三章1 『図書館の姫 その1』

 グッドモーニング、黒茸だよ。

 今日も憂鬱な一日かい? それとも楽しみなことが待ってるかい?

 僕は毎日がブラックフライデーだ。うん、意味は違う。わかってるさ、ちょっとしたジョークだ。

 なぜブラックなのかというと、まあ理由が色々とある。

 たとえば呪いがそうだし、変わり映えのしない一日だというのも理由の一つに当てはまる。

 まっちゃんやてんちゃんに会えれば、その瞬間は幸福感に包まれることができる。そういう意味ではまだ僕はマシな人生を歩んでいるともいえる。でもラッキーは毎日続くわけじゃない。

 そんなわけで僕はまあまあな一日と最悪な一日の二種類、いずれかを生きているということになる。幸福の折れ線グラフというものがあったら、中間を頂点にしてその下半分に延々とWを書いていることになる。

そのグラフに線を書けていること自体を感謝すべきなのかもしれない。世の中にはそれ自体もできていない人がたくさんいるのだ。

 ただまあ、生きている以上は幸福になりたいと思うのが人の――黒茸の性であり。

 やっぱりある程度は景気のいいグラフにしたいわけである。


 犬も歩けば棒に当たるということわざがある。

 これは本来は調子に乗ると予期せぬ不幸に見舞われるという意味だったが、今は思いがけぬ幸福な出来事が起きる、といった解釈もある。


 僕は前者も後者も半々で信じている。

 だから一日に最低限の外出をして、あとは引きこもるという生活をしている。

 そうすることでリスクを最小限に抑えつつ、幸福に巡り合えるチャンスを虎視眈々(こしたんたん)と狙っているというわけだ。

 ……というのもまあやっぱり冗談で、必要に迫られた外出というだけのことだ。

 まあ、最近はボランティアを始めたから以前よりは外に出ることも増えたけどね。


 僕の外出先はかなり限られている。

 まっちゃんに会いに行く――ではなく主食のパンを買いに行くための『エイコーン』。

 てんちゃんがいる河川敷。

 あとはボランティアで定められた場所。


 呪いのせいで人混みに入れないゆえ、下手な場所に出かけられないというのもある。

 やれやれ。




 その習慣を変えるわけではないけど、僕は行きつけの場所以外に出かけている。

 といっても、今向かっている場所にも一ヶ月に一回は通っているけど。


 桜の花びらが舞う公園を抜けて、ちょっと長い坂を上った先。

 そこにある大きな図書館だ。

 洋館みたいな外観で、古い家の並ぶこの街でも一際レトロな空気が漂っている。


 中に入ると本という本が圧倒するかのように壁を覆っており、背の高い本棚が立ち並んでいる。人を圧倒するかのような光景だ。長閑(のどか)な空気が漂うこの街の中では、珍しい場所である。

 そこに立っていると本の香りに包まれて、幸せな気分になれる。


 僕は本が好きだ。

 特に物語性のある本――小説や絵本など――をよく読んでいる。

 感情移入することで別人になることができるし、いろんな場所に行くことができる。

 束(つか)の間であっても夢を見ているような、楽しい気分になれる。


 今は人々が読書離れという時期を迎えているらしく、長期休暇であっても他所(よそ)に比べて人口密度が低い。

 稀にいる館内を駆け回る小さい子供にさえ気を付ければ、安心してのんびり読書に耽(ふけ)ることができる。

 僕の外見が変わっているせいか司書の方の間ではちょっと有名になっているらしい。顔が合うとそそくさと逃げていく人、にこやかに挨拶をしてくれる人、物珍しそうに眺めてくる人等々、様々な反応を返される。攻撃的な態度を取ってくる人がいないのはありがたい。


 思えば僕は生まれ落ちた場所に恵まれていたのだろう。

 こんな触れたら世界を亡(ほろ)ぼす呪いなんてものを背負っているヤツがいたら、普通は村八分にされたり、最悪追放、時代が時代なら魔女狩りなんて目に遭っていたとしても不思議ではない。

 なのにこの街の人は快(こころよ)く僕の存在を受け入れてくれている。

 感謝してもしきれない。

 そんな思いを抱いて今日も僕は図書館の中で、目的の本を探していた。


 読みたい本は、この街の神話などについて書かれているものだ。

 雷神さんのことをちょっと調べてみたかったし、もしかしたら僕の生み親の神様についても載っているかもしれない。別に親である神様については特別興味があるわけではないけど――自分の生み親について書かれているものを読むのはちょっと気恥ずかしいし――、でも僕の呪いについて何か知ることができないし、もしかしたら解呪の手掛かりをつかむことができるかもしれない。つまり自分のための情報収集になるのは読むのもやぶさかではないということである。


 まあ、メインは雷神さんだ。

 もしも次に会ったら話のネタぐらいにはなるかもしれない。


 僕は近いうちにもう一度雷神さんに会いに行こうと思っていた。あそこなら人なんてまず訪れないからまず呪いの心配をしなくて済むし、のびのびと過ごすことができるだろう。

 岩の洞窟の中というのも、ちょっとした非日常感を味わえたし、居心地もそこまで悪くなかった。

 きれいだったり可愛い女の子達に会えるのも実はちょっと楽しみだったりする。


 だったらすぐに行けばいいのだが、残念なことに今はそんな気分にはなれない。

 心よりも体の問題か。

 さて、それはなんでしょう?

 ヒントは昨日、僕は雷神さんの家に行ったばかりだということです。


 チクタクチクタク……。


 え、まだわからないのかい?

 じゃあもう一つおまけにヒントを上げよう。

 若い回答者の方にはちょっと難しい問題かもしれないね。

 さあ、考えてみてくれ。


 チクタクチクタク……。


 はい、時間切れ。

 答えは……ジャン!

 ――『筋肉痛』


 生々しい答えで申し訳ないと思う。

 だけど最初から大人として生み出された僕は、そういったものを呪いの装備のごとく最初から備(そな)えてしまっているのだ。

 生物というのは――特に人間に近しい存在であるなら――赤ん坊、子供、青年、大人と順に成長していくべきなのである。いきなり大人というハードモードはいささか無理ゲーが過ぎると、少なく僕は思う。

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