三章11 『図書館の姫 その11』

「さて、いよいよ火星人達の歴史も後半期――いえ、終盤です」

「スポーツ実況みたいに言っちゃダメだと思うけどね、それ」

 神にとっては生物なんてその程度の存在なのかと思うと、少し悲しくなってくる。


 ふいにふざけた調子だったオモヒメが神妙な顔になってこちらを見やった。

「……黒茸さん。今あなた様はこう思われたはずですわ。神にとって生物などちっぽけな存在なのだろうと」

「まっ、まさか。そんなはずないよ」

 ごまかし笑いを浮かべたが、オモヒメは軽く肩を竦めて言った。

「あとで黒茸さんの記憶を見れば、自(おの)ずとわかることですよ」

「……嘘を言っても仕方ない、ってことか」

「そもそもわたくしがそう思うように仕向けたんですのよ」

 ふふっと笑うオモヒメ。その笑みを見た途端、僕の背中はゾクゾクと冷え込みを覚えた。


「ところが火星人達が対立し、困ったのは神様です」

「神様って……なんで?」

 オモヒメはどこからか取り出した扇子を手で弄びながら言った。

「髪は人間たちにとって要(かなめ)となる存在です。しかし要は無事でも、その先の部分が壊れてしまっては意味がない。ですよね?」

 微笑(ほほえ)みかけられても、僕はいみがわからず曖昧な笑みを返すしかなかった。

「神が人間を作ったのも、きっと寂しかったからですわ。自分達と同じような存在を生み出すことによって、心の穴を埋めようとしたんだ」


「火星はともかく日本じゃその心配はなかったと思うけど。なんてったって、八百万(やおよろず)の神って言われてるぐらいなんだし」

 僕はどこかにあるであろう地球を求めてぐるりと宇宙を見回し、先を続けた。

「だけど日本神話でも、神は人間を作ったんだよね」

「黒茸様は、学校に通(かよ)われていないんですよね?」

「うん、そうだね」

「ではご存じなくても仕方ないですが。日本神話にはそもそも、誰かが人間を作ったという明確な記述は存在しないんです」

「えっ……? じゃあ、どこから現れたのさ」

「さあ、どこからでしょう」


 オモヒメはふんふんと鼻歌を歌っている。困惑する僕を見て楽しんでいるようだ。ちょっとムカっとする。

「まあ、ともかく。火星は皆が仲良く暮らしていた場所。それは神も例外ではなかった。しかも神も持ちつ持たれつ、お互いの存在を頼りにしていたのですわ」

「……なんというか、素敵な話だね」

「でもそれが裏目に出た。幸福な神を失い、神も含めて幸せを忘れた世界。そこで人々が生み出した争い。人間と距離が近しかったことが災いし、神もそれに巻き込まれていくことになるのですわ。ほら、あそこをご覧ください」


 指差された先を望遠鏡を用(もち)いて見やる。

 そこでは、雷神と防風を起こす神が対峙し、お互いの能力で相争っていた。

「な、なんだいあれは?」

「神同士もまた、人間に頼まれて敵国を攻めるようになった。そうするとその敵国もまた、神を雇(やと)う。結果、代理戦争が勃発(ぼっぱつ)するようになるのです」

「いいように人間に使われているだけじゃないか! 神様はそれでいいのかい?」

「いいも悪いも。神もまたそれを望んでいるわけですし」

「……に、人間と同じように?」

「はい。危険の代償に得られる、安堵の感情を求めているのです。もっとも、神同士の争いはやがて危険視されていくようになります。その被害、つまり流れ弾のようなもので人間にも多大な被害が出ますから」

 神の争いが終わり、両者が去った後は酷い有様だった。

 森の木々は薙ぎ払われ、池の水は干上(ひあ)がり、地面が抉(えぐ)れている。台風が過ぎた後でもこうはならないだろう……。

「なんというか……、もう滅茶苦茶だね」

「強大な力を持つ、神同士が争ったのです。あれぐらい当然かと」


「こんな争いが各地で起きるのかい?」

「はい。すぐに黒茸様の肉眼で見ても、星の様子が変わっていくのを視認できるようになると思いますよ」

 オモヒメの言った通りだった。

 星のあちこちで異常なまでに雲がうねり、大地が爆ぜ海に沈み、逆に青い部分に急激に大地が持ち上がり、爆発による煙らしきものがもうもうと上がり辺り一面を覆っていく。

 その目まぐるしく起きる変化はとてもじゃないが、普通の星のものとは思えない……。

「……こういう言い方が正しいのかはわからないけど、終末的な空気が漂ってるね」

「はい。ただ破壊されていく模様だけでなく、着実に自滅へと皆で足並みをそろえて向かっていますよ」

「どういうことだい?」

「神はあらゆる概念の命です。無論彼等もバカではないので、最初は加減をしていたのですけど、段々とそれも失われていきます」

「いやもう、ぶっちゃけ地球のスケールじゃない戦争が起きてるけど」

「ただの小競(こぜ)り合いですよ」

「地形が変わっても?」

「はい。神さえ死ななければ」

 あまりにも盲目的に神を上位の存在としているように思えるが、それは決して間違ってはいないのだ。ただ、オモヒメの言いぶりはまるで……。


「……あっ!」

 火星を眺めていると、突如として大地から若葉色が消えた。

「あっ、あれは何が起きたんだい!?」

「草木(そうもく)の神がお亡くなりになられたのですね」

「……それ、動物や人達は食料を失ってしまったのと同じじゃないか」

「はい。でも大抵の生命は存外、しぶといです。草木が鳴ければ苔(こけ)を食べます。木陰がなければ洞窟に入ります。それでも状況は悪化している。よく考えればわかるのに、彼等は決してそれをしない」

 ふうと彼女はため息を吐いた。

「平和は皆をボケさせますが、戦争だって十分に人も神をも愚者へと変貌させてしまうんですのよ」

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