第37話 『悪意』消滅?
────黒田商店街 神社
「なんや、おどれはその女どもの関係者だったんかいな? 目的はなんや?」
笑顔を崩さぬまま、黒田優美はそう告げる。
話は田中太郎から聞いていたとは言え、サバサバした言い回しだった彼女が突然関西弁に変わったことに少なからず茂木恋は驚いていた。
「ウチを脅したいんやろ? 金か? 金が欲しいいんか? せやけどそれは無理な話や。残念ながらサツにもこっちの息がかかっとるんや。この商店街がどんだけ腐っとるかおどれも知っとるやろ」
黒田優美は茂木恋からもらったノートの切れ端をビリビリと破くと、ニンマリと口角を上げる。
そして、携帯電話をポケットから取り出した。
「ウチを追い詰めたんやと思うたんやろうけど、それは間違いや。ウチを通報したところで何にもならん。寧ろ、追い詰められたんは自分たちやぞ。おどれらはウチをコケにした。それがどういうことか分かっとるんか?」
携帯電話の画面を弄り、耳元へと当てる。
通話の相手は茂木恋にもおおよそ検討がついていたため、彼はそれを止める。
「黒田さん、電話はちょっと待ってよ。それはまだちょっと早い」
「早いも遅いもあるかいな。ウチがお爺ちゃんに電話入れてしまいや。これはそういう話やろ」
「違うんだよ。それはもう少し話を聞いてからにして欲しい。そうしないと、こっちの要求を聞く前に君が逃げてしまうかもしれないから」
「逃げる? ウチがか? アホなこと言うな。逃げるのは……」
「俺は、黒田さんにみんなに謝って欲しいだけなんだ。別に警察に通報しようとか、そういう話をしに来たんじゃない。君が──というより黒田の家の人が消えて困る人がたくさんいるのは知っているから」
茂木恋は彼女の言葉を遮るように用件を伝えた。
田中太郎らから、黒田家が潰れることを商店街の人間は望んでいないという話を聞いていた。
それは、被害者である藤田奈緒、白雪有紗も同様だった。
彼女らは黒田優美によって大切な人を、大切な時間を奪われた。
しかし、これから商店街で生きる彼女たちにとって商店街の暗い一面が公になるのは自分たちの生活に関わってくるため、彼女に罪を問うことは自死に近い。
そこで、茂木恋は個人的に謝罪をするように求めたのだ。
「それじゃあ何や。おどれはこの女どもに謝罪させるためだけに、ウチを騙したん言うんか?」
「そうだよ。
「はははっ! それは随分殊勝な心意気やな! 茂木くんはサービス業向いとるんやないか? ここまでもてなされたんわウチ初めてやわ!」
彼女は笑いつつも、一度止めた指を再び動かす。
プルルルとコール音が神社の境内に鳴り響いた。
「残念やったな、茂木くん。
彼女の高笑いと同時にコール音が止まった。
通話の相手はもちろん彼女の祖父である市長──黒田平蔵だった。
通話が可能となったところで、外部スピーカーをオンにし彼の言葉が全員に聞ける状態にして、彼女は憎たらしい笑みを浮かべた。
「お爺ちゃん、聞いて欲しい話があるんや。ウチらのことを外に漏らした奴がおって……」
『優美! お前、なんて相手に喧嘩売っとるんや! やんちゃするんわええけど相手は選べ言うたやろ!』
「えっ、お爺ちゃん……?」
電話の向こうで焦る祖父の声を聞き、黒田優美は目を丸くした。
彼女はありえないと言った様子で茂木恋を見るが、彼は何も驚いている様子はなかったため、今の状況が彼の思惑通りであることを悟った。
そして、同時に自分が先ほどまで好きになっていた彼がこちら側に近い人間であることを悟り、後退りをした。
「も、茂木くん……筋者やったんか」
「いやいやいや、ちょっと待って。俺はヤクザでもないしヤクザ関係者でもないよ! まあ、使った手段はある意味暴力的な物かもしれないけどね」
茂木恋は苦笑いでそれを返した。
後ろで待機している3人の彼女たちも事情を知らないのか、顔を見合わせて疑問を浮かべていた。
「この日のために本当に色々したんだ。それは黒田さんをこの場に引っ張り出すだけじゃだめだ。君の裏にいる人間を折れさせないと、君は絶対に謝罪しない。だからそのために……俺は犠牲を払った」
「犠牲やと……?」
「ごめんね水上さん、白雪さん、奈緒さん。さっさとこの話にケリをつけて、夏休みはみんなで遊ぼうと思ってたのにそれはできなくなっちゃったよ」
「恋様それは一体どういう……」
白雪有紗が思わず口を開く。
彼女は茂木恋から『およそ1ヶ月で黒田優美を落とす』といった旨の話を聞かされていた。
茂木恋に絶対の信頼を置いている彼女は夏休みはこれまで通りイチャイチャできると期待していたのである。
「夏休みの間、俺の身柄は拘束されることになったんだ。それが協力の条件」
「ん、それって……ええっと、あれかな? 監禁?」
「お姉ちゃんに救援呼んだときのあれだね♪」
彼が数日監禁されたのは彼女たちにとっても記憶に新しい。
茂木恋の3人の彼女たちはすでに答えを知っているが、黒田優美は何のことかさっぱりであった。
彼女が困惑していると、携帯電話の声が女の子のものに変わった。
『その通りですわ! 私が買い取らせていただきましたの、レンの高1の夏を! 彼女でもない私が、彼女を差し置いて1ヶ月レンのことを一人占めですわ!!!!』
「と、というわけなんだ。残念ながら俺は普通の高校生だからさ、普通じゃない人の協力を受けるしか解決できなかったんだよね」
茂木恋は身体を売った相手はもちろん有栖川絵美里だった。
話を持ちかけたのは茂木恋。
『自分の今の彼女を助けたい』という願いを有栖川絵美里が聞き入れるはずもないのだが、それでも彼女は協力を受け入れた。
そうするだけの魅力が茂木恋からの話にはあったのである。
『レンの彼女がいい思いをするのはとっても不快ですわ! でもこの話、私にとってあまりにも時給が良すぎましたの。人を1ヶ月雇うならば本来30万は必要ですわ。それが1時間くらいおじ様とお話をするだけでいいと言われれば、当然やらないわけにはいきませんわ! 実質、援○交際やパ◯活ですわね!』
「……例えは最低だけどそんな感じ。ほら、駅前のショッピングモールへの出店の打診が通ってなかったって話を奈緒さんたちはしてたでしょ? まさにその話を商店街の各店舗に『直に』通していいかって交渉を絵美里ちゃんにはしてもらってるんだ」
黒田平蔵からすれば、ショッピングモールの件についての話が出回ることは痛手であった。
商店街が機能しなくなれば彼を支持する層がいなくなり、これまで通りに甘い蜜が吸えなくなるのであろう。
そして、黒田平蔵も馬鹿ではない。
孫娘が一言謝罪をするだけでショッピングモールの話はなかったことにしてくれるというのならば、そうしない道理がなかった。
『優美、ええから謝れ。それで手打ちにしてくれる言うとるんや』
「お爺ちゃん……」
祖父から直接指示が入り、黒田優美はしょぼくれる。
彼女がこれまで大きな態度をとっていられたのは祖父の権力に依る部分が大きい。
例え心ではそれを拒否したかったとしても、祖父を裏切ることはできなかった。
黒田優美は茂木恋に向き合っていた身体をクルリと回転させ、3人の女の子たちに向き合った。
携帯電話をギュッと握り少し震えた後、彼女は頭を下げた。
「白雪さん申し訳ありませんでした」
「……はい。私はそれで満足です。中学校の生活は消えてしまいましたが、今は恋様に出会うことができて楽しく生きていますので。もう今後一切、私に関わらないでください」
白雪有紗はそういうと自分も頭を下げた。
自分をいじめた相手だと言うのに頭を下げてしまうのは彼女らしい部分と言えるだろう。
「藤田さん申し訳ありませんでした」
「……私はあなたを許すことはできないよ。でも……蓮くんは許してあげようって言ってるし、今回は弟くんの頑張りに免じて責任追求とかはしないであげる」
藤田奈緒は斜め上の何もない空間と会話しながらそう言った。
その不気味な光景に黒田優美は思わず後退りをした。
藤色髪のお姉ちゃんはこの場で1番ヤバい奴なのだ。
そして、最後に黒田優美は水上かえでに向き合った。
腕の生々しい傷を見て、彼女の心臓は跳ね上がる。
「えっと、あなたは……」
「初めまして、私は水上かえで。どうやら、県立附属の入試であなたが合格した代わりに私が落とされたらしいんだよね」
