず、地球の人間や神がわたくしを騙すことだけは不可能ですわ」

 オモヒメは「ふふん」と得意気に胸を張った。

「……で、火星人達は知性を失った後、死ぬまで戦い続けたんだ?」

「おそらくは。まあ、その場合も最後に誰か一人は残らねばなりませんが……、おそらく相討(あいう)ちとなったのでしょう」

「そっか……」


「というわけで、わたくしの火星の解説講座はここまでとなりますわ。長らくのご清聴、感謝いたしますわ」

 そう言ってオモヒメは流麗な動作でお辞儀をした。僕も反射的にぺこっと頭を下げる。

「……なんというか、ビックリな幕切れだったよ」

「ふふっ。今回の講座で、黒茸様に学んでほしかったことは一点です。何かおわかりになりますか?」

 突然振られた問いに、僕は思考の神が殺されたかのように一瞬頭の中が真っ白になった。

「え、ええと。戦争の無常さ、幸福の大切さ、平和の尊さ……かな?」

「全てハズレです」

 バッサリ一網打尽(いちもうだじん)にされた。

「残部、掠(かす)りもしてないのかい?」

「はい。大外れです」

 やけに“大(おお)”の部分を強調された。


「……ううん、降参だ。答えを教えてくれ」

「正解は、神はあらゆるものの概念である、ということです」

 僕は少し考えて、それをまとめながら口にする感じで訊いた。

「……神が死んでは、文明が崩壊する。だからただの一柱でも粗末に扱ってはいけない……っていうことかな?」

「前半部分だけで配点分の点数をもらえますわ」

「そうなんだ?」

「はい。その仕組みこそが今回の講座のキーでした。でも黒茸様が真面目に聞いてくださっていたことが伝わってきたので、今回は特別に大きな花丸を上げましょう」

 宙に花丸を書くように指を振るうオモヒメ。まるで魔法使いが呪文を唱えながら杖を振るうような動きだった。


「それを伝えるために、わざわざ僕を招いてくれたのかい?」

「……ふふ」

 いっそう笑みを深めて、オモヒメは立ち上がった。

 その顔を見た瞬間、なぜか僕の背筋をゾクリと冷たいものが駆け上がった。

 同時になぜか頭の中で警鐘(けいしょう)が鳴り響いた。


 マズイ、マズイぞ――何が?

 いや、考えてる場合じゃない。

 僕は咄嗟に真横へ飛んでいた。

 次の瞬間、直前までいた場所に風切り音、続けざまにドスッと重たい音が響いた。

 見やるとそこには垂直に太く大きな槍が点き立っていた。人をタコさんウインナーのように突き刺せる大きさだ。


 ――槍?

 なぜ……?

 わからない。しかし誰がやったかは考えるまでもない。

 僕はその張本人を見やった。

「お、オモヒメ……?」

 彼女は見惚れるような笑みを浮かべて――この世のものとは思えないぐらい、それは美しかった――小首を傾げた。

「なんでしょうか、黒茸様」

「まさか僕を、こ、殺そうとしたのかい……?」

 彼女は変わらぬ表情で佇(たたず)んでいる。

 僕は震える声で続ける。

「そ、そんなはずないよね……。っていうかそもそもここは僕の頭の中なんだし、たとえ槍に刺されてもそれは夢の中のことで……。


「死にますよ」


 端的にぽつりと、オモヒメは言った。

「今のあなた様はむき出しの魂です。よってここでの死は、現実での死と相違ないということですわ」

「そ、そうなんだ……」

 感覚が麻痺しているのか、理性が不調なのか。

 死を――お前を殺すと宣告されているのと変わらないのに、上手く恐怖を呼び覚ますことができない。

 あるいはそういった感情をすでに彼女に乗っ取られてしまったのか。


 いずれにせよ。

 僕は“籠の中の鳥”といった状況に追い込まれてしまったらしい……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る