第39話 『モテ期』再来!
────有栖川絵美里の家 リビング
夏休み最終日。
宿題を早いところ終わらせた茂木恋は、学校課題に追われることもなく夏休みの最後を過ごしていた。
リビングのソファーに腰をかけた茂木恋は、隣に座る有栖川絵美里を一瞥する。
彼女はじっと、テレビ流しているアニメに集中していた。
そんな姿を横目に、茂木恋はスマホを起動して流れるようにグラブルを開いた。
状況としては『映画館デートしにきたカップルだが、彼氏さんは映画に興味がなくてスマホいじってしまっている図』である。
そんなことをすれば大抵の女の子は怒るだろうし、独占欲の強い有栖川絵美里であればなおさら変な癇癪を起こしてしまうのではないかと心配になる読者もいるだろう。
しかし、ご安心を。
世の中には、ループアニメを正規ルートだけ見ることを許すロリと許さないロリがいるが、有栖川絵美里は前者なのであった。
既に7回目のループに入っている学園アニメを真剣に試聴する有栖川絵美里は、茂木恋がスマホゲームをすることになんの不満も持っていなかった。
日課としているクエストを終えてしまった茂木恋は適当にスライムが出てくるクエストを受注し一旦スマホを放置。
飽きもせずにアニメを見続ける有栖川絵美里に疑問をぶつけた。
「絵美里ちゃん、よくそんなに集中して見れるね。俺は3周目で飽きちゃったよ」
「完全に同意ですわ。2周目まではわかりやすい違いがありましたから普通に面白く思いましたが、2周目以降は基本カット変更くらいですものね。ニコニコ大百科によると8周目で大幅変更あるらしいですから、恋も最終周だけは真剣に見ることをオススメしますわ」
「だったら尚更3話から7話飛ばそうよ……」
茂木恋はあきれたようにそう言った。
話している内にグラブルの方のクエストが終わったようなので、同じクエストをもう一度受注して再び放置した。
「それでも、飛ばしてはダメですわ。これは個人的な考えですが、このアニメはリアタイしてた人以外は基本的に1周目と8周目だけ見るのが普通だと思うんですの。少なくとも、私は初見ではそうしましたわ」
「そうだね。俺もそうした」
「でもその無駄な回を時間をかけて見ること自体に私は意義があるとおもいますの。4時間続けて同じ展開を見続けることによって、キョンが体験した永遠に終わらない夏休みを追体験できるのですわ」
「いや、まあそうなんだけど……」
「それにこのアニメを見ていれば現実の夏休みもバグって32日目に突入するかもしれませんわよ」
「いやいや普通にもう10分くらいで夏休み終わるでしょ」
茂木恋は時計を指さす。時刻はそろそろ12時を迎えようとしていた。
「私のことを言っているのですわ! 私は学校に通っていませんから、年中夏休みですの!」
「突然暗いシナリオ入れないでくれます!?」
「البقاء معي حتى بعد العطلة الصيفية قد انتهت. أحبك.」
「なんて?」
「例のバグの文字化けを意識しましたわ。意地でも夏休みを終わらせない所存ですの」
「こ、怖すぎる……」
茂木恋は方をすくめてそう言った。
7周目を迎えて流石に飽きてきたのか、有栖川絵美里は自分から話し始める。
「レン、今年の夏休みの感想はどうですの?」
「うーんそうだな。悪くはなかったと思うよ。これまでの夏休みって、宿題やって海とか親戚の家とか行ってその後は結局だらだらして終わってたから、正直なことを言えば1ヶ月家の中でずっとゲームしてる今年の夏休みも、例年と対して変わらないかなって印象だな」
「あら、そうですの」
「むしろ、外に出ないからって筋トレのモチベーション高まった分、例年の夏より健康な夏休みかもしれないね」
茂木恋はそういうと、半袖シャツを捲って力こぶを作って見せた。
夏休みで少し丈夫になった今の彼であれば、桃井美海の本気パンチを2、3発耐えることも可能だろう。
「それに、グラブルが一気に進んで達成感的には例年以上なのは間違いない」
「レンもついにアストラルウェポン5凸の民になりましたものね。圧倒的成長に私も感激していますわ! 今年中にルシソロが次の目標ですわね」
「が、頑張ります」
茂木恋は果たして後どれくらいプレイすれば次の目標を達成できるのか知らない。
ただ、彼は夏休みを通して自分のプレイしているスマホゲームがとんでもなく時間を食うものであるのを再確認した。
今後のゲームとの付き合い方に迷いを生じさせながらも、茂木恋は流れるようにクエスト再開のボタンを押した。もうダメみたいですね。
「しかしまあ、そんなに私とのニートな夏休みを気に入って下さったのは嬉しいですわね。ということで、来年の夏休みも同じで構いませんわね、レン?」
「いやいやいや、それは勘弁してよ。今年は仕方ないとして来年は水上さんたちとも一緒に遊びたいしさ」
「レンは私1人の身体では満足しないといいますの? この浮気者!」
「ぐっ……事実すぎて言い返す言葉もない」
「冗談ですわ。レンが浮気者なのは重々承知ですの。承知した上で私はレンを手に入れますわ。今この瞬間のように」
有栖川絵美里はそういうと、茂木恋の肩にもたれかかる。
その小さな体躯は見た目通り軽くまるで綿菓子の様だった。
いつの間に始まったのか、そもそも始まっていたのかすら不明であるが、今期の茂木恋争奪戦は有栖川絵美里の勝利で幕を閉じた。
なんやかんやあって茂木恋の一夏の思い出を独占することに成功した有栖川絵美里は夏休み最後の最後まで彼に甘えるのだった。
「絵美里ちゃん、ちょっと寛容になった?」
「私がですの?」
「うん。前だったら、俺が他の女の子のことを見ることすら嫌だったろうに、今では俺が浮気者なのを受け入れてたから」
「それは違いますわ。結局のところ、私の根底は変わっていませんの。レンを独占したいという気持ちはこれまでもこれからも……いえ、これまで以上に私はレンを自分のものにしたいと思っていますもの」
有栖川絵美里は唇を尖らせて続けた。
「私が丸くなったと思うなら、それはレンのせいですわ。レンが……カエデたちの話をしたから」
「俺が交渉を持ちかけたときの……だよね?」
茂木恋はそう言って思い出す。
黒田有紗を懲らしめると決意した茂木恋は、有栖川絵美里に交渉も持ち出した。
具体的には、ショッピングモール側からの出店の通知が商店街に届いていないから直接通知しに行っていいか聞いてほしいという話である。
有栖川絵美里からすれば非常に簡単な話であるが、彼女がこの話に乗ってこないことを茂木恋は知っていた。
独占欲の強い彼女が、自分の他の彼女の肩を持つ様な真似は絶対にしないというある種の信頼があったからである。
だからこそ、茂木恋は精一杯の熱意を持って「自身の1ヶ月」を交渉材料としたのだった。
もちろん、茂木恋は有栖川絵美里が取引に応じたのは「自身の1ヶ月」に満足したからだと思っていたが、実の所、有栖川絵美里は彼の『熱意』の部分でも心を動かされていた。
「少し昔話をしますわ。私、小学校のころは不登校でしたの」
「ええ!?? そんな暗い話今するの!?」
「良いじゃありませんの。私とレンの、大切な話ですわ。それに、そんな暗い話ではありませんの」
有栖川絵美里はまっすぐとテレビを見つめながら話し始めた。
「レンも知っての通り、私は結構頭がいいですの」
「うん。前に大学入試レベルまで理解してるって言ってたよね」
「覚えていてくれて嬉しいですわ。そんな私は、小学生のころには既に中学生の内容を勉強していたほど、学習のスピードが合っていませんでしたの。学校の授業が全てわかるものですから、私は授業でたくさん手を挙げて問題を答えていましたの。そうしていましたら、級友にも陰口を言われるようになり、しまいには先生も私の挙手を無視し始めましたの。だから、不登校になったアリサの気持ちは非常に同情出来ますし、他のカエデやナオの話についても悲しさが込み上がってきましたの」
「それで俺の浮気を水上さんたちなら許してるってことなんだね」
「そういうことになりますわね」
「それにしても、出来すぎた生徒を無視するって本当にあるんだ……大変だったね、絵美里ちゃん」
「ええ。しかし、今客観視してみれば疎ましい生徒だったと十分理解していますので、ぐじぐじ言うつもりはありませんわ。とにかく、私はその件で学校に行くモチベーションが一気になくなりましたわ。そもそも、将来は有栖川ホテルを継ぐことが決まっていたので、泣く泣く学校に通ってあげていたというのに、居心地まで悪いとなってはいよいよ通う意味がありませんの」
彼女は呆れた様にそう言った。
茂木恋は、勉強が出来ていた側の人間だったので、彼女の気持ちが分からなくもなかった。
小学校の授業とは、大抵できる生徒からすれば退屈なものであることが多いのである。
「学校に通わなくなった私が逃げ込んだ先は、インターネットでしたわ。最初は匿名掲示板であれこれしていたのですが、いつも荒らしだなんだと言われて不愉快な思いをしていましたの」
「その情報は聞きたくなかった……俺の彼女は2ちゃんの荒らし……」
茂木恋は微妙な苦笑いを浮かべた。なんかのラノベタイトルかな?
