一章4 『僕の日常その3 ―想い人編―』
ヤッホゥ! みんなの黒茸だ。
……ああ、ごめんごめん。
運命の人であるまっちゃん――まあ、片想いだけど――と会ったばかりで、気分が舞い上がってしまっているようだ。
さて、パン屋で買い物をした後の話だ。
僕はその後に決まって、向かう場所がある。
家とパン屋の間にある、河川敷だ。
さっきまで遊んでいた女の子達は学校に行ってしまったのか、もういない。
心地よい沈黙が体を包み込む。
ここで朝日に輝く川を眺めながらパンを食べるのが、僕の日課である。
まず最初に極太ソーセージのホットドッグをいただく。
カリッとしたソーセージに溢れる肉汁、ピリッとしたマスタードとトマト風味のケチャップ、ふわりと柔らかいパン生地に香ばしい小麦の香り。
口いっぱいに開かないと食べれないこれは、実にボリューミー。小食の人なら半分も食べれないだろう。
大食漢、というわけではないだろうけど、僕はソーセージが大好物で、女の子のお菓子みたいに別腹だ。これならいくらでも食べることができる。
だけど時折、罪悪感が胸を締め付けることがある。
このソーセージというのは、なぜだか外観が僕に似ている気がするのだ。
ゆえに眺めている内に、共食いをしているんじゃないかという妄想が頭をよぎる。
考えすぎだ、見当違いにもほどがある。そう思うのだけど、一度浮かんだ悪いイメージというのはそう簡単に払拭(ふっしょく)できるものじゃない。少なくとも、僕はそうだ。
ホットドッグを食べ終わって、自販機で買った紙パックの牛乳を飲む。『エイコーン』の前には紙パック専用の自販機があり、重宝している。
「……黒茸さん、また紙パックのもの飲んでる」
背後から声が描けられる。
舌ったらずな調子だ。
振り向くとそこには、白いワンピースの女の子がいた。
身長は普段の僕と同じぐらい小さい。大体、幼稚園生ぐらいかな。
髪は金色の艶やかなロングヘアで、顔は西洋風で中性的。
笑えば可愛いだろうに、大体無表情。不愛想の三文字がしっくり来るような子だ。
僕が日頃会話する、数少ない人間。
名前は知らない。以前どこかのおばさんが「てんちゃん」と呼ばれるのを見たので、僕もそうすることにしている。
まっちゃんと違って、実際に名前を呼ぶこともある。そういう間柄だ。
話すようになったきっかけは、僕が河川敷に通い詰めているように、てんちゃんもよく来るからである。見知った顔になって、どちからかともなく声をかけ、細々と話しをするようになった。
僕はてんちゃんのことをあまり知らない。
会話はするけど、込み入ったことは話題にしない。
住んでいる場所も、家族も、普段何をしているかもしれない。
僕達は一般的な基準に照らし合わせれば、友人ではないのだろう。
けれども一緒にいて居心地の悪さは感じない。
ならこのままでいいやと僕は思ってるし、てんちゃんも同じ気持ちだと思う。
「紙パック、好きなの?」
当たり障(さわ)りのない質問に、僕はかぶりを振ってこたえる。
「いいや。ストローから何かを飲むのが好きだ。筒状のものを口に咥(くわ)えていると幸せな気持ちになれる」
「なら、ファースト・フード店の紙コップでもいいの?」
「もちろん」
空白の時間が生まれる。沈黙。
悪くない静けさだ。
でもてんちゃんはちらちらとこちらの様子を窺ってきている。
もう少し、詳しく知りたいということだろう。
次のパンを取り出す時間に、僕は補足する。
「誰かに話すと『変なこだわりだね』って奇異の目で見られそうだから、このことはあまり口外しないことにしてる。そもそも、あまり人と話す機会はないけど」
「素敵だと思うわ」
「ストローで飲むことが好きなのが?」
「そう」
「変わった感性の持ち主だね」
「お互い様」
次に紙袋から取り出したのは、『エイコーン』特性メニューのマンパイ。
パイ生地の上に饅頭(まんじゅう)を乗せた、面白い一品だ。饅頭には餡子がたくさん入っており、代わりにパイは甘さひかえめ。サクサクのパイに柔らか饅頭の組み合わせの触感も素晴らしい。
僕が食べようとしていると、じっとてんちゃんが見てきた。マンパイを。
「……食べたい?」
てんちゃんは大きくうなずく。
僕はマンパイを二つに割って手渡した。
受け取ったてんちゃんはしばらくもの珍しそうに眺めた後、ぱくりと一口。
頬に手を当て、キラキラした瞳を丸くする。
「美味しいかい、てんちゃん?」
さっきより激しくうなずく。
それからてんちゃんは一心不乱にマンパイに取り掛かった。
僕も割れ目を一かじり。
うん、美味しい。
そのまま無言の空気の中、てんちゃんと一緒にマンパイを食べた。
天気も良く、澄んだ川はきれいで。
隣にはそれなりに親しい間柄の人がいる。
悪くない朝だった。
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