第8話 『文化祭』強襲?

 ────午前10時 聖心高校


 聖心高校はよくある県立高校である。

 木々に囲まれた学校の土地。

 校門をくぐるとコンクリートで舗装された教員用来客用の駐車場と、生徒の駐輪場が広がっており、そのコンクリートの道を進んでいくと真っ白な三階建ての校舎へ続く。

 校舎の隣には体育館、そして裏側にはグランドが配置されているといった具合である。


 いつもであれば教師陣の車で大半が埋まっている駐車場であるが、本日はそれら全てグランドに駐車されていた。

 なぜなら今日は聖心高校の文化祭。

 1年に一度きりの生徒たちのお祭りの日なのである。

 一般公開時間を待たずして、既に駐車場では屋外での飲食クラスの嬉々とした声が響き渡っていた。


「10時となりましたので、これより一般公開を開始します。第73回、聖心高校の文化祭へようこそ! 地域の皆さん、今日は1日楽しんでいってください!」


 放送委員の掛け声とともに、今年の聖心高校の文化祭が幕を上げる。


 文化祭とは、高校側からすれば地域と高校を繋ぐ重要なイベントである。

 しかしながら、高校生の視点からすれば地域との繋がりなどあまり気にすることもない。気にするとすれば、男女の繋がりであろう。

 クラスや部活での出し物、そしてその準備など、普段勉強ばかりの学校生活では体験できない共同作業を彼ら彼女らは強いられる。

 そして、協力して作業をしていくうちにコイニハッテンシテ……そんなドラマが起こる色恋のイベント、それが文化祭である。


 しかし、恋愛マスター茂木恋にとって文化祭とはそんなハートフルなイベントではない。

 彼女(候補)はすでに作った。というか作りすぎてしまった。

 そしてなんと数奇なことに彼の彼女候補たちは皆、爆弾を抱えていたのである。

 彼の今年の文化祭は──今まさにデスゲームと形容する何かになろうとしていた!



 *


 ────文化祭開始直後 茂木恋のクラス


 茂木恋のクラスでは、型抜きや射的などの縁日の出し物を催すことになっていた。

 教室前後の扉は外されて風通しが良くなっており、まだ春だというのに提灯をぶら下げ、かき氷の垂れ幕をかけるなど、おおよそ季節外れではあるが催し物にイメージを確実に掴める外装目印である。

 ちなみに、飲食班でなないためかき氷の提供は不可能となっている。

 詐欺に近いが、そもそも夏祭りの屋台というものはそういうものである。

 ご丁寧に『かき氷を食べたい方は、3年◯組まで』などという貼り紙をしている分、茂木恋のクラスの方がまだマシだと言えるかもしれない。


 文化祭の出し物は、基本的に3年生のものがクオリティが高く人気が出るというものであるが、茂木恋のクラスは1年生の中ではかなりの盛り上がりを見せていた。

 その理由は、前述の派手な外装というのももちろんあるのであるが……彼らの衣装が最大の要因であることは一目瞭然であった。


「らっしゃい、らっしゃい! 今日は暑い! 暑いよな! そうだよな! だったらうちに寄るしかない! 文化祭で1番夏に近い縁日のクラスはここだぜー! ほらほら、そこのお姉さんも、嬢さんも、お婆さんも寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 興味がなくても俺たちの筋肉だけでも見てらっしゃい!」


 茂木恋の友人キャラ兼、野球部のお調子者──田中太郎が掛け声とともに力こぶを作る。

 彼に続いて、クラスの筋肉自慢の男子たちが各々筋肉を強調するポーズ──ボディビルでいうところのポージングをする。


『上裸』と『鉢巻』という季節外れ……それどころか学外であれば即通報な姿で、ある。


 ここまで大胆なプロモーションをされて彼らのクラスを目に止めない人がいるとしたら、よほどな肝が座っているというもの。

 男クラだからこそ反対意見が一切出なかった彼らの大胆な宣伝方法が実を結び、茂木恋のクラスは大盛況であった。


 廊下で筋肉体操を繰り広げる彼らとは別に茂木恋は教室の中で店番をしていた。

 彼は外の筋肉たちとは異なり、上下体操服で、上着として法被を羽織っていた。


「田中やってんなぁ。後で生活指導の先生にお叱り受けそうだけど、今日1日くらい許してもらいたいものだぜ」


 茂木恋はそんなことをボヤきながら、近所の小学生(推定)が型抜きをするのを眺めていた。


 ピロロン♪

 スマホに通知が入った。


『茂木くん。そろそろ聖心高校に着くんだけど、茂木くんのクラスってどこ?』


 水上かえでである。

 彼女は普段の性格どおり、淡白なメールを送ってくるのが特徴である。


 文化祭という一大イベントを茂木恋の彼女候補たちが見逃すはずがない。

 そしてそんなこと……当然茂木恋は把握していた!


 今の彼は完全なる恋愛強者。

 文化祭という狭い学内にいながらも、少女3人とデートをする作戦を立てることなど、造作もなかったのだ!


「よしよし、計画通りだ。『1年◯組だよ。俺のシフト午前中だから、それまでに来て欲しいな』……返信よしっと。そろそろ、奈緒さんからも連絡がくる頃かな」


 水上かえでからのメールを返信し、茂木恋は再び小学生の型抜きを見守る仕事を再開した。


 茂木恋の作戦は今の3人の彼女候補を作った時の作戦をなぞるように組み立てられている。

 要するに、複数の場所を使い女の子と接触していくという作戦であった。


「これで水上さんとは教室で会える。途中隙を見計って、清掃委員会の仕事に向かうぞ。そこで奈緒さんと会って再びクラスに戻る……完璧だ。この作戦なら、水上さんと奈緒さんを鉢合わせせずに済む」

「茂木何ブツブツ言ってんだ?」

「独り言だ」


 田中太郎と違い、本当にモブであるため名前すらついていない男子生徒が茂木の不審な行動に気付くが、彼はそれを軽くいなす。

 モブとは物語の重要な話を聞いてしまっても、主人公が勘違いだといえば勘違いだと思ってくれるのだ。


 ピロロン♪

 茂木恋の予想通り、スマホに通知がくる。

 相手はもちろん、『弟くんのことならなんでも知ってるお姉ちゃん』である。


「よし、奈緒さんからだ。そろそろ家を出たよとかそんな連絡だろう…………おいおいちょっと待ってくれよ! どうして俺がクラスにいることを……!」

『弟くんおはよう♪ そろそろ1年◯組に到着するよ♪ 弟くんの法被姿、楽しみだゾ♪』


 何故、茂木恋の行動が筒抜けだったのか、それは非常に単純な答えである。

 藤田奈緒は茂木恋の彼女候補であり、お姉ちゃんであり──ストーカーだからである。

 茂木恋は自分のことに関する危機感が他人より欠如している節がある。

 部屋に監視カメラを設置するような藤田奈緒を欺こうなど笑止千万であろう。


 ドバァと、茂木恋の額から汗が吹き出る。

 今日のために、3人の彼女候補たちに様々な根回しをしてきた。

 それら全てが、残酷非道なグラドルお姉ちゃんに破壊されたのだ。


 茂木恋は急いで計画を練りなおそうと試みた。

 しかし焦りからか彼の頭はうまく回らない。


 ピロロン♪

 そうこうしているうちに、2件目の通知である。


『来ちゃった♪』


 ただそれだけのメッセージ。

 しかし、ただそれだけだからこそ、彼を恐怖のどん底に突き落とすには十分であった。


「弟くんおはよ! お姉ちゃん、待ちきれなくて来ちゃったゾ♪」

「うわあああああああああ!!!!!?!?!?」


 茂木恋がスマホから顔を上げると、目前には藤色髪のお姉ちゃん──藤田奈緒がニッコリと笑みを浮かべていた。

 そして、藤田奈緒は間髪入れず彼を抱きしめた。

 彼女のおよそ高校生とは思えないほどに成熟した双丘に顔面をサンドさせられ酸素の供給を絶たれた。

 累計3度目のパイサンドである。詳しくカウントしていないが多分3度目くらいであろう。

 確認は各自任せるとする。


 茂木恋は彼女の背中をポンポンと叩く──レスリングでいうところのタップアウトをするが、冷徹無比なお姉ちゃんはそれを『抱擁の初期段階』と解釈しさらに強く締め付けた。

 スマブラが上手な藤田奈緒は、行動の出始めを読む力が備わっているのだ。


 なんやかんやあって、一命を取り留めた茂木恋は涙目になりながら藤田奈緒を見上げる。


「お姉ちゃん、俺は清掃委員会に出るって言ってたのに、どうしてクラスにも出てることを知って……」

「弟くんのことならなんでも知ってるからだよ♪ ねえ、弟くんは外にいる男子みたいに裸おどりはしないの? お姉ちゃん弟くんの裸見たいな♪」


 グイグイと迫る藤田奈緒にたじろぐ茂木恋。

 実際のところ、彼が怯んでいるのはエセお姉ちゃんだけが原因ではなかった。


 男子クラスとは常に女子に飢えている。

 今、大半のクラスメイトが猿とハイエナで構成された茂木恋のクラスに、随分と豊かに育った美味しそうな女子が放り込まれたのである。

 整った顔立ちに、豊かな胸部、すらっと伸びた細い足。

 これらを全て兼ね備えたグラドル並みの美少女に劣情を抱かなかったのは、彼女の本性を知る茂木恋くらいであろう。

 結果として「茂木、男クラの癖にあんな可愛い娘と知り合いかよ」「俺にも紹介しろよ」などというあまりに理不尽な圧を彼はクラスメイトから注がれる結果となる。


 藤田奈緒とクラスメイトのダブルスタンだったりFleeだったりを受けて、彼はジリジリと後退りをした。

 しかし茂木恋はそんな中、逆転の手を練っていた。

 窮地に陥った彼の頭はよく切れるのである。

 精一杯オロオロしてみせながら、茂木恋は藤田奈緒の肩を掴んだ。


「お、お、お、お姉ちゃん!? 裸踊りは俺の担当じゃないからさっ、お姉ちゃん! ほらっ、お姉ちゃん! 型抜きやってかない!? みんな楽しいっていってるよ、お姉ちゃん!?」

「えー! 弟くんがそこまでいうなら、お姉ちゃんやっていっちゃおうかな♪」


 そんな2人のやりとりを見せつけられたクラスメイトたちは途端に怒りを収める。


「ちっ、なんだよ。茂木のお姉ちゃんかよ。嫉妬して損したわ」

「ちっ、後で紹介してもらお」


 この態度の変わり様である。

 姉弟であれば恋愛関係ではないという絶対的な安心を覚える人間がほとんどである。

 キョウダイでの恋愛などアニメや漫画の中だけの幻想なのだ。

 そんなことに敏感に反応する人がいるとすればそれは創作物に触れすぎているか、歴史マニアかであろう。近親婚が多すぎる。


 かくして、クラスでの立場を守った茂木恋は、狂った予定を整合させるべくスマホに指を走らせた。


『水上さん、パシリみたいになって悪いんだけど、お昼ご飯にチュロスを買って来てもらってもいいかな? 3年◯組が販売してるんだけど、毎年チュロスは人気で午前中で売り切れちゃうんだってさ』


 藤田奈緒の監視から逃れつつ、茂木恋はスマホで早打ち。

 スマホ世代の茂木恋にとってスマホのブラインドタッチはお手の物であった。


 ピロロン♪


『そうなんだ。全然いいよ。逆に教えてくれてありがとう。それじゃあ、買ったらそっち向かうね』


 またも素っ気ない文面が返ってくる。

 しかし、茂木恋にとってそれが非常にありがたかった。

 現在自分のクラスで型抜きに勤しむオネエチャンモドキに比べれば、行動が読みやすいからである。

 いうならば、水上かえではシンボルエンカウントであり、藤田奈緒はランダムエンカウントということである。

 わかりにくくいうならば、水上かえでは6世代までのポケモンであり、藤田奈緒は7世代のポケモンである。

 何故わかりにくく表現したのかは不明である。


 そんな無駄口を地の文で叩いていると、これは書き手がAIではないことを主張しているのであるが、藤田奈緒の型抜きが終わった。

 完成した型抜きを持つ彼女は、小学生たちから羨望の眼差しを向けられていた。


「見て見て、弟くん! お姉ちゃんもうできちゃった♪」

「えっ、早いですね……しかもウチの店で1番難しいチューリップ!?」

「えっへん! お姉ちゃんこう見えて手先は器用なんだよ! 裁縫だって得意だゾ♪ 制服のボタン取れたらお姉ちゃん付けに行くね?」

「そんな悪いですよ。ボタン縫ってもらうためだけにお姉ちゃんを呼ぶなんて」

「ううん、連絡なんていらないよ! だってお姉ちゃんは弟くんのボタンが取れたらすぐに気づいちゃうもん。だって弟くんのことはお姉ちゃんなんでも知ってるから♪」

「そ、そうですね……」


 若干引き気味にそう返す茂木恋。

 監視カメラの件もあり、藤田奈緒への信頼が下降中であった。


「ところで、型抜きできたら何かご褒美があるんだよね? 弟くんはお姉ちゃんに何をしてくれるのかな?」

「そうでした。チューリップは難しい形なので、こっち箱から一つ好きなお菓子を取ってください」


 そういって茂木恋はポテトチップスなど──およそ100円程度で買えるお菓子が詰まった箱を指差す。

 ちなみに難易度は3段階あり、1番簡単な難易度のものは10円菓子、その次に簡単なものは50円菓子がもらえるといった仕様である。参加費は50円。


「えー、弟くんが何かご褒美くれると思ったからお姉ちゃん頑張ったのに〜! そうだよ、弟くんも裸踊りしよ?」

「どんだけ裸踊りして欲しいんですか!?」

「将来の夢に食い込むくらいして欲しいゾ♪」

「そんな将来の夢嫌だ!」


 茂木恋が頑なに拒否を続けていると、藤田奈緒は頬をぷくーっと膨らませた。

 激おこプンプンお姉ちゃんである。


「弟くんがしてくれないならこっちにも考えがあるよ! お姉ちゃんこのままお店の景品全部取っちゃうんだから! 景品が無くなったら、弟くんを景品にしてもらう……うん! 完璧な作戦だね♪」

「ちょっとちょっと、屋台荒らしはやめてくださいよ!」


 茂木恋は額に汗を流しそう注意をするが、内心彼は決して荒らし行為に対して焦っているわけではなかった。

 彼が焦っている理由……それは時間であった。


 茂木恋はお姉ちゃんの襲来というハプニングによって、水上かえでのスケジュールを若干遅らせたわけであるが、それでも遅らせただけなのである。

 午前中に間違いなく水上かえでは彼の教室を訪れる。

 藤田奈緒がここに居座ってしまえば、2人の彼女候補たちが鉢合わせしてしまうのである!


『ストーカー少女』と『自傷癖少女』が交わるとき、物語が始まってしまうであろう。

 いや、もうすでに始まっているのだが、むしろ茂木恋の命が終わってしまうのだが──とにかく、どうにか早く藤田奈緒を満足させなければと茂木恋は時計と睨めっこしていた。


 ピロロン♪

 そしてついに、処刑宣告の通知がなる。


『チュロス買えたよ。確かにすごい人気だね。今からそっち向かうね』


 メールの内容を一読し、茂木恋は覚悟を決めた。

 ここで決めなければ男ではない。

 男の大事なものを捨ててでも、彼は男を突き通さねばならないのである。


「お姉ちゃんそんなに俺の裸が見たいんですか?」

「うん♪ お姉ちゃんはー、弟くんが大好きだから、弟くんの全部が見たいんだゾ♪」

「わかりました。だったら……」


 茂木恋はそうして、藤田奈緒の手をグイッと引く。

 弟くんの行為ならば全てを受け止めてしまう藤田奈緒は、そのまま彼の思うままに身体を寄せた。


「今度一緒にお風呂……入りましょう」

「えっ……えええええ!? どうしたの、どうしたの、どうしたの弟くん! 急にどうしちゃったの〜!」

「前にお姉ちゃん言ってたじゃないですか。一緒にお風呂に入りたいって」

「うん、うん! お姉ちゃんそう言ったよ! でも本気にしてくれないって思ってたから……」

「俺だって思春期の男子なんですからね。誰にだって裸を見せていいわけじゃないんです」

「弟くんそれって……」


 すでに藤田奈緒の目にはハートマークが浮かび、完全に彼のイケメンロールプレイに落ちてしまっていた。

 そしてトドメといわんばかりに、ここ1番のイケボで彼は言う。


「お姉ちゃんになら、裸を見られてもいいって言ってるんですよ」

「レ……レンくん〜〜〜〜!!!!」


 感極まった藤色髪ロンググラドル体型お姉ちゃん──藤田奈緒は彼を抱きしめた。

 本日2度目の抱擁だったが、周りからは姉と弟という完璧な言い訳を手に入れていたため、彼を非難する者は誰もいなかった。


 しばらく茂木恋を深く深い峡谷……もとい挟谷に埋めたあと、満足して当社比120%の瑞々しい顔で藤田奈緒は茂木恋の頬にキスをした。

 突然のことであったため、彼も呆気にとられてしまう。


「それじゃあ弟くん、約束楽しみにしてるからね! お姉ちゃん、午後からお店だから今日はここまで。文化祭、いっぱい楽しむんだゾ♪」


 手を振り教室を後にする藤田奈緒。

 こうして、茂木恋は世話焼きで無視できないお姉ちゃんの強襲からなんとか身を守ることに成功した。

 トラブルにトラブルが重なり、自身の貞操を生贄に捧げたが、それは破滅エンド──女の子を全員不幸にさせるエンドよりは彼にとってはマシなのであった。

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