第2話 『デート』約束?
────金曜日 茂木恋の自室
今週の学校が終わり、彼はうつ伏せになりながらスマホを弄っていた。
より正確にいうならば、中3の頃から熱心に遊んでいたスマホRPGグラブルをプレイしていた。
戦闘ボタンを押し、リロードボタンを押す。
そしてまた、戦闘ボタンを押し、リロードボタンを押す、というのを延々と繰り返していると彼のスマホに通知のバナーが出る。
彼はバナーをタッチし、ツイッターを開いた。
『それで、結果はどうだった?』
『あ、みりんさん。すごい効果でしたよ、例の記事。一気に2人、いや3人から告白されました』
『そんなに効果あったの? 少しググって適当に出てきた記事を送っただけなんだけど』
『そうだったんですか!? みりんさんもあの記事通りやればすぐに彼女できますよ!』
『そんなこと既婚者にいうんじゃあない』
茂木恋は彼の返信を見てクスクスと笑った。
『みりん』というのは茂木恋のゲーム友達である。
歳は32で子持ちの既婚者。
茂木恋とはSNSのツイッターで3年ほど前から相互フォロワーとしての付き合いである。
年は離れているが趣味は近いらしく、何かとアニメの感想をタイムラインに流しては盛り上がっていた。
ちなみに、彼が受験期にグラブルを始めたのはこの『みりん』という男の勧めからである。圧倒的鬼畜。
彼曰く、グラブルは心を落ち着かせるゲームらしい。無心になるという点では正しいのかