第27話 『アトラクション』絶叫?
────遊園地 1日目
地元から少し離れた遊園地へとやってきた茂木恋。
遊園地にはそれなり人がいるようであるが、激混みと言った様子ではない。
快適に園内を回ることのでき、かつ過疎ではない、まさに遊園地日和であった。
そしてついに、ここ最近シリアスな回が続いたためここらでラブコメらしい回の登場である。
数多の苦難を乗り越え3人の彼女と1人の嫁候補を手に入れ、しかも彼女3人はこの3股の状況を受け入れているという随分稀有な状況であるが、流石に3人と同時にデートするほど顔の皮は厚くなかった。
茂木恋には知恵がある。
それは悪知恵かもしれないが、彼は週末を使い3人の彼女とデートをすることにしたのである。
もちろん週末は2日しかない。
3人の彼女を満足させるためには同日に2人の女の子とデートする必要が出てくるであろう。
しかし、そのような芸当はこの茂木恋の十八番である。
餅は餅屋に、不倫は茂木恋にやらせるのが適切であろう。
「そろそろ待ち合わせ時間だな…………」
時計を一瞥した後、顔を上げると遠くの方に見慣れた人影が映る。
高身長の藤色髪のモデル体型──藤田奈緒が第一の待ち合わせ相手であった。
「やっほー! 弟くんおはよ♪ 突然デートしようだなんて、お姉ちゃんとってもドキドキだよ♪」
「喜んでくれたようで何よりです。彼氏なんですからデートするくらい当然ですよ」
「もー! そういうところも大好き! 大好きだからチューしちゃお♪」
「ちょっと、外ではやめてくださいって!」
口を尖らせる藤田奈緒から必死に逃れる茂木恋。
もう彼らは付き合っているのだからそれくらいしてもいいのではないかという話であるが、人の目があるところでそう言った行為に抵抗があるようである。
では2人きりになれば少しセクシャリティーなシーンがあるかといえば、そう言ったシーンは絶対に見せられないので安心して欲しい。
暗転したり、謎の光が彼らを加護するのだ。
「早速アトラクションを回りましょう! 今日のために入念にスケジュールを組んできたんです」
「流石弟くん、準備万端だね♪ でもお姉ちゃんジェットコースターとかは乗れないから注意だゾ♪」
「そうなのですか。なら寧ろ、好都合です。俺も絶叫系は苦手なので……こうやって回りましょう」
茂木恋はパンフレットで園内の地図を開くと、緑色のマーカーで移動順を書き込んでいく。
毎度のことながらデートとなると急激にポンコツ化する茂木恋。
分刻みとはいかないが、おおよそそのアトラクションにどれくらいの時間をかけるのかまで計算に入れた計画を立てる彼は、計画性のあるところがアピールポイントであると思っていたが、やはりこれはデートとしてはどうなのであろうか。
茂木恋のしているそれはデートというよりも、遊園地RTAであった。
しかしながら茂木恋には時間がない。
若干タイムアタックになってしまっても仕方がないであろう。
午前中は藤田奈緒編、午後からは白雪有紗編が待っているのである。
彼女たちを満足させるべく、茂木恋は初めの一歩を踏み出した。
*
────遊園地 コーヒーカップ
色とりどりのカップがくるくると回っている。
そのカップの中の一つに、茂木恋と藤田奈緒は乗り込んでいた。
何やら茂木恋は表情が強張っていた。
「奈緒さん、行きましょう……!」
「うん♪ でも弟くんちょっと体調悪いのかな? 顔が青ざめてるよ?」
「そ、そんなわけないじゃあないですか。俺は今とっても楽しいですよ。アイムファインセンキュー、エンドゥー」
会話が成立していない。
茂木恋の身体はそれはもう岩のようにカチカチに固まり、カップを回す棒を掴むその腕はそれはもう握力検査でもしているかのような力の入れ具合。
端的にいえば、彼はビビっていた。
思えば茂木恋は灰色の中学時代を送っていた。
桃井美海から逃げるといった意味でも部活に集中し、週末どこかに出かけるといったこともなかった彼が最後に遊園地に行った記憶は小学校低学年。
その当時怖かったコーヒーカップは当然今でも怖く、寧ろ当時以上に恐怖を感じているのであった。
彼の目にはコーヒーカップは妖怪の火車と同義に映っていた。
藤田奈緒は彼の手を棒から剥がすと、それに手を掛ける。
「じゃあ問題ないねっ! それじゃあ回しちゃうゾ♪」
「おねがいしま……うわああああああああああ!!!!」
瞬間、彼の視界が揺れた。
先ほどまで見ていたクルクルと回る白馬のアトラクションがグニャリと歪んだと思えば、既にそれはいなくなっていた。
常軌を逸した藤田奈緒のカップ回しのスピードは、コーヒーカップを最高の絶叫マシンへと変貌させるのであった。
手動の遠心分離機にかけられた茂木恋は既に意識を飛ばしかけていた。
「アタマガ……マワラナイ……ココ……ドコ……」
「目は回ってるね♪ 弟くんコーヒーカップも乗れないなんてビビリにも程があるゾ♪」
「コレ……コーヒーカップ……チガウ……」
理不尽な回転量にカタコトになる茂木恋をよそ目に、藤田奈緒はさらにカップを回す。
藤田奈緒は──寧ろ彼女の存在自体が絶叫系であるからなのであるか、絶叫系が得意系お姉ちゃんであった。
段々と薄れゆく意識とともに、腕の力が抜けていった茂木恋はついに体を固定していた腕を外してしまった。
回転方向と逆に身体が飛ばされ、彼は顔面から藤田奈緒の胸へとダイブしてしまう。
突然のことに藤田奈緒の手が止まった。
「弟くん!? いきなり抱きつくなんて……ドキドキしちゃうゾ♪」
「あれ、俺は今まで何を…………って、どうして奈緒さんの胸にっ!?」
「ちょっと弟くん! 喋るとくすぐったいよ♪ そんなにお姉ちゃんのおっぱいが好き?」
「男で嫌いな人はいないというか……そういう話ではなくて! あれっ、回転がゆっくりになってる」
ラッキーなスケベをきっかけに茂木恋はコーヒーカップの回転がゆるまっていることに気付いた。
いまだに先ほどの回転している感覚が彼には残っていたが、コーヒーカップは次第にその回転を止める。
「あっ、もう終わりみたいだよ! もう少し弟くんと遊びたかったのに残念ー」
「い、命拾いした……」
心から安堵する茂木恋。
まさかスライム程度の強さのアトラクションでここまで恐怖する羽目になるとは思っていなかった彼は、この先に待ち受けているであろう何かに怯えながら、カップを降りるのであった。
*
────遊園地 お化け屋敷
病院風なアトラクションの前に来ていた。
言わずもかな、お化け屋敷である。
「弟くんどうしたの? すっごく震えてるよ?」
「ど、どうしたんでしょうね。さて、俺はどうなってしまうんでしょう」
文化祭のときに明らかになった通り、茂木恋はあまりお化け屋敷が得意ではない。
文化祭レベルのお化け屋敷でさえビビるレベルであるため、遊園地に存在する本格的なものはもう論外であった。
なぜ自分でデートコースにそれを入れるんだという話であるが、いかに少ない時間でアトラクションを回るかという思考になってしまった茂木恋は自分の得手不手を考慮し忘れてしまったのである。
うっかり系主人公の波が来ているのだ。あれ?俺また何かやっちゃいましたか?
「大丈夫だよ! ほらお姉ちゃんと手を繋ごう! そうすれば全然怖くないんだゾ♪」
「そ、そうですかね……」
「それにレンくんも一緒だから怖くないゾ!」
「レンくんはどちらかといえば幽霊寄りですね!?」
藤田奈緒だけに見えるショタっ子は心強い仲間に見せかけて、実際は彼の敵であった。
藤田蓮はこの世におらず、カテゴリー的にはお化けなのだ。
新たな敵を得て、茂木恋一行は何やら不気味なBGMの流れるお化け屋敷の入り口をくぐった。
「真っ暗だねー。弟くん、絶対手を離しちゃダメだよ♪」
「もちろんです! こんなところで離したら……俺は生きてここから出られない……」
「そうなったらスタッフさんが外に出してくれると思うゾ♪」
「いきなり現実的!」
いつも通りツッコミを入れると、彼はあることに気付いてしまった。
「そうだ、お化け屋敷ってお化けロールプレイしてるだけじゃないか。いつもの俺と同じだ……!」
その通りである。
茂木恋が女の子の前でイケメンロールプレイをするように、お化け屋敷の従業員たちはお化けロールプレイをしているだけなのだ!
怖がるよりもむしろお仕事お疲れ様ですというのが正しいのかもしれない。
そう気付いてしまった彼はもう無敵であった。
「くっくっく……お化け屋敷、完全攻略だぜ!」
「あっ、弟くんほらあそこ! すっごくリアルなゾンビだね♪」
「負けを認めよう」
茂木恋は負けた。
それはもう完膚なきまでに負けた。
相手がお仕事中の人間であると分かっていても、突然視界に飛び込んできた全身が赤黒い生きてるのか死んでるのか曖昧な生物のインパクトに完全に打ちのめされてしまうのであった。
藤田奈緒の手を引き、彼は走り出した。
「ええー! 弟くんどうして走っちゃうのー! ここからが楽しいところなのにー!」
「命の危険があるからですよ! あんなゾンビと関わっていたら命がいくつあっても足りません!」
藤田奈緒は彼に連れられて超高速でお化け屋敷を駆け回る。
もっとゆったりとお化け屋敷を楽しみたかった彼女だが、彼氏が慌てふためくところを見るのは悪い気分ではないようで、そういう点では満足なのであった。
本来20分程度かかる想定のアトラクションをおよそ5分で回りきるという、遊園地RTA勢として非常に意識の高い楽しみ方をした茂木恋は出口の光を見つけて走る足を止める。
「つ、ついに出口だ……!」
「はぁ……はぁ……弟くん……体力あるんだね……お姉ちゃん、疲れちゃって……」
「ああっ! 奈緒さんごめんなさい! 俺1人で走っちゃって」
「ううん、いんだよ。だって、弟くん怖かったんだもんね。それでもお化け屋敷に挑戦するなんて、とっても勇気があるってお姉ちゃん思うゾ♪」
「奈緒さん……なんて抱擁感なんだ……奈緒さんのこと好きになってよかったです」
「そう言われると、お姉ちゃんとっても嬉しい! お姉ちゃんも弟くんに会えて本当によかったって思ってるんだよ♪」
藤田奈緒は屈託のない笑みを彼に向け、彼を抱きしめた。
先ほどまで走っていたため、彼女の胸の鼓動が茂木恋の頭に響く。
彼は自分の胸に手を当てると、同様に激しく動いていることを確認する。
それが、走ったことによるものなのか、彼女に抱かれているからによるものなのか、彼にはよくわからなかった。
*
────遊園地 レストラン
お化け屋敷に行った後ジェットコースターと空中ブランコに向かう予定であったが、絶叫系が苦手であることがバレてしまったため、藤田奈緒の配慮の結果ブラリぶらりと彼らは遊園地を回っていた。
しかしながら、これが本来のデートの姿であるのかもしれない。
遊園地RTAのルートを組んでいた茂木恋であったが、上手く転んできっちり彼女とのデートを満喫するのであった。
藤田奈緒は午後から家で仕事がある。
そのため、少し早めに昼ごはんを食べに、園内のレストランにやってきた。
屋外の飲食スペースもあったが、気温が高くなってきた今日この頃、外での食事を2人とも進んでしたいとは思わなかったため、普通に室内で食事を取ることにするのであった。
レストランとはいったものの、いくつかの見慣れない飲食店が並んだフードコートに近い。
ショッピングモールのフードコートというと、大抵チェーン店が立ち並ぶが、ここではチェーン店は入っていないようで、遊園地オリジナルのお店が立ち並んでいた。
「先に席とりましょうか」
「そうだね♪ お姉ちゃん2階がいいゾ」
「いいですね。見晴らしよさそうですし、そうしましょう」
2人でレストランの二階に行ってみると、案外快適そうな空間が広がっていた。
元々園内は混み合っている様子ではなかったのもあるだろうし、昼ごはんを食べるには少し早い時間だったということもあるだろうしで、レストランの2階を利用している人はほとんどおらず、軽い貸切状態であった。
「うわぁ! すっごく空いてるね! ここならどれだけイチャイチャしてもお咎めなしだゾ♪」
「誰か咎めて! それはそれとして、確かに空いてていいですね。奈緒さんほら、最近できたうちの近くのショッピングモールあるじゃないですか」
「うん、あるね♪ それがどうしたの?」
「そこにもこういう感じのフードコートあるんですけど、そっちの方が混んでたんですよ。だから、こんなに空いてるとちょっと嬉しくて」
「確かに、大勢のために作られた施設で1人だけとかになったら、ちょっと嬉しくなっちゃうよね! お姉ちゃんその気持ちわかるよ♪ 藤田書店でお客さんが来てない時とかまさにそうかも!」
「さらっと寂しいこと言わないでください! とりあえず、注文行きましょうか。ここまで空いてたら盗まれる心配とかもなさそうですけど、一応バッグは持っていきましょう」
茂木恋はそうして場所取りのために、バッグの中から古文のワークを取り出した。
学校に行く鞄にたまたま入れっぱなしにしていたものが、まさか場所取りで使えるとは彼も予想していなかった。
先に階段を降りる藤田奈緒を追いかけようとする茂木恋だったが、一瞬チラッと外をみる。
彼自身、意識して外を見たわけではなかった。
むしろ、外に意識すべきものがあったからこそ、外を見てしまったという逆転現象である。
端的にいえば、彼の知っている顔が外にいたのだ。
紅葉色の髪の少女と白髪の少女のペアが、クレープ片手に園内を回っている。
あんな特徴的な2人を、彼が見間違えるわけがなかった。
「あれはアカン! どうして水上さんがここにいるんだよ……!」
「弟くんどうしたのー? 早く行こうよー」
「あっ! はい奈緒さん、今行きます!」
茂木恋の頭の中では色々な憶測が飛び交っていた。
確かに白雪有紗が今日ここにいる理由は、彼は理解できていた。
なんせ、彼の午後のデート相手は白雪有紗なのであったから。
ちなみに水上かえでとのデートは明日の予定である。
なぜ彼女全員と同じ遊園地に行かねばならないのかという話なのだが、もしかしたら彼はイスラム教徒なのかもしれない。
何やら一悶着ありそうな気配を察知して、茂木恋は緊張感を持って藤田奈緒とのデートに向き合うのであった。
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