二章9 『神様と女神とお伽姫 その1』
「なあ、黒茸よ。オメェ、オレっちの家に来てみねえか?」
「ら、雷神様の家にですか!?」
「様はいらねえよ。雷神って呼んでくれや」
実は心の中ではすでに呼び捨てしていたのだが、いらぬことは口に出さない。無用なトラブルを避けるための秘訣の一つである。
「オメェ、さっきから急に黙り込むな」
「あ、す、すみません」
「謝るこたぁ、ねえけどよ。あんまり話の途中でだんまりはよくねえぜ」
「はい、気をつけます」
「で、どうよ? オレっちの家、来るか?」
神鳴山に雷神の家があるとは、地元のガイドブックにも書いてなかった。つまり未知の場所に僕が初めて足を踏み入れる。なかなか心躍る者がある。
「行きたいです、連れて行ってください」
「そうこなくっちゃな。じゃあ、行こうぜ」
立ち上がった雷神は、さらにデカく見えた。それに比べて短足の僕は立っていようが座っていようが、大して身長は変わらない。なんだか少し敗北感。
のっしのっしと大股で歩いていく雷神についていくのは少し大変だった。ただ歩いているにもかかわらず、距離がどんどん離れていきそうになる。僕は最初は小走り、段々全力で走らねばならなくなった。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
「なんだ、もうへばってんのか? 軟弱なヤツだな」
さすがに息が上がると雷神も気付いてくれて、歩みを緩めてくれた。
少しして周囲の景色が変わってきた。
徐々に木々がなくなり、辺りは岩肌がむき出しになった荒涼とした様相を呈している。
天はさっきまでの青空とは打って変わって暗く、今にも雨が降り出しそうだ。
空気が湿っている。吸い込むと口の中に冷たい水滴がつきそうなぐらいに。
険しい山道を登っていくと、岩壁にぽっかりと開いた洞穴があった。
「ここがオレっちの家だ。さ、入れよ」
家というには実に殺風景というか原始的だが、神にとってはそういう自然的な場所が住処(すみか)となるのだろう。仙人が山にこもるように。
僕は一応「お邪魔します」と頭を下げて中に入った。
最初は真っ暗だったが少し進むと、壁に火の灯(とも)った松明(たいまつ)が現れて周りがよく見えるようになった。
「まったく、ツイてないねえ」
カチッ、カチッと硬質な音に混じって人の声が聞こえてくる。
「乙姫(おとひめ)さまは欲張りすぎなのよ。もっと鳴いてでも手を進めないとダメなのよ」
「そう言うカグヤは鳴きすぎて安牌なくしてあとあと泣きを見ることになってるじゃない」
「……くすくす。乙姫、それロンね」
「ってぇ、またアマテラスは! あんた毎回こそこそと、イヤらしい子だよ!」
「これでまた、乙姫がラスかー。張り合いがないねー」
「ぬぅ、織姫ぇ……。あんたダメそうだったらすぐ降りるクセに偉そうに」
「勝負時を見極めてるのー。乙姫みたいに年季が入って老眼になったおばさんには難しいかもしれないけどねー」
「むっきー、腹立つ!」
四人の女性、だろうか。
何やら遊戯に興じているようだが……。
曲がりくねった道を行くと広間に出て、声の主を目(ま)の当たりにした。
その女性達は一人と漏れず見目麗しい美人達だった。
彼女達は一台の四角い卓の辺に座り、麻雀を打っていたようだった。
「うーっ、あと少しで高め聴牌(テンパイ)だったのにぃ!」
悔しがっている唐(とう)風の着物に身を包んだ天女のような人が、おそらく乙姫だろう。
「あ、雷神さまが帰ってきたのー」
そう言ってこちらを見やった、十二単(じゅうにひとえ)みたいな重そうな着物を着ているのがカグヤかな。
「……あ、本当。お帰り、雷神」
脇やら腰やら露出の多い格好をしている、ぼんやりした表情の子がアマテラスだな。
「ねーねー、雷神。隣にいるちっこいのは誰―?」
じゃあ残るセーラー服風ワンピースに薄い浴衣のような着物を羽織っている少女が織姫なのだろう。
雷神は僕の頭をぼん、ぼんときっと本人的にはスキンシップ気分で――実際は少しというかかなり痛い――叩いて言った。
「コイツは客人だ。名前は黒茸。知ってるか?」
彼女達は顔を見合わせた後、僕のことを見やって声をそろえて「知ってるー!」と言った。
「あれよねぇ。変な呪いをかけられて生み落とされたっていう」
「可哀想なのね。カグヤが慰めてあげたいのね」
「……呪い、どんな感じなんだろ? ワクワク……気になる」
「ねー。確か人間に触れられると世界が亡びちゃうんだっけー? すっごい面白いよねー」
女の子達は僕の周りに集まってきて、怖がることなくツンツンとつついたりベタベタ触れたり、臭いを嗅いだりと好き放題してきた。
こんなにされるとすごく緊張しちゃって実が固くなって……。
「わっ、なんだか大きくなってきたじゃないか?」
「……それに、すごく熱い」
「もしかしてカグヤ達、呪い発動させちゃったの?」
「それ、ちょっとデンジャラスじゃないですかー?」
呪い……じゃないけど。
これっ、マズイ……!!
僕は腰元から熱く滾るものが、込み上げてくるのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます