第26話 『私欲』混入?

 ────茂木恋の自室


 今日も今日とてスマホゲームに励む茂木恋……と見せかけて今日はSNS。

 会話の相手は古くからの友人みりん──有栖川絵美里である。

 難しい問題にぶち当たった時、彼が1番信用していたのは彼であり彼女であった。


 机に座り、茂木恋は真剣にスマホと向き合っていた。


『みりんさん、ちょっと相談があるんですけど』

『リアルの話はDMで』


 ツイッターで彼にリプを送ると、すぐにダイレクトメッセージでのチャットを促された。

 大人なみりんはネットとリアルの区別が茂木恋よりもついていた。

 というより、茂木恋が冷静さを失っていたのかもしれない。


『どうしましたの、レン?』

『週末は素敵なパーティに招待してくれてありがとう。それで相談なんだけど、これは他の人には話さないで欲しいのだけど、いいかな?』

『もちろんいいですわよ? レンと私の仲ですわ。もっと妻を信用してもらわないと困りますの』

『実は相談というのは、奈緒さんたちが住んでる商店街の話なんだ』

『あの奇妙な商店街ですわね』

『そう。絵美里ちゃんは確か、商店街に有栖川ホテルのグループが出店依頼を出したけど断られたって言ってたよね。まずはその理由におおよその予想がついたんだ』

『あら、それは朗報ですわね。過去の栄光に囚われたただの愚者だと思っていましたが、きっと違う理由があるのでしょう?』

『まああの商店街が繁盛していた時期を俺は知らないからなんともだけどね』


 昔は活気があったが、今ではシャッター街、という商店街は多い。

 黒田商店街には、それでも過去に繁盛した記憶が忘れられず営業を続けるという店ばかりなのだと、有栖川絵美里は考えていた。

 茂木恋は慣れた手つきで、スマホに指を滑らせる。


『どうやら市議会議員が絡んでいるようだよ。商店街から市長を出して、市の予算で商店街を存続させているらしい。だから、商店街の人たちは市から出した市長の家系に逆らえないし、実際色々隠蔽しているらしい』

『隠蔽というと違法な金の流れとかですの?』

『それがあるかは分からない。でも少なくとも、商店街に店を構える人たちの子供へのいじめは完全に封殺されているって。これが結構酷くて、実際自殺者が出てる』

『随分ディーブな話になっていますわね。それならば、普通に法に訴えれば解決するのではなくて?』

『いや、そう簡単には行かないんだ。悪事を暴いたところで損をするのは商店街側だから、そもそも商店街の人たちがそれを望んでいない。俺の友達に商店街出身の人がいるから聞いてみたけど、そう言ってた』

『その友人は女ですの?』

『いや、男だよ』

『ならよしですわ。これ以上レンに虫がついたら制裁を下していたところですの』


 問題はそこか?と茂木恋は首を傾げていたが、有栖川絵美里にとっての問題点はその一点だった。

 なんと言っても彼女は独占系病みヒロイン。

 茂木恋が無事であれば他はどうでもいいのである。

 なんとも潔いスタンスではあるが、茂木恋は多方面にちょっかいを出しすぎであるため、寧ろ有栖川絵美里の方が正常な考え方なのかもしれない。


『それで、絵美里ちゃんに相談したいことなんだけど』

『本題ですわね』

『悪事をばらさずに、その商店街を支配している連中にお仕置きをする方法って何かないかなって聞きたくてさ』

『いくつか方法がありますわよ』

『えっ!? 本当に!? やっぱり絵美里ちゃんに聞いてよかったよ』

『頼られるのは悪い気がしませんわね! しかしレン私はその方法を話すことはありませんわ』


 返信を見て、茂木恋のテンションは一気に低迷する。

 上げて下げられてしまった。


『どうして?』

『それはもうレンが答えを言っているではありませんの。商店街の人たちはその不健全な環境を作ることで存続しているのでしょう? ならば商店街とは無関係のレンが手を出すのはお門違いというものですの』

『それは……』


 彼女の考えは最もなものであった。

 確かに茂木恋は首を突っ込みすぎである。

 今の彼がしていることは他所の家庭の問題に茶々を入れるような無粋な真似であろう。


『それに、話を聞くにその商店街はどうしようもなく腐っていますわ。平気で人を1人自殺に追い込むような連中ですのよ? 介入してレンに何かあったら困りますわ』

『…………そうかもしれない。ありがとう。相談に乗ってくれて』


 茂木恋はそうしてダイレクトメールの画面を閉じた。

 己の無力感を感じながらも、彼は心の内に残るモヤモヤと格闘していた。


 ピロロン♪


 どれくらい時間が経ったであろう。

 少し間を開けて、茂木恋のスマホに通知がくる。


『ズルイですわ』


 それは再び有栖川絵美里だった。


『えっ、ズルイって何が……?』

『レン、あなたは私がレンのことを好いていることを知っていますわよね?』

『それはまあ……これだけ求婚されれば嫌でもわかるよ』

『ならば、その萎れた態度はとてもズルイですわ。弱ったレンを助ければ、私のことを強く意識するのではと、私の乙女心をくすぐりますの』

『随分歪んだ乙女心だね!?』

『一途と捉えていただきたいですの』


 有栖川絵美里は歪んだ考えの持ち主であることは間違い無いであろう。

 しかしながら、一途であることには変わりない。

 何せ顔も見たこともない同級生の男の子を何年も愛し続けていたのである。

 遠距離恋愛で破綻するカップルは多いが、彼女は彼を好きであると自覚したその日から、一度だって会うことができずとも、彼を慕い生きてきたのだ。


『答えを一つあげますわ。レンは他の彼女たちを救いたいのでしょう?』

『う、うん』

『レンの得意なことを思い出しなさい』

『俺の得意なこと……?』


 茂木恋は考える。

 彼はなんでも大体80点くらいでそつなくこなせるような男である。

 得意なことと言われても、これまで目立った賞をもらったりそういった記憶は彼にはなかった。

 しかし、彼は最近自分の得意なことに気づいてしまったのである。


『……もしかして彼女作るのが上手いとかそういう話?』

『その通りですわよ。レンはとっても魅力的な雄ですの』

『せめて男って言って!』

『レン、過去の因縁を晴らすのも一つの解決作ですわ。しかし、彼女たちの今をより良くするのもまた違った解決なのではなくて?』

『た、確かに……! 怒りが前面に出ちゃって気づかなかった』


 彼女の意見はまさしく目から鱗であった。

 茂木恋はスマホを握る力が強くなる。

 確かに藤田奈緒と白雪有紗は、黒田優美という女に人生をめちゃくちゃにされたであろう。

 しかし、彼女に復讐することができずとも、今の彼女たちにもっと良い記憶を与えることは茂木恋にも可能である。

 無力さを感じていた茂木恋はすでに息を吹き返していた。


『絵美里ちゃん本当にありがとう! 俺、頑張れそうな気がするよ!』

『元気になってくれたようで嬉しいですわ! この調子で私に恩を感じて婚姻から逃れられなくなってほしいですの』

『代償がデカすぎる!』

『そうとなれば話は早いですわよ。レン、あなたがするべきことはたった一つですわ!』


 そして有栖川絵美里は、最後にほんの少しだけ、私欲を混ぜた意見を投下するのだった。


『デートしますわよ、レン! 次の週末は遊園地ですわ!』

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