第7話 『秘密』調査?
────早朝 茂木恋の自室
学校がある日の朝のことである。
茂木恋はいつものようにルーティーンをこなすと、家を出るまでの間、これまたほぼルーティーンに食い込んでいるといっても過言ではないスマホゲーム、グラブルをしていた。
マグナ2に最近挑戦できるようになった茂木恋は、これまでも十分ハマっていたが、これまで以上にグラブルを楽しんでいる様子であった。
「完全に足を引っ張ってる感じがして申し訳ないけど、素材は美味しいぜ。ワンパンマンがたくさんくると厳しいって聞いてたけど、みりんさんが上級プレイヤーで良かった」
彼が話題に出したその時、丁度一緒に遊んでいた「みりん」からツイッターでダイレクトメールが飛んできた。
茂木恋は通知バーをタッチし、即座に反応した。
『グリームニルお疲れ。結構ダメージ出るようになってきたじゃん』
『みりんさんおはようございます! 朝からマグナ手伝ってもらってすいません』
『いやいや、いいんだよ。石油武器の試運転したかったからさ』
石油武器とはグラブルに登場する武器のシリーズである。
おおよそ一般プレイヤーでは入手困難なほどに高価な代物で、石油王にしかこんな武器作れないという畏敬の念を込めて皆こう呼ぶのだ。
『石油武器って……みりんさんいくら課金してるんすか……』
『大人は金があるんだ。どれくらいかは覚えてないけど、石油武器コンプするくらいは課金してるよ』
『エグすぎて草です』
『そういえば、例の女の子たちどうしたの? 浮気バレて刺されてたりしない?』
『あ、その話ですか。まだ刺されてませんね。ただ、1人刺してきそうな子はいます』
『なんだそれ。メンタルやられてる感じ?』
『そんな感じですね。というかみりんさんちょっと相談乗ってもらってもいいですか?』
『いいよ』
みりんという男は仮にも所帯持ちの大人である。
茂木恋は人生の先輩として、彼に指南を仰いだ。
『俺に告白してきた子たち、みんななんかしら怖い面を持ってるんですよ。1人は俺のことをまるで神様のように……もう盲信に近いレベルで信仰してますし、1人は自傷癖がありますし、1人はなぜか俺の個人情報を片っ端から知ってるんですよね』
『やばw レンは運が悪いな』
『ちょっと、笑ってないで何かアドバイスくださいよ!』
『そうだなぁ、どうにか3股してるのバレないようにしながら、ちょっとずつ自分を見限らせるのがいいんじゃないかな』
『ダメなところを見せるとかですか?』
『そこは自分で考えなよ。俺はレンのことその紫髪のお姉さんのようになんでも知ってるわけじゃないんだから』
『す、すいません』
『まあなんだ。俺から1つアドバイスするとしたら、さっき話題に出したお姉さんには特に注意した方がいい』
『どうしてですか?』
『彼女が真実を知ったら、他の女の子たちにバラされるかもしれないだろ。身の回りの人間で彼女とつながってる人がいるかもしれないし、それに監視カメラとかも設置されているかもしれないから気を付けといて損はないと思うぞ』
そう言って、みりんはダイレクトメッセージで監視カメラの対処に関する記事のURLを貼る。
そうこうしている内に、学校の時間になってしまった。
ありがとうございます、と一言告げて茂木恋は学校へと向かった。
*
────昼休み 茂木恋の教室
教室の中がいつもに比べ騒がしい。
それも全て、文化祭という高校での一大イベントのせいである。
茂木恋のクラスは型抜きや射的などをクラスの出し物とすることに決まっていた。
作業は困窮しているようで、文化祭実行委員は昼休みの時間を使わないといけないほどであった。
そんなこと梅雨知らず、いつものようにあんパンを齧りながら、茂木恋は空を眺め、俯き、眺め、俯き、と若干不審な態度で食事をとっていた。
教室の扉がガラガラと開かれる。
田中太郎が弁当を買って教室に帰ってきた。
そして彼は、彼こそが茂木恋が待っていた人物であった。
「田中、話があるんだけど……いいか?」
「おいおい、なんだよ恋! 内緒話か!? 俺とお前の仲じゃねえか! なんでも言ってくれ!」
調子のいい田中太郎は弁当を机に置くと、椅子をガッと引いて、ガッと座った。
とにかく勢いのいい男、それが田中太郎である。モブではあるが。
「白雪さんについて知っていることを教えて欲しい。中学のとき、彼女は何かおかしなことをやらかしたりしていなかったか?」
「……白雪のことか。俺は関わりがなかったから知らないって、前に言っただろ」
田中太郎は都合が悪そうにそう言った。
彼は薄々気づいていたが、田中太郎は意図的に白雪有紗に関する話題を避けてきていた。
「それは白雪さんを思ってのことか?」
「だから知らないものは知らないんだ。答えようがないだろ」
「……それじゃあ、はいかいいえで答える質問にする」
茂木恋は、これまで田中太郎とのやり取りの中で引っかかっていたことがあった。
そして、白雪有紗については2通りの可能性があるとも。
真実に近づくため、茂木恋は問いを口にする。
「白雪有紗は中学の頃……不登校だったか?」
「………………」
田中太郎の表情が曇る。
いつもの元気でバカで助平な田中太郎はそこにはいなかった。
馬鹿とはいえ、彼も聖心高校へと進学できるほどの頭の持ち主である。
考える力は、間違いなく備わっている。
そんな田中太郎が口籠るということの意味を、茂木恋は分かっていた。
「そうなんだな。分かった。お前がそんな態度とるってことは、余程口外できない事情があるんだろ」
「……すまん。この町にいる限り、俺はこの件には関わりたくない」
「そこまで言ってくれれば十分だよ。やっぱりお前は最高の友達だ」
茂木恋はあんパンを牛乳で流し込むと席を立つ。
教室を出たところで、彼はスマホを起動した。
『放課後、話がしたい。今日俺の部屋にこれないかな』
昼休みであるからか、白雪有紗のレスポンスは早かった。
ピロロン♪
『はい。恋様のお誘い、心より感謝申し上げます』
返信を確認したところで、茂木恋は情報を集めるために職員室へと向かった。
本気になった茂木恋の行動力は人並み以上であった。
ただ、彼女を作りたいと意気込んでいた彼であったが、そんなこと関係なく今はただ──彼女を救うことしか頭にない。
このような優しい面が、気を病んでしまった女の子の心を掴んでしまったのかもしれないが、彼はそのことに気付いていなかった。
*
────放課後 茂木恋の部屋
1週間の内に別の女を部屋に招くというのは、およそ一般の感覚で言えば、クズ男であろう。
実際、部屋の主である茂木恋は現在絶賛3股中のクズオブクズなのであるが、1人目の来訪者である藤田奈緒は、彼が自発的に招いたわけではなく、不本意ながら押しかけてきてしまった『押しかけお姉ちゃん』であるため、前文での意味でのクズ男ではないのである。
クズクズ言いすぎてクズとはなんなのかとナレーションは考え込んだ。
サクセスマインドに導かれし彼女候補の1人──白雪有紗は茂木恋の部屋に上がるなり、彼の部屋をマジマジと見回した。
壁紙に何か貼っているわけでもなく、小学校の頃から使っている学習机が1つにベッドが一つという質素な部屋であったが、それでも白雪有紗の目からは素晴らしい光景に見えているのか、彼女は目を輝かせていた。
「ここが恋様のお部屋なのですね。嗚呼……恋様の匂いに包まれています」
「そんなに嗅がないでよ、恥ずかしいから」
「直接嗅いだ方がよろしいでしょうか?」
「それもダメ。今日はそういうことをしに来たんじゃないだから」
「嗅いではならない……となると、後ろからするのでしょうか? 私としては初めては前から……恋様の顔を見ながらが良かったのですが」
「いやいやいやいや、ちょっと待って! 何言ってるの白雪さん!」
「ゴムも買ってきたのですが……不要でしたでしょうか?」
不要である。
その場でそんなことをされてしまってはこの物語の対象年齢が上がってしまうであろう。
空気の読める茂木恋は、白雪有紗がカバンをガサゴソしだすのを必死に止めた。
「不要だよ。今日俺は、白雪さんに話があって部屋に呼んだんだ。ここなら、誰にも聞かれないから、安心して欲しい」
「果たしてそうでしょうか? 恋様のお声であれば世の中の女子たち皆耳を傾けてしまうというものです」
「何その設定!? 俺は変な宗教の会長か何かか!?」
ついつい本能でツッコミを入れてしまった茂木恋。
せっかくシリアスな雰囲気を出そうとしていたのに、やはり彼はギャグ漫画星の住人なのである。
気を取りなおすために、一度コホンと咳払いをした。
「だったら、こう言った方がいいかな。中学校の人たちに聞かれてないから、安心して欲しい」
「…………恋様? それを一体どこで?」
「自分で考えて、推理して、導き出した。誰かからの口添えがあったとかじゃないよ」
茂木恋の言葉は半分正解、半分嘘であった。
田中太郎の言葉は、もう半分答えを言っているようなものであったのであるから。
白雪有紗はただ伏し目がちに、黙っていた。
「俺の推理が間違っていたら言って欲しい。白雪さん、君は中学校のとき不登校だった。原因はいじめ」
「…………はい」
瞳を見せることなく、彼女は首を縦に振り、肯定した。
「何があったのかは大体想像がついている。きっと今、白雪さんがこうして俺に強く依存しているのは、それが原因だよね?」
「…………はい」
「俺は、白雪さんを助けたい。中学の頃何があったのか、話してくれないか? 俺は、白雪さんの口から聞きたいんだ」
「……それはできません。例え……恋様であっても」
「ちょまっ……うわあああああ!!!!」
白雪有紗はそういうと、茂木恋の腕を掴んだ。
見た目からは想像できないほどの力で、彼の腕はあっけなく主導権を彼女に握られる。
白雪有紗は彼の手を制服の下から入れさせると、そのままそれを左胸へと押し当てた。
布一つ挟まない状態での胸部への接触は、恋愛マスター茂木恋の頭を沸騰させるのには十分である。
立ち眩みが彼を襲い思わずつまずきそうになるが、彼女の真剣な眼差しで正気に戻る。
「恋様、聞こえるでしょうか? 私の胸の鼓動が。恋様といるだけで、私はこんなにも胸を高鳴らせてしまうのです」
「……うん。わかるよ。白雪さんの心臓、すごくドキドキいってる」
「私は今のままで十分幸せです。今が、1番なんです。ですから、恋様。どうか、この件には介入しないでくださいませ」
白雪有紗はそう言い残すと、恋の手を放し、部屋を後にしようとした。
茂木恋は自分がとんでもないことに足を踏み入れてしまったのではないかと焦る。
一高校生でなんとかできるレベルを超えた、もっとドス黒い何かを感じ取ったのだ。
茂木恋の右手には、まだ彼女の震える手の感覚が鮮明に残っていた。
部屋から出ようとする白雪有紗の背中に向けて、己の無力さを感じながら、言う。
「白雪さん……何があったのか詳しくは聞かない。でも、俺は君を助けるよ。だから先に謝っておく…………ごめんね」
後ろ姿のまま、白雪有紗はコクリと頷く。
茂木恋の頭の中には、彼女を『病み』から更生させる算段が既にあった。
来週は文化祭である。
彼はそこで、全てを終わらせる覚悟をしていた。
*
部屋に残された茂木恋は、寝そべり電球の光を掴むように手で遮っていた。
特に意味はないが、何かしていないと落ち着いて考え事ができるような精神状態ではなかったのだ。
手には先ほど白雪有紗が忘れていった──否、置いていった薄いゴムの箱が握られている。
どれほど経ったであろうか。
既に、日は落ち外は真っ暗であった。
「田中の協力もあって、これで白雪さんを救う算段は立った。成功するかは……俺が……というより白雪さんに依る部分が大きい。後は、水上さんと奈緒さんだ」
考えるそぶりを見せる茂木恋。
しかしながら、水上かえでの件については、大方の予想が立っていた。
「水上さんは受験に失敗している。たぶん、家が厳しいんだ。それで気に病んでしまった水上さんは自傷癖がついてしまったというのがオチなんだろう」
自分でいって、茂木恋はひどく落ち込んでしまった。
正確には、気が進まなくなってしまった、だが。
「これ、俺が両親に会って話をするしかないよな……相手は医者だっていうし……怖いなぁ……まあ、怯えていても仕方ない。覚悟は決めたんだ」
茂木恋はぎゅっと拳を握る。
気合いだけでどうにかなる相手ではないのは重々承知している。しかしながらそれでも気合いで乗り切らなければならないことがあるのを彼は理解していた。
「次に、奈緒さん。彼女については本当に謎が多い。どうして俺のことを『弟くん』だなんて呼ぶのか全く見当がついてないんだよな」
これまでの藤田奈緒に関する出来事を、想起するが全く真実に近づいていく気配がなかった。
お姉ちゃんこと、藤田奈緒は弟の情報を知っていても、弟に情報を公開しないのだ。
良く言えば、ミステリアスなお姉ちゃん。
悪く言えばもちろんただのストーカーである。
藤田奈緒について考えていたところで、茂木恋は今朝のことを思い出した。
