一章11 『僕の日常その10 ―でえと?編―』

 ボンジュール。黒茸だよ。

 僕は今、てんちゃんっていう子と動物園にデートに来てるんだ。

 ここには可愛い動物、カッコイイ動物、面白い動物、色々いるんだ。

 どいつを見ても面白い。


 だけど一匹、檻の外におっかない動物がいるんだけどね。

「ミャーオ」

「ひょえっ!?」


 いっ、今のは僕の声じゃないよ!?

 まあ確かにカブトムシ一匹に勝てないぐらいケンカは弱いけど、肝っ玉だけは人一倍デカいんだ。それが僕の自慢でね……。

「どうしたの、黒茸さん」

「な、何がだい?」

「急に変な声出したから」


 すみません、嘘をついてすみません。

 僕がやりました。自首します。


「……お空に向かって両手上げてる。バンザイ?」

「ニャー、ニャニャー」

「……ねえ、てんちゃん。今その猫、肩を竦めなかった?」

「ん? 肩を……救う?」

「い、いや、なんでもない。きっと僕の勘違いさ」


 この黒い悪魔……マクロさんは時々妙に人間じみて見える。

 ただの猫に人間や黒茸並みの知性があるわけないのにね。まったく、バカげてるよ。


「……そろそろお昼だね」

「ん、本当?」

「ああ。もう、十二時だよ」

「そっか。……そういえば、お腹ペコペコ」

「ハハッ。楽しいとお腹が空いてるのなんて、忘れちゃうからね」


「ん。動物園って、なに食べれる?」

「うーん、なに食べられるんだろうね?」


 てんちゃんは指先を欠伸してる百獣の王に向けて首を傾ぎ。

「ライオンさんとか?」

 と起伏のない響きの声で訊いてきた。ふざけている様子はない。

 ちなみに彼女が差しているのはライオンではなく、虎である。きっとライオンのメスと勘違いしているのだろう。

 この勘違いは『バカだなあ』という微笑ましさではなく、『ライオンのメスには鬣(たてがみ)がないことを知ってるのか』と僕に驚きをもたらした。

 まあ、それはさて置き。

「……ねえ、ライオンを食べることができたとして、食べたい?」

「どうだろう」


 反対方向に首を傾いだてんちゃん。

 イエスとノーの境(さかい)を行ったり来たりしているのか、頭が左右にある種の規則性に基づいて動く。まるでメトロノームのように。

 マクロさんはそんな彼女の足をたしたしと軽く叩いて「ミャー、ミャー!」と少しやかましく泣いていた。猫と虎って、親戚みたいなところがあるからね。もしかしたら他人事だとは思えず、助命の願いでもしているのかもしれない。それぐらいの知性は一般的な猫にもあるはずだ。多分。


「あ、そういえば」

 ぽむと手を合わせて、てんちゃんが言う。

「肉食獣のお肉は美味しくないって、テレビで見たことがある」

「……へえ、そうなんだ」

「ライオンさん、お肉たくさん食べるから美味しくないね。じゃあ、いらない」

 彼女の足元でほっと胸を撫で下ろすマクロさん。

 血も涙もない悪魔だと思ってたけど、仲間のために一生懸命になったり、その行く末に一喜一憂できる心を持ってるのか。

 少し見直した。いいところあるじゃないか。


「ワニさんは美味しいんだよね。食べてみたいな」

 段々、てんちゃんと肉食獣とダブって見えてきそうだ。

 早く空腹を満たして、正気に戻してあげないと。

 マクロさんがこくこくとうなずいている。

 まさか、僕の考えを読んでそれに応えているのか?


 つくづく不思議なヤツだ。

 だがまあ、よくよく考えれば黒猫っていうのは魔女の相棒に選ばれるようなヤツなのだ。多少人間的な知性を持っていたり、不思議な力を持っていたとしても特に驚くようなことでもないのかもしれない。


 僕とてんちゃんはそんなマクロさんを挟むように歩いて、フードコートを目指した。


 が、その道中。

 えんえんと泣いてる、小さな女の子をみつけた。

「……どうしたんだろう」

「ふむ……?」


 僕達は立ち止まって、その子を少し離れた場所から眺めた。


 とても幼い子だ。おそらくてんちゃんよりも年下だろう。

 三つ編みの髪、きれいなお洋服。バッグも新品の可愛らしいパンダをモチーフにしたもの。この動物園の売店で見かけたような覚えがある。

 きっととても大事に育てられている子なんだろうな、というのは一目でわかる。


「ママー、えっえっぐ、えっぐ、ママーッ!」


 なるほど。迷子か。

「あの子、お母さんとはぐれちゃったの?」

「十中八九そうだろうね」

「じゅっちゅーハック? パソコンと関係あるの?」

「……ええと、多分八十から九十パーセントの確率でそうだろうねって意味。」

「なんか、カッコイイ」

「どうも」


 僕達がくだらないやり取りをしている間も、女の子は泣き続けている。

 平日ということもあって周囲に人もおらず、彼女に手を差し伸べる人もいない。

 ワラビー達が心配そうに集まってきているが、檻(おり)から出られない彼等では残念だがあの子の力になることはできない。


「ねえ、黒茸さん」

 てんちゃんはある意思を持った瞳で僕を見上げてくる。

 正直、迷いはあった。

 呪いを持った僕が近づいていいのかどうか……。

 だけどこんな真摯(しんし)な目で見られたら、そんなことも言ってられない。


 僕は決心を固め、女の子達に近づいていった。




 今日はここでおしまいだ。

 また会う日まで、オールボワール。

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