第6話 『隣人』転居?
────昼休み 茂木恋の教室
茂木恋のクラスは男子クラスである。
聖心高校は、男子高校というわけではないが、設立当初は男子校であった。
そのため、伝統的に受験者の層が男子に偏っている。
したがって、入学者は男子の方が多くなることは必然であり、茂木恋のクラスような揚げ物のにおいがする不幸なクラスが1クラスだけできてしまう。
男子高校生は揚げ物が大好きなのである。
早弁して半分食べた弁当を食べ終え、2つ目の弁当に手を出そうとした田中太郎は、蓋を開けると思い出したかのように喋りだす。
「なあ、恋。結局それからどうなったんだよ」
「それからって、何がだ?」
「例の2人からの告白の話だよ! どっちかと付き合ったのかって話! 告白保留したけどデートはしたって言ってただろ?」
「それなんだけどさ……」
話題の核心部に触れたところで、茂木恋の表情はかげりをみせた。
今日も今日とてあんパンを齧りながら、茂木恋は友人──田中太郎の質問に答えるのだった。
「白雪さんも、水上さんもかなりヤバい人達だったんだよ。おまけに、バイト先の奈緒さんも」
「ヤバいって……具体的には何がヤバいんだよ。少なくとも白雪は中学から知ってるけどそんなヤバいやつじゃなかったぜ?」
「だったらお前はあいつの真の姿を知らないぜ? 今でも覚えてる……俺の手を使って彼女は自分の首を絞めたんだ」
「首絞め◯ックスか!?」
「首絞め◯ックスじゃない!」
「じゃあ首絞めハム◯郎か!?」
「それも違う! どうして輝◯月のニッチな愛称をお前が知ってるんだよ!」
「いや、俺はマ◯ン船長意識してた。そっちが元ネタなんだな。俺は軽率に肌を露出する女Vが好きだ!」
「これなんの話だよ……」
茂木恋はいつも以上に脈絡のない会話に肩を落とす。
しかしながら、田中太郎のこのような馬鹿話ができるところを彼は気に入っていた。
野球部でありながらサブなカルチャーに強いのも、彼の魅力である。
女のあるところ、常に田中太郎がいるのだ。
「まさか、白雪がそんな奴だったなんてな。それで、水上さんって人はどうヤバいん?」
「どうやら彼女は自傷癖があるらしい。左手首がエグいことになってた」
「あー、なるほど。メンヘラって奴だな! マイ◯ロとか好きだろ、その水上さんって」
「サン◯オへの熱い風評被害はやめろ! 聞いたことないけど多分好きだと思う。デートの時もあんな感じのメルヘンな服が好きだって言ってたし」
「最後はバイト先の先輩って言ってたよな」
「おう。奈緒さんはおそらくストーカーってタイプなんだと思う」
「す、ストーカー? 後とかつけられてんのか?」
田中太郎の問いかけに、彼は首を傾げる。
ミルクティーをストローでズズイと飲んで続けた。
「それは分からない。ただ、話してもないのに俺の妹のこととか知ってたし、なんならお前のことも知ってた」
「はあ? 俺のことも!?」
「どうやら中学でお前と同じだったらしいぞ。助平で有名だとか言ってた」
「なるほどな。俺中学の時、宿泊学習でやらかしてっからな。何をしたか知りたいか?」
「女子風呂のぞきだろ」
「エスパーか? エスパー茂木なのか!?」
「この程度、猿でも分かるわ!!!!」
実のところ、藤田奈緒に「女子風呂のぞき一緒にしようと言われてもついていかないように」と忠告を受けていた茂木恋にとって、友人の愚行を想像することは容易かった。
「それで、結局恋は全員振るのか? 俺からしてみれば勿体ない話だと思うけどさ、付き合うのは結構な覚悟が必要なタイプだろ?」
「……いや、むしろ振るのは危険だと思ってる」
「どうしてだ?」
「まだちょっとしか彼女たちと触れ合ってないけどさ、多分ちょっとした精神の乱れで彼女たちは壊れちゃうと思うんだよ。例えば、水上さん。自傷癖のある彼女なら、振られた途端に自殺とかされかねない。というか実際問題、目の前でリスカされかけた」
「それは……エグいな」
女子の腕から血が吹き出るところを想像し、田中太郎は顔を青くした。
リスカなんてするもんじゃない。
これが普通の感覚である。
「白雪さんはこう……本当に壊れてしまいそうな脆さを感じる。振ったりなんかしたら、不登校になりそうだ」
「…………それは同意する」
「奈緒さんだって、振ったりなんかしたら俺の個人情報がネットに流出しかねない。彼女は俺にまつわる情報なら大体知ってる。やらしい本の隠し場所もバレてた」
「うっわ、なんだそれ」
「すまんな、お前に貰った例のブツ、没収されちまったよ」
「はあ!? お前人がせっかくあげたお宝を……」
「仕方ないだろ! 相手が悪い! なんなら家に上げた俺の母さんが悪い!」
「つーか、そこまで行くと盗撮とかされてそうだな。1人でするときは部屋を暗くして静かにやれよ」
「アニメの注意書きかよ」
軽くツッコミを入れている場合じゃないぞ茂木恋。
本当にそうであれば、性欲盛んな男子高校生にとって死活問題である。
「じゃあどうすんだよ。振らないってことは、全員と付き合うつもりか?」
「そんなことしたらきっと……いや、間違いなく最悪な結末になるのは目に見えてる。全員と付き合って、バレないわけがないんだよ。さっき言った通り、すでに俺はストーカー持ちだ」
「そうだったな」
カッコよく決めているが、警察に通報した方がいいであろう。
しかし、茂木恋はそんなことはしない。
これは彼の恋愛であるからだ。
そして、彼の恋愛偏差値を持ってすればストーカーの1人や2人、なんら問題ないのだ。
茂木恋は拳をギュッと握り決意を表す。
「俺を好きになってくれた子たちはみんな根はいい子たちなんだ。心に『病み』を抱えてしまった理由はきっとある。だから俺は……その理由を探して、彼女たち『病み』から救い出す! 正常な判断ができるようになれば、3股するようなクズ男こっちから願い下げだってなるはずだ」
「恋……」
「それでもまだ俺のことを好きでいてくれる子がいれば、その子と付き合うよ。もし、全員ダメだったら、そのときは俺も覚悟を決めて運命を受け入れる」
茂木恋はあんパンを食べ切ると、席を立つ。
その後ろ姿に、田中太郎は疑問を投げかけた。
「恋! 運命ってなんだよ。お前そんなメルヘンな奴だったか?」
「違う。これはメルヘンとは程遠い話だよ。もっとサディスティックでバイオレンスな……生死を懸けた戦いの話さ」
こうして茂木恋が運命に争う物語の第一幕、いや第二幕くらいが幕を開けた。
そこら辺は曖昧だが、まあとにかく幕を開けたのである。
*
────放課後 図書室前廊下
本日は週に一度の清掃委員の活動の日であった。
放課後、彼ら彼女ら清掃委員は学内の様々な場所を清掃、また点検することになっているのだが、それらはローテーションで行われる。
茂木恋と白雪有紗の本日の持ち場は、図書館前の廊下であった。
ロッカーに入った箒やちりとりなどの清掃用具の数をチェックした後、数量が間違いないことが確認できたので清掃に入った。
「茂木くん、この間はありがとう……」
「ううん。白雪さんこそ、ちゃんとつけてくれたんだね。よく似合ってるよ」
「……うん。茂木くんがくれたものだから」
箒をはきながら、白雪有紗の髪が揺れる。
その長いホワイトヘアーの触角に青いリボンが巻きついていた。
想定外の使用方法をされてしまったが、これはこれでアリだと茂木恋は満足げな表情を浮かべていた。
「てっきりポニーテールとかにするのかなって思ってたから、少し意外だけど白雪さんは元がいいから何やっても可愛いね」
「そ……そんな……可愛いだなんて…………」
「そうだ、今度ポニーテールも見せてよ」
「それは…………」
茂木恋の提案に、彼女は静かにうつむいた。
否定の意である。
「あまり、肌は出したくないから……」
「そうなんだ。白雪さん肌白いもんね。確かに、こんな綺麗な肌にシミなんか作らせちゃったら、俺としても申し訳なくなっちゃうかもしれないや。ごめんね白雪さん」
「えっ……そういうわけじゃ…………でも、気遣ってくれてありがとう…………好き」
「ありがと。いつもみたいに抱きつかなくて大丈夫?」
「あれは……茂木くんと2人っきりのときだけ……だから。他の人には見られたくない」
彼女の雪のように真っ白な肌が赤く火照る。
あれほど大胆なアプローチをする白雪有紗であるが、そこら辺の社会的常識は弁えていた。
どこぞの藤色髪のお姉ちゃんとは違うのである。
忘れがちであるが、ここは図書室前の廊下である。
そして、この学校は紛いなりにも進学校であるため放課後自習をするような意識の高い連中がいる。
図書室はそんな彼らにとって絶好の自習室となっているため、他の人は間違いなくいた。
そして、茂木恋の恋愛偏差値はカンストクラスの最高値。
このような、キザなセリフを言えるタイミングを逃すはずがなかった。
茂木恋は彼女の耳へと顔を寄せ、甘く、それはもうトロけるチョコレートのような甘い声で囁いた。
「じゃあ、2人だけの秘密だね」
「ひゃっ……う、うん……」
突然のアプローチに白雪有紗は飛び跳ねる。
白い髪がフワッと宙を舞い、切りそろえられた前髪から彼女の瞳がのぞいた。
それからというもの、彼らの間で会話はなくなった。
からかいすぎたと茂木恋は少々後悔をしていたが、白雪有紗は彼のそのキザな態度は満更でもないようで、当社比3割増しで彼女の足取りは軽かった。
白雪有紗の足取りに合わせてぴょこぴょこと跳ねる長髪は、まるでウサギの耳のようである。
掃除が終わり、掃除用具を片付け終わったところで、白雪有紗は茂木恋の制服の裾を掴んだ。
「茂木くんになら、ポニーテール……見せてもいいよ」
「本当に?」
「……うん。こっち来て」
白雪有紗は掃除用具入れのロッカーの影に体をすっぽりと埋める。
それは体の小さな彼女だからこそ使える身を隠す裏技で、そして茂木恋の心をときめかせる裏技でもあった。
まるで壁ドンでもしているかのような、彼女を追い詰める感覚に茂木恋は思わず生唾を飲んだ。
「どう……でしょうか、恋様」
赤い瞳を揺らめかせながら、白雪有紗(病み版)は両手で髪を絞り、テールを作った。
真っ白な髪の毛を括ることで露わになる白雪有紗の真っ白な首筋に、茂木恋の視線は吸い寄せられた。
「触れていただけませんか?」
「触れるって……首に?」
「はい。両手で、絞めるように……私を包み込んでくださいませ」
彼女の誘いに、茂木恋は一瞬躊躇する。
白雪有紗に告白されたその日、茂木恋は彼女の首を絞めることを余儀なくされた。
しかし、今回は強制的ではなく、自発的にそれをしろと言われているのだ。
あの時の感触は、彼の手にまだ残っている。
再び彼女の柔らかく、そして生暖かいその首筋を締め上げることを想像し、彼はその行為に恐れを感じてしまっていた。
しかし、今にも泣き出しそうな瞳を見てしまっては、茂木恋に拒否の選択肢はなかった。
彼はゆっくりと、優しく、白雪有紗の首筋に指を這わせた。
「んっ……あっ……恋様…………恋様の手が……私を浄化していくのを感じます…………嗚呼……愛しています……好き……好き……」
うっとりとした顔を浮かべる白雪有紗。
茂木恋は、彼女に触れる手を震わせながらも、精一杯微笑み返して見せたのだった。
十数秒ほどそうした後、白雪有紗は髪をまとめていた手を一度解く。
髪型はいつも通りの背中まで伸びるロングへと戻った。
白雪有紗はお辞儀をすると、カバンを持ちその場を立ち去ろうとする。
茂木恋は彼女の背中に向けて問いかけた。
「白雪さん! どうして、俺に触れてもらいたいの?」
「……それは教えられない。例え、茂木くんでも。私は今……救われてるから」
綺麗になった図書室前では、茶髪少年だけが1人残された。
*
────放課後 茂木恋の部屋
家に帰るなり、彼は部屋に篭って今日の出来事を考えていた。
ベットがあるにもかかわらず、フローリングの床の上で横になり、ぼんやりと天井を眺めていた。
「白雪さんの今日の反応。あれは一体どういうことなんだろう。触れて欲しいけど、その理由は教えられないのか。そうなると……」
茂木恋はそうして曖昧な結論を出す。
「たぶん、理由を知られると嫌われる類の何かなんだろう。でも、直接危害を加えられてるわけじゃないのに知るだけで嫌われるようなものとかあるのか? あるとしたらそうだな……過去に犯罪を犯したとかかもしれない。いじめをしていたとかその可能性もある」
そこまで考えて茂木恋はあることを思い出す。
それは、高校からの友人──田中太郎のことであった。
「そういえば、あいつ白雪さんと中学同じって言ってたよな。ちょっと過去に何があったか、聞いてみるか」
茂木恋がスマホを取り出し、彼へと連絡を入れようとしたそのときだった。
コンコン、と部屋の扉が鳴らされる。
ノックの主は、茂木恋の妹──茂木鈴であった。
茂木鈴は家では基本的に下着に薄いシャツだけという、いわゆる裸族に近い部族の人間であるが、今日はきちんと下にスカートを履いてた。
上にはお気に入りのブルドックの絵が印刷された絶妙にダサいシャツを着ている。
「お兄ちゃん、ちょっと下に降りてきてー」
「ん? 何かようか?」
「うん。お兄ちゃんに、というか家族みんなにかな? 向かいに引っ越してきた人が挨拶に来たんだって」
「了解。今行く」
茂木恋は帰ってからそのままの姿……つまりは制服姿なので、特に着替えなどをすることなく玄関へと向かった。
「それにしても、この時期に引っ越しか。珍しいな」
「うん。会社の事情とかあるんじゃない? 中学生だったら、地区的に絶対私と同じ学校だよね」
「だから今日は服着てるのか?」
「下着姿なんて見せられないからね。お兄ちゃんは知らない人に私の下着姿見られても平気なの?」
「なんだよその意味深な発言は。いやだよ。身内の醜態は外には出したくない」
「うっわ、お兄ちゃん最低。私の身体が醜いだなんて」
「そんなこと言ってないだろ。下着姿で外を歩いたら、例え美少女だって醜態だ」
「まあ、私は美少女だからなー。お兄ちゃんがそこまでいうならさっきのは聞かなかったことにしてあげる」
「ああ、鈴は可愛いよ」
「えっ!? お兄ちゃんいきなりどうしたの?」
「あっ」
何気ない妹との会話だと言うのに、ついいつもの調子が出てしまう茂木恋。
彼女を作ろうと意気込み、かれこれ1ヶ月以上は今のようなスカした態度を取り続けている。
そのため、つい恋愛対象……否、攻略対象でなくとも稀に歯の浮くようなセリフが出てきてしまうのだった。
しかし、当の妹はといえば、兄の言葉を真に受けているのか、好意的に受け止めているのか、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「ごめんな。いきなり変なこと言って」
「ううん。いいよ。それより早く行こ、お兄ちゃん」
茂木鈴の後を追うようにして、玄関へと到着した。
扉はすでに開けっぱなしになっており、軒には茂木恋の母が何やら話し込んでいるようであった。
母は子どもたちに気付くと、少々大げさ目に手招きをする。
機敏で大胆な動きで、若さをアピールしているのだ。
これは電話に出る際に声が高くなるようなものであり、また茂木鈴がよそ向けにスカートを履くようなものである。
若干別の性質の二つを並列して提示してしまったが、結局のところ外面を良くしようという至極当然の対応をしているということであった。
「鈴、恋、ほらご挨拶なさい」
普段に比べ半オクターブ上がった声でそう促す。
茂木恋たちは靴を履き軒先まで出る。
「こんにちは、茂木鈴です」
「兄の茂木恋です。よろしくお願いします」
流石兄妹といったところで、息のあったお辞儀で客を出迎えた。
輝く金色の髪を持ち、ふわふわとしたそれはまるで綿飴のように細く繊細。
瞳は透き通るように青く、艶やかであった。
背丈は低く、また胸もなく、外見年齢で言えば12歳かそこらであろう。
ピンク色のロリータドレスも相まって、まるでお人形のような印象を受けるロリ美少女がそこにはいた。
あまりに現実離れした美少女を前に、茂木恋は思わず息を呑む。
圧倒的な可愛さというものは、時に人を強張らせるのだ。
金髪のロリ美少女は、スカートの裾をちょこんと掴み持ち上げる。
カーシテー──所謂お嬢様お辞儀で彼らに……いや、彼に挨拶を送った。
「はじめまして。本日より、向かいに引っ越して参りました有栖川絵美里ですわ」
少女はその蒼眼で、茂木恋を真っ直ぐに見つめた。
「末長く、よろしくお願い申し上げますわ……レン」
彼女候補たちを『病み』から解放しようと決意した茂木恋。
そんな彼の目の前に新たな彼女候補が現れたのだが、彼はまだそのことに気付いていない。
そして、彼を好きになる女の子の性質は、これは彼自身が経験上良く分かっているというものである。
人形のように愛くるしい金髪美少女──有栖川絵美里は外行きの笑みを向ける茂木恋に対して微笑み返すのであった。
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