「流れ流れてたどり着いたのはツイッターでしたの。あそこは基本私と同じようなオタクだらけですし、名前付きのSNSですから、普通のアカウントであればそう簡単に荒らし認定されることもないと思いましたの」
「ああ、スパムアカウント多いもんねツイッター」
「その通りですわね。学校に行かず時間が有り余っていましたので、一日中スパムアカウントを通報し続ける正義ごっこをした時期もありましたわ」
「なんだその遊びは……まあ、俺もバズツイートにスパムリプする人は通報してるけど」
「流石はレン。私の見込んだ男ですわ。さて、話は戻りますが、どうやら私はツイッターでも馴染めませんでしたの」
「デジャブ!!!!」
茂木恋は思わずツッコんだ。
どういうわけか茂木恋の彼女たちは皆ツッコミどころのある女の子ばかりであった。
「郷に入っては郷に従えと言いますから最初は『フォロバ100%』とか好きなキャラの名前をスラッシュで区切って大量に羅列したりしていましたの。でも、思えばあれは間違いでしたわ。その手の触れ込みでFFになった人たちは全然お話になりませんでしたの。一見アニメアカウントですのに、アニメの実況よりもアニメの画像4枚貼って『好きな人いいねとリツイート』でいいねをもらうことに快楽を覚える界隈でしたの」
「なんだか今日の絵美里ちゃんは切れ味鋭いね」
「褒め言葉と受け取っておきますわ。ちなみにそのアカウントは長雪ぺちかですわ」
「えっ! 今では小説アカウントと言いながら大して小説も書かないあの人って、最初はFF界隈の人だったんだ!? 全く知らなかったよ!」
茂木恋は思わずツイッターで長雪ぺちかという奴のアカウントを開いた。プロフィール画面を開き、なんだこいつFF100%謳っておきながらフォロワー少な、と彼は思うのであった。
「そこからいくつかアカウントを作っては乗り換え作っては乗り換え、より良い友達に巡り会うのを待っていましたの。そこで現れたのはレン……貴方ですわ」
有栖川絵美里はギュッと茂木恋の手を握った。
「レンが初めてでしたの。私が偉そうにうんちくを語っても、すごいと言って褒めてくれたのは。私が面白いといったアニメを、みりんさんが面白いというなら見てみようと言ってくれたのは。好きな趣味同士で繋がるSNSをやっていたつもりなのに、私自身に興味を持って下さったのはレンが初めてでしたのよ?」
彼女はテレビから一度目線を逸らし、彼を瞳を覗き込む。
そのままキスを迫る彼女の唇を茂木恋は人差し指で蓋をした。
不満気な表情を一瞬浮かべた後、彼女は再びテレビに視線を戻した。
「そういうわけで、レンは私に初めて興味を持ってくれた人なんですの。だから私は……レンと生涯を共にすると決めていますの。初めて抱いた恋心を、私は一生持ち続けますわ」
「そうなんだ……なんだかごめんね。初恋の相手がこんな浮気者で」
「良いですのよ。私は何があってもレンを好きでいますわ。それはもう変えようがありませんの。もし変えたいのであれば、過去に戻ってやり直すしかありませんわね。消失のように」
有栖川絵美里はそういって、茂木恋にテレビを見るように促す。
7回目のループを終えたアニメは、ついに最終周に突入する様である。
茂木恋はチラリと時計を見る。
長針と短針がほぼ重なり合っていた。
「夏休みの終わりとともに、ループアニメの最終周に突入するのも中々粋なものかもね」
「でしょう? 楽しんでいただけて何よりですわ。とはいえ私はまだまだ夏休み継続ですが」
「なら来年は一緒に夏休みが終わっちゃう〜ってハラハラしながら過ごそうね。今度は水上さんたちとも一緒に」
「……それも悪くないかもしれませんわね」
そう言う有栖川絵美里の顔は、どこか嬉しそうだった。
これまで友達がいなかった彼女にとって、誰かと過ごす普通の学校生活というのは想像以上にワクワクするものなのである。
アニメのオープニングがかかったところで、突然インターホンが鳴った。
「こんな夜遅くに何者ですの? 黒服を呼びましょうか?」
「ちょっと見てくるよ。普通にピンポンダッシュだと思うし」
茂木恋はそういってソファーを立つ。
有栖川家の内装は完全に茂木恋の自宅と同じため、いつも通りインターホンの画面で外を確認する。
画面に映る人たちを見て、茂木恋は思わず笑みが溢れていた。
律儀な茂木恋は、一度スマホで時間をチェック。
なるほど確かに約束は違えていなかった。
「絵美里ちゃん、お客だよ」
「えっ、客ですの……?」
戸惑う彼女を尻目に、茂木恋は玄関の鍵を開けた。
中に入って来たのは茂木恋の3人の彼女たち……それと少しおまけが3人。
水上かえでは有栖川家に入るなり目を輝かせた。
「2人ともお久しぶりー。元気にしてた? というより、ちゃんと宿題は終わった?」
「水上さん、久しぶり。宿題は大丈夫だよ。元気も元気。外は出てないけど運動もちゃんとしたし健康そのものだよ」
「それはよかった! 私はちょっと……体調崩し気味。夏風邪かも」
「ええ!? 大丈夫!? わざわざ来てもらってごめんね」
「心配してくれるの? えへへ……ありがと。でも大丈夫だよ。茂木くんの顔見たら気分よくなったから」
水上かえでは鼻をこすりながらそう言った。
自傷癖のあった彼女だったが、今ではリストカットもめっきりやめ、その代わりに少し甘えん坊になった。
彼女の危なっかしい面を見ることができなくなり寂しさはあるが、彼女の精神がこれまでよりも安定していることに茂木恋は安心していた。
白雪有紗は何やら鼻を啜りながら言う。
「クンクン……精子の匂いはしませんね。間違いが起きていないようで非常に安心しております、恋様」
「白雪さん? そもそも精子の匂いなんて」
「飲まされたことがあるのです。中学のころの話ですが」
「おいおい白雪さんここにきて最大級の闇を投下しないでおくれよ……」
「では今度、恋様のものでお口直しをさせてくださいませ。恋様ならきっとしてくださると確信しております」
「確信しておりません」
白雪有紗は冷たくあしらわれながらも、彼の手の甲にキスをした。
中学時代のいじめが原因で自分の身体が穢れていると思っていた彼女だったが、今ではきちんと自分の美しさを自覚していた。
それが原因か、ここ最近ではその美貌をもとに茂木恋を誘惑するエロキャラになってしまってはいた……と言いたいところだが、元から白雪有紗は少しエッチな子だった。
ともあれ、心の闇から解放された彼女のこれまで以上に大胆なアプローチをして来ているが、茂木恋はそんな彼女の行動を内心喜んでいた。茂木恋は男の子なのである。
藤田奈緒は玄関で靴を脱ぐとジャンプ。
その巨大な双丘を揺らしながら、茂木恋の顔面へと飛び込んだ。
「ヤッホー弟くん! お姉ちゃん久しぶりに会えるって思ったら夜も眠れなかったゾ♪ 久しぶりだから蓮くんも喜んでるね♪」
「久しぶりです、奈緒さん。蓮くんも久しぶり」
「あれっ? 弟くんなんだか筋肉ついた? なんだか頼もしい気がするゾ♪」
「あっ、分かります? 夏休み外に出なかったんで、筋トレ頑張ったんですよ」
「弟くん普段は腕立て伏せ30回くらいでやめちゃうもんね。お姉ちゃん、弟くんにお姫様抱っこされるの夢だったからちょっと心配だったんだゾ♪」
「あはは、奈緒さんさらっと俺以外知り得ない情報流すのはやめてくださいよ、あはは」
茂木恋は苦笑いしながらas〜as構文のようにそう言った。
息苦しいので彼は藤田奈緒の胸の谷間から脱出すると、彼女は少し寂しげな表情を浮かべた。
彼氏の筋トレ具合を心配するくらいであるから、おそらくこれまで茂木恋の顔を自身の胸に埋めていたのは彼女なりに茂木恋の肺活量を鍛える思惑があったのであろう。全くよく出来たお姉ちゃんである。
藤田奈緒は過去に弟の幻覚を追い茂木恋をストーキングしていたが、今では死んだ弟の幻覚を受け入れて生活をしている。
