三章9 『図書館の姫 その9』

 やあ、黒茸だ。

 今は火星そっくりの地球を見ている。

 本当さ、嘘じゃない。

 現にほら、あそこに見えるのがそうだ……って言っても、地球だと思っちゃうよね

 だけど僕が見た限り、地球だとはどうしても思えない。

 あまりにも平和すぎるんだ。みんな仲良しな楽園。


「そんな平和な星がなぜ、亡(ほろ)びてしまったんだい?」

 僕が訊くと、オモヒメはちょっとばかし考えてから言った。

「平和ボケ、ですの。一言で表すなら」

「身も蓋(ふた)もないね」

「はい。ですがそれが真相なのですわ。生物はみんな仲良しこよしだと、段々と外部からのアクシデントに弱くなっていく。今からそれを目の当たりにすることになるでしょうが」


 僕は「ふうん」とうなずいて、望遠鏡で再び火星を見やった。

 だがいくら待てども、その平和を脅かすものを発見できない。

 ふいにオモヒメが言った。


「それより左側……斜め上をご覧ください」

 言われた方向を見やると、何かが火星に迫ってきているのが見えた。

「……あ、あれって?」

「隕石ですわ。かなり大きめの」

「え、ええっ!?」

 確かに大きい岩っぽいなと思ったが、流星だったとは……。

「想像してたのとちょっと違うな」

「白く光ったり、真っ赤に燃えてたりですか? まあ、大気圏に突入してるわけではないですし」

 よくわからないが、物理学的な理由が存在するようだ。


「あの隕石、どうなるんだい? まさか火星に激突したりは……」

「しますのよ」

 あっさりした口調。腰が抜けるかと思った。

「えっ、えっ、ええッ!? まままっ、マズくないかいそれはッ!?」

「まあ、かなり。でも大丈夫ですわ。こちらにはまったく被害はありませんもの」

 僕はしばし放心しかけた。自分がおかしいのかと思ったが、多分そんなことはないはずだと言い聞かせる。


「ぼ、僕等が平気だからって……火星人達を見捨てるのかい!?」

 問い詰めるなり、オモヒメは軽くため息を吐いた。

「いいですか? あの方達は、すでに生きてらっしゃいません」

「……だけど」

 納得がいかず食い下がろうとすると、「はあ」とさっきより大きなため息を吐(つ)かれてしまった。

「ここは黒茸様の頭の中にある世界です。別にできますよ、助けようとすれば。でもわたくしとしては、ありのままの出来事をご覧になってほしいのです」

「……観測者である僕等が存在する以上、当時のままのはずがないという哲学的な反論は通らないかな?」

「残念ながら」

 取り付く島もなく否定された。


「これから起こることをご説明しますわ」

 オモヒメは望遠鏡などの視覚への補助器具を用いず、肉眼で隕石を視認しそれを指差し、説明を始めた。

「まず先ほども離しました通り、隕石は火星に向かって接近していきます」

 そう言ってる間にも隕石は火星へ近づいていく。

「それに気づいた神々が、隕石を止めようと宇宙へ飛び出してきます」

「超常的な力を持っているからね。みんなを守ろうとするのは当然じゃないかい?」

「いえ。残念ながら愚者(ぐしゃ)の烙印を押さざるを得ませんわ」

「ど、どうしてだい?」

 と訊くと、オモヒメはポンと宙で手を打った。途端、いくつかの将棋の駒が現れた。それ等はぷかぷかと浮いている。


「将棋の駒に例えると、神は王や玉なのです」

 表裏のない唯一……唯二?の駒を手に、こちらへ見せてくる。

「相手に取られたらその時点で敗北。ゆえに棋士はこれ等を取られぬよう、他の駒を上手く用いて守る必要があります」

「……なるほど。神様がいなくなれば、雷や知恵とかがなくなっちゃうんだもんね。前線に出るのは、確かによくない。だけど仕方ないんじゃないかな?」

「というと?」

「隕石が落ちてくるなんて危機には、よっぽどな力がないと立ち向かえないよ。だから神様が立ち向かおうとするのは別に変じゃないよ」


 僕の意見を聞いたオモヒメは人差し指を立て、「ちっ、ちっ、ちっ」と振った。

「地球の人間はきっと、星を破壊するほどの隕石が降ってきてもきっと自分の身は自分で守ろうとするでしょう」

「まあ、そういう映画はあるけど……。神様がいるって知ったら、さすがに手を借りようとするんじゃないかな?」

「いいえ。ないと思いますよ」

「なんでさ?」

「自然環境や、自分の身の機能を犠牲にするような選択をするはずがないからです。地球人は何よりも損失的な変化を嫌います。『より優秀な存在になろう』というスーパーマン的な思考があるからですね。その本質はまあ『他社より優れた存在になって安心したい』というエゴな考えが隠れていますが……。まあ、火星人にはない発想です」

「火星人はどんなことを考えているのかな?」

「『皆平等な存在である』でしょうか。誰もが同じく幸福にならねばならない。そのためには自らを犠牲にだってします」

「……ちょっと宗教的じゃないかな?」

「はい。ただ火星人全員がその宗教に入っていて異教がないため、争いが起きないんです」

「考えようによっては理想かもしれない」

「その理想が今まさに打ち砕かれますけどね」


 隕石の周りに神が群がり、雷撃やエネルギー弾などあらゆる攻撃を加えて、破壊を試みている。しかしそれ等はまったく意味を成さない。


「あ、ああ……」

 僕は落ち着いていられず、あわあわしながら事態を見守っていた。

 その様が面白かったのか、「ぷぷっ」とオモヒメに笑われてしまった。

 思わず白い目を向けてしまう。

「……君、本当は悪魔とかじゃないよね?」

「そんな滅相もない。わたくしは単なる善良な知恵の神ですよ」

 にこにことした笑み。僕がジト目になってしまったのも致し方あるまい。


 隕石はそのまま直進し、神様達を蹴散らしていく。

 もはや止められる者はいないだろう。

「……このまま直撃して、火星は滅亡してしまったのかい?」

「いいえ」

 予想外の返答に、僕は瞠目した瞳を向けてしまった。

「え、い、隕石が原因で火星は滅びたんじゃ……」

「ないです。直接的な原因では」

「つまり間接的な原因ではあると?」

 オモヒメは一回こくりとうなずく。



「隕石が接近してきていると判明した時点で避難誘導が始まりました。それはかなり早い段階で行うことができ、おかげで人間の死者数はゼロでした。星の半分ほどは荒野と化したにもかかわらず」

「地球に例えれば、北半球にいる人が全員南半球まで非難で来たってことだよね?」

「はい、その通りです」

「大した結束力だ。隕石を止める術はなくとも、それに勝るものを持ってるよ、火星人達は」

「はい。ですが、やはり止めるべきだったんですの」


 オモヒメはどこかやるせない様子で火星を見やった。

 隕石はちょうど火星に衝突していた。音は聞こえてこないが、星の半分が一瞬で吹き飛ぶ様はその様子だけですさまじい迫力があった。

 僕は取り憑かれたようにその様をじいっ……と眺めていた。

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