「そ、そうでしたか……水上さん申し訳ありませんでした」
「うん。私に関してはなんで謝罪されるのかって疑問に思う点もあるけど、一応黒田平蔵さんからの謝罪ってことで受け取っておくよ。不正は良くないけど、私も入試時の得点が悪かったのも問題だったらしいし私ももっと頑張るべきだったなぁ」
水上かえでは呆れたようにそう言った。
実をいえば彼女は……と言うよりも彼女の母親は水上かえでとともに県立附属高校へと赴き、不正入試の大体の話を聞いていた。
黒田平蔵は孫娘を医学部へと入れたかったらしく、医学コースのクラスを希望するであろう生徒を1人落として黒田優美を入学させた、と言うのが学校側からの説明であった。
この医学コースを希望するであろうという基準は非常に単純で、親が医者かどうかというものであった。
つまり、水上かえでは受験生の中にいる医者の子供の中で1番点数が低かったため落とされてしまったというのが、例の入試の結末だったのである。
それを聞かされたとき、水上かえでは「だから〇〇ちゃんは受かったんだ! 私より点数低かったのにおかしいと思ってたのに」と謎が解けてスッキリといった様子だったという。
全員への謝罪が終わったところで茂木恋が黒田優美を呼ぶ。
そして、彼も同じように頭を下げた。
「黒田さん、本当にごめんね。君の恋心を利用して騙しちゃって」
「……うん。当分トラウマになりそう。でも、私が招いたこと……なんだよね」
黒田優美はそういうと3人の彼女たちを控えめに見た。
これまでの自分の振る舞いで3人の人生が狂わされたのだと彼女は実感する。
藤田奈緒が幻覚を見ていることに、水上かえでのリスカ跡に。
自分が直接手を下した白雪有紗も外からはわからないが何かしら傷を負っていることは容易に想像できた。
「そうだね。この件で悪いのは黒田さん、君だよ。そして、そんな君を傷つけた俺も同じようなものだと思ってる。だから罪滅ぼしになるかは知らないけど、黒田さんの勉強をできる限り手伝ったつもりだよ」
黒田優美は返事をしない。
確かに彼のおかげで成績が上がったのは事実である。
しかし、それが感謝であるかと言われれば彼女に限っていえばそうとも言い切れなかった。
揺れ動く彼女の心を見透かすように、茂木恋は彼女の手から携帯電話を奪い取った。
「黒田平蔵さん、聞こえますか?」
『んっ! 君は茂木くんだね。この度は本当に申し訳ない。孫娘が手を出した男がまさか有栖川グループの人間だったとは思いも』
「いや、俺は有栖川グループじゃないですから」
『将来的には社長夫君になるのですから何も違いはありませんわよね?』
「ちょっと絵美里ちゃん話がややこしくなるから一旦静かにしていてくれ! えっと、平蔵さん。お孫さんが言いたいことがあるみたいですよ」
茂木恋は黒田優美に携帯電話を返した。
突然のことに困惑する彼女に茂木恋は何かを耳打ちする。
すると、黒田優美はその糸目を見開き驚いた様子だった。
「茂木くん、なんでそれを」
「黒田さんが田中を使って俺を調べて他のと同じように、俺もある人間から黒田さんの状況について聞いていたんだ。例え復讐の相手であっても、可哀想に思うのは自然なことだと思う」
「…………ありがとう。出会い方が違かったら、ウチらは友達でいられたんかな」
茂木恋は言葉にせずに、首を横に振った。
こんな優しい人間にさえ拒絶される生き方をしてきたことを感じ、彼女は自責の念に苛まれた。
ツーっと流れ落ちる涙を拭うと、黒田優美は携帯電話に話かけた。
「お爺ちゃん、ごめん。ウチもうこれ以上は勉強できん。お医者さんなんて無理やったんや……これまでウチのやんちゃ許してくれたんは感謝しとる。でも……もう無理なんや。学校でも……成績悪くて居場所がないんや」
『優美……』
「3年間は頑張る。辛いやろうけど……ウチへの罰だと思って受け入れる。せやけど……大学は好きなとこ行かせて欲しいねん……お爺ちゃん」
『…………気にせんでええ、優美。自分の行きたい道を行けばええ』
祖父の言葉を聞き、彼女はその場で泣き崩れた。
彼女が辛い思いをしたのは高校一年生の1学期のほんの僅かな期間である。
しかし、これまで周りに友達ではなかったかもしれないが常に人がいた彼女にとってそれは苦痛だった。
祖父の指示に従わないということは、彼からの支援が得られないということでもある。
彼女は今日初めて、自分の人生を歩む一歩を踏見出したのであった。
話がついたのを見計らって、水上かえでらが彼の元に駆け寄った。
「茂木くん、優しいんだね。悪役の子まで助けちゃうなんて」
「でもそれが弟くんのいいところだってお姉ちゃんは思うゾ♪ いい子だからぎゅーってしちゃお♪」
「ちょっと奈緒さん当たってます! 当たってますから!」
「抜け駆けはずるいです。私も、久しぶりに恋様とまぐわいたい気持ちでいっぱいであります」
「白雪さんも!? それと意味深な発言をしないで!」
「じゃあ私も便乗して抱きついちゃおうかな」
茂木恋の彼女たちは各々口実を作って彼に抱きついた。
久しぶりの彼の感触を噛み締めるように、これまでにつけた傷を癒すように、彼女たちは腕の力を強めてそうしていた。
しばらく抱き合っていると、茂木恋は思い出したかのように一度彼女たちを引き剥がした。
「できれば感動の再会をもっと続けたいところなんだけど、この後別のイベントを用意してるんだった。水上さん、白雪さん、奈緒さん……何があっても俺を助けないでね」
「恋様? 一体何をおっしゃって……」
「ほら、今日で丁度みんなの過去編にキリがついたでしょ? だからここらで俺も自分の過去に幕引きをってね。黒田さんも見ていってよ。少しはスッキリするかもしれないからさ」
「えっ、何が始まるん……」
黒田優美は怪訝な表情でそう言った。
ヒロイン3人組は彼の発言でおおよその予想はついてしまっていた。
彼が持つ過去編といえば、間違いなく彼女との話であろう。
ジャッジャッと、神社境内に敷かれた砂利を踏む音が響く。
不規則なそれは段々と近づいて行き、ついにその足音の正体が現れた。
ピンク色のセミロング。側頭部にお団子を携えた幼さを感じさせる髪型のロリ少女──桃井美海が鼻歌まじりに現れた。
茂木恋のご近所さんであり、許嫁であり、彼をこの『病み』少女たちの輪に誘った元凶……それこそがこの桃色暴力少女だった。
彼は、桃井美海との結婚を回避するために必死になって彼女を作ることに躍起になっていたのだった。
桃井美海は茂木恋を見つけ目を輝かせたと同時に、見知らぬ女の存在に目を曇らせた。
「あれ〜? 恋にぃその女の子たちはどうしたのぉ? 恋にぃのお友達〜?」
「美海、久しぶり。会いたかったよ」
「え〜!!!! 恋にぃはミミに会いたかったのぉ!? ミミもすっごく会いたかったんだよぉ? それで、その女たちは誰なのかなぁ?」
一歩、また一歩と桃井美海が距離を詰める。
身の危険を感じつつも彼は一歩も引かずに、茂木恋は3人の彼女たちに避難するように促した。
ゴクリと唾を飲み込んで、茂木恋は深呼吸する。
そして、彼は覚悟を決めて口を開いた。
「美海、紹介するよ。左から水上かえでさん、白雪有紗さん、藤田奈緒さん……俺の彼女だ」
「……え〜? ミミ、恋にぃが言ってることが分からないや〜! だって恋にぃはミミの未来の旦那さんなのに、彼女を作るなんて、絶対おかしいよねぇ? そうだよねぇ? これはちょっと……お仕置きが必要だね?」
瞬間、彼女の右腕が消える。
茂木恋は急いで両手で防御体制を取ったが、それはもう遅かった。
来るとわかった上で待ち構えていた茂木恋の防御を貫通し、桃井美海の拳が彼の顔面を撃ち抜く。
鼻血を出しながら茂木恋の身体は宙を舞い、神社のお賽銭へと叩きつけられた。
この場ではかなり腕力に自信のある白雪有紗が一歩前に進むがそれを、茂木恋は小石を投げて牽制した。
砂煙が舞う中、茂木恋は鼻血をワイシャツの裾で拭うと立ち上がる。
「美海、決着をつけるぞ。俺は……お前を『病み』から解放する!」
拳を前に突き立ててそう宣言する。
桃井美海は未だに瞳を曇らせたまま、浮気した旦那に殺意を向けていた。
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