茂木恋と藤田蓮が同じ空間にいる以上もう彼をストーキングする必要などないというのに、彼の部屋に監視カメラを仕掛けたりスマホゲームでのプレイ時間を監視していたりするのは、藤田奈緒が彼を1人の男として愛している証拠であろう。
そんなストーカーとの日常を茂木恋は少なからず楽しんでいるのであった。
3人のヒロインが現れたところで有栖川絵美里がテレビの再生を一度止め、立ち上がった。
「カエデ、ナオ、アリサ! 約束が違いますわ! 今は私がレンを独占する時間でしてよ!」
「ちょっと待ってよ絵美里ちゃん、今の時間をよく見て」
「時間ですの……?」
有栖川絵美里は壁に掛けられた時計を確認する。
時計の針はすでに12時を越えていた。
「そ、そんな……終わってしまいましたの……!? レンと私の密閉・密集・密接な夏休みがッ!!!! 差し詰め私はシンデレラ……」
「魔法が解けて一般人に戻るのは俺の方かもしれないけどね」
両手をついて有栖川絵美里は絶望を露わにした。
3人のヒロインたちは申し訳なさそうな気持ちを持ちながらも、普段勝気な彼女のそんな姿が新鮮で思わず笑みをこぼしていた。
ヒロインたちとの感動かどうかは議論の余地のある再会が終わると、続いて茂木鈴が盛り上がりに乗じて兄の肩をちょこんと突いた。
「お兄ちゃん、この家どうなってるの!? うちと間取り一緒なんだけど……!」
「そうなんだよ……どうやら絵美里ちゃんが家を建てるとき、うちと全く同じ間取りで注文したらしい。後で俺の部屋……というか俺の部屋と同じ場所にある部屋に入ってみなよ。ベッドとシーツまで同じやつだから」
「え、何それ怖い。お兄ちゃん本当になんて人に目をつけられちゃったの……」
「俺もつくづくそう思うよ……SNSは怖いから鈴はやめておけ」
「学校の授業でSNSの注意喚起が終業式にあったけど、お兄ちゃんの話が1番効くから友達にも話していい?」
「やめろ! 兄の恥ずかしい話を純粋無垢な中学生たちに広めるな!」
「冗談。お兄ちゃんが困るのは私も嫌だし」
茂木鈴はそう言うと流れるように兄に抱きついた。
1ヶ月ぶりの再会で寂しかったのかと、茂木恋は彼女を抱き返し頭を撫でる。
彼女は思わずにやけてしまう顔を、彼のシャツに顔を埋めて隠した。
茂木恋は妹のことなど全くもってこれっぽっちもヒロインとして見ていないが、茂木鈴はそうではない。
茂木恋の恋愛偏差値はそれはもうカンストものである。
例え妹であっても、その圧倒的恋愛偏差値の前では兄のことを意識してしまうのは必然なのであった。
「恋! 恋! 恋〜! 会いたかったぜ、恋〜!!!!」
「た、田中!?」
茂木鈴と入れ替わりで彼の胸に飛び込んできたのは田中太郎であった。
主人公の隣の席に座るちょっとすけべなクラスメートであり最高の脇役だったはずだが、なんやかんやでメインストーリーの中枢に居座り続ける傲慢なキャラである。
そんな彼は友人との再会に感動の涙を流していた。
「おい田中やめろ! 抱きつくな!」
「いいじゃねえかよ恋! 俺はお前に感謝してるんだぜ!」
「感謝!? 何がだよ!」
「とぼけるなって! お前が黒田さんをコテンパンにした後よ、彼女は俺の家に謝りに来たんだぜ? あれも恋の差金だろ?」
「黒田さん……一応筋は通してるんだな」
田中の喜ぶ顔を見ながら、茂木恋は若干の安堵を覚えていた。
3人のヒロインを病みに陥れた原因となった黒田優美。
茂木恋は夏休み前に彼女に報復をしたのだが、仕返しの心配がなかったといえば嘘であった。
1人の死人と1人の不登校を出すほどの人物がそう簡単に改心しないだろうし、絶対に商店街に対する彼女の暴挙は加速する。
彼は心のどこかでそんなことを思っていたのだが、それは杞憂だったようである。
黒田優美は最悪な女ではあったが、最低な女ではなかった。
田中太郎は茂木恋から一度離れると彼の肩をがっちりと掴んだ。