「あっ、そう言えばみりんさんに今朝なんかURL送ってもらってたな。確か、監視カメラがどうこうって話。ちょっと読んでみるか」
あまり自分を好きになってくれた人を疑うのは、心が痛いが、茂木恋は最悪の場合に備えて例の記事を読んでみた。
「ふむふむ。部屋を暗くして写真を撮るんだな……フラッシュは焚かないといけないんだ。なるほど、光に反射したレンズが撮れるって原理なんだな。良くできてるなこれ」
記事を読んだ後、茂木恋はカーテンが閉まっていることを確認する。
そして、部屋の明かりを落とし、試しに写真を何枚か撮ってみた。
写真を撮り、何が取れたのかと確認をしたところで、茂木恋顔色はだんだんと優れなっていった。
言葉にできないほどの恐怖が彼を襲い、その足取りを重くさせた。
恐る恐る、椅子を取り出し、そこに登る。
そして、カーテンを固定していたレールの端に手を伸ばした。
「これって……」
茂木恋の手には、小さなレンズのついた機械が握られていた。
見間違いなどあり得ないであろう。
「監視カメラ……本当にあった。マジかよ……そこまでするのか奈緒さん……」
顔面蒼白になりながら、茂木恋はそう呟く。
設置した主は、例え彼が名探偵でなくとも簡単に特定ができる。
自分では届かない位置に設置されたカメラ。
背の高い彼女であれば、カーテンレールへの設置は容易である。
茂木恋は最初、昨晩の営みを忠告通り部屋を暗くして行ったことについて、田中へ感謝した。
田中の忠告を聞いていなかったら弟くんのあれやそれやがお姉ちゃんの元に渡ってしまい、何百ものコピーが作られ再駆除不能状態に陥っていたことであろう。
そして個人の痴態への心配の次に──白雪有紗との行為を思い出し、戦慄した。
「やばいやばいやばい!!!! 俺が白雪さんにちょっかいかけてることバレちゃったよこれ! 胸も触っちゃったし、もう付き合ってるとかまで思われちゃってるかもしれないやつなんだけどおおおおお!!!!」
監視カメラがなくなったことをいいことに、茂木恋はカメラの死角でゴロゴロと転がった。
それはもうゴロゴロと。
連続使用でダメージが倍々になるほどに転がっていると、扉がバンッと勢いよく開かれる。
「お兄ちゃんうるさい! マット運動なら体育のときにして!」
茂木鈴がシャープペンシルを両手で構えて登場する。再びサンライズ立ちである。
兄を注意しにくる殊勝な妹はそこで、兄の机に乗っている何かに気がついてしまった。
めちゃうすな箱である。
「お兄ちゃんあの箱って何?」
「何ってこれは……いや、勘違いだ。俺のじゃない! 俺が使おうとしたんじゃないんだよ!? 友達に田中って奴がいてさ、こいつが大層助平なやつでさぁ……」
「お兄ちゃんさっきの女の人と夜のマット運動するつもりだったんでしょ!!!! うわあああああああああん!!!!! お母さーん!!!!!!!!」
茂木鈴はそうして、バタバタと階段を降りて行ってしまった。
抵抗虚しく──というか抵抗する余地など与えられずに、茂木恋の行動は完璧に母の耳へと届いてしまうのであった。
「ああああ、終わった……俺の家庭内での立場……ご近所さんに知れ渡っちゃうんだろうな……母さん口軽いし。きっと、昨日挨拶に来た有栖川さんの家にも……どうしよ、絵美里ちゃんにも不審なお兄さんって思われちゃったら……」
おおよそ小学生のような体躯をしていた金髪ロリ──
しかし、今日の茂木恋の精神状態は普通ではないのだ。
泣いたと思ったら、次の瞬間では、もう笑い出していた。
「くっ、くっ、くっ…………そうだよ! 親の口は軽い。きっと、それは奈緒さんのところもだ。彼女の情報は、藤田書店のお父さんに聞けばいいんだ!」
冷静になった茂木恋の頭の回転は目を見張るものがある。
藤田奈緒が仕掛けた監視カメラを再び確認すると、それがSDカード式のものであることに気づいた。
つまり、この監視カメラの中身はまだ彼女の手に渡っていない。そして──
この完璧な状況把握に、彼の突出した恋愛偏差値を掛け合わせることで、完璧な
見えない眼鏡をクイッと持ち上げる動作をしながら茂木恋はキメ顔をした。
「これで全てが繋がった。藤田奈緒……完全攻略だぜ!!」
恩を仇で返された田中太郎は遠くのどこかでくしゃみをするのだった。
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