「恋、俺は今こうして笑っていられるのはお前のお陰だ」
「そこまで感謝しないでくれよ。田中が助かったのはついでだぜ、ついで。白雪さんたちのおまけな」
「いいや、それでも言わせてくれ。恋、俺はお前が好きだ。一生お前についていくぜ!」
「ふぁーーーーーーーー!?!?!?」
「いいじゃねえかよ! 1人くらいヒロインが増えてもよぉ!!!!」
「お前はヒロインじゃなくて友人キャラだ! ややこしくなるからそこら辺弁えてくれ!!!!」
茂木恋は田中太郎のことなど全くもってこれっぽっちもヒロインとして見ていないが、田中太郎はそうではなかったらしい。
茂木恋の恋愛偏差値はそれはもうカンストものである。
例え友人キャラであっても、その圧倒的恋愛偏差値の前では彼のことを意識してしまうのは必然なのであった。あるのか?
強引にキスを迫る田中太郎に渾身のアッパーを入れると、彼は目を回してその場で倒れた。
夏休み前までであればなすすべなく茂木恋は犯されていたであろうが、今の彼は1ヶ月の時間をグラブルと筋トレに費やした男である。
運動部の田中太郎を余裕でノックアウトするだけど力を手に入れているのであった。よかったな茂木恋!
綺麗なアッパーが決まったところで、後ろからひょこっと桃色小動物が飛び出してきた。
相変わらず身長は伸びていない。
彼の幼馴染にして許嫁……そして彼にとっては最大の障壁でありライバルであった桃井美海が彼の拳をぎゅっと握って上目遣いで口を開いた。
「恋にぃ、カッコいいよぉ! 今までで1番いいパンチだったねぇ?」
「おうよ、美海。って別に俺はそんな人を殴るキャラじゃないからな?」
「うん。ミミ分かってるよ? 恋にぃは仲良い人にしか手をあげないもんねぇ?」
「なんかすごくDV気質のある男って言われてる気がする……」
「でねぇ〜ミミが恋にぃが家庭内暴力大好き男でも大丈夫だよぉ?」
桃井美海はとろんとした瞳で、茂木恋の拳を見つめながらそう言った。
おやぁ? 桃井美海選手の様子がおかしいようです。
実況の水上さんはどう思いますか?と、茂木恋は心の中で実況解説ごっこをしながら水上かえでに目配せすると、彼女は彼に耳打ちした。
「神社での一件以来ね、桃井さんは目覚めちゃったらしいの」
「め、目覚めた? 何に……」
「マゾの気に」
「ドSからドMへの転向ッ!!!?」
「何の話してるの、恋にぃ?」
桃井美海に両手を取られ一気に現実に戻される茂木恋。
相変わらず桃井美海の握力は女子のそれを逸脱しており、下手をすれば拳を砕かれかねないという恐怖が襲うが、その恐怖の矛先は別の方に向くのだった。
桃井美海はゆっくりと茂木恋の両手を自身の首元へと持っていく。
「有紗ちゃんから聞いたよぉ? 恋にぃ、有紗ちゃんの首を締めたんだってね? いいなぁー羨ましいなぁー。ミミにもして欲しいなぁー?」
「み、美海さん? どうしたんですか? いつもみたいに殴らないんですか?」
「ミミが恋にぃを殴るわけないよぉ? これからは、恋にぃがミミを殴る時代がきてるんだよぉ? 社会のスピードに追いついて、恋にぃ〜」
「そんな社会は間違ってる!!!!」
盛大にツッコミを入れる茂木恋。
彼のそんな姿を見て、3人のヒロインたちは抑えきれずにクスクスと笑っていた。
「ほら、茂木くん。桃井さんのことを助けてあげて」
「恋様ならきっと出来ます。それは私たちが1番よく理解しております」
「弟くんは病んでる少女専門の恋愛マスターだもんね♪」
「俺のヒロインたちはどうして全員病んでるんだあああああ〜!!!!!」
もう12時だということも忘れて、茂木恋は声の限り叫んだ。
彼女を欲する茂木恋。
恋愛指南ブログを信じ行動に行動を重ね、気づけば彼のもとには『モテ期』が訪れた。
しかし、恋愛はそんな一筋縄でいくわけがないのである。
なんと数奇なことに彼女候補たちは、1人残さず……病んでいたのだった。
だが、彼は諦めない!
少女たちの『病み』など彼の圧倒的恋愛偏差値の前では無力なのである!
彼はこれまでもこれからも、こうして女の子たちを『病み』から救っていくのであろう。
「そうだ、せっかくみんな集まったし、何かゲームでもしようよ。絵美里ちゃん、人生ゲームあったよね?」
「え、ええありますわ」
「いいね茂木くん。私は賛成」
「恋様がそうおっしゃるのであれば」
「弟くんとゲーム〜! よーし、お姉ちゃんも頑張っちゃうゾ♪」
「お兄ちゃん今からするの!? お家に帰ろうよー」
「恋にぃと遊べるならミミはなんでもいいよぉ〜?」
「よしきた! 宿題はまだだが付き合うぜ!」
「お前はさっさと宿題をやれ!」
一同盛り上がりを見せる中、若干浮かない顔をしている有栖川絵美里に彼は寄り添った。
人生ゲームを家の階段下収納に取りにいくのに付いて行きながら、不機嫌な彼女に謝った。
「絵美里ちゃん、ごめんね。ゴタゴタしちゃって」
「本当ですわ! せっかくレンと最後の夜を過ごせるかと思いましたのに」
「言い方!」
「それにアニメも最終周がまだですわ! あれを見ないとこれまでの時間が水の泡に……」
「いいんじゃないかな、見なくたって」
有栖川絵美里の言葉を遮り、茂木恋は言った。
「ほら、これからみんなで遊ぶし、あれを見終わるまで俺たちの夏休みはまだ終わってないってことでさ。絵美里ちゃんも……友達と遊ぶのが嫌なわけじゃないでしょ?」
「ふふっ……そうですわね。しかし、それではレンの所有権はまだ私のものということになりますわね? ご主人様を謀るだなんて、一体これはどうしてくださるのかしら?」
有栖川絵美里はそう言いながら分かりやすく上目遣いで目を瞑った。
お人形のように愛くるしい彼女の顔を前に、茂木恋は思わず生唾を飲み込んだ。
唇へと吸い込まれそうになる直前、茂木恋は閃いた。
彼女のすらりとのびた柔らかな手を取ると、茂木恋は手の甲に口付けをする。
「ご主人様にキスをするなんて、あまりに恐れ多いからさ。敬愛のキスで勘弁してよ」
「ぐぬぬ……私としたことがしてやられましたわ。でもいいですわ。いつか、レンの唇を私自身の力で……奪ってみせますもの」
有栖川絵美里は独占欲の強い女の子だった。
それは今でも変わらないが、茂木恋との一件以降、彼女は欲しいものを自分の力で手に入れるべきだという簡単なことに気づいた。
本気になった彼女は強い。茂木恋が恋に落とされてしまうのも時間の問題であろう。
有栖川絵美里は茂木恋を指差し言った。
「だから今日は……みんなのレンとして、私たちを楽しませなさい! いいですわね?」
茂木恋はコクリと頷いた。
右手にはゲームを持ち、左手には有栖川絵美里の手を握る。
皆の笑顔に包まれ、茂木恋と有栖川絵美里は友人たちの輪に飛び込んだ。
茂木恋と病んだ少女たちの恋愛物語はまだもう少し続きそうであるが、それはまた別の機会で。
おしまい。
彼女いない歴=年齢の俺が圧倒的恋愛偏差値で作った彼女候補は全員病んでいた件 長雪ぺちか @pechka_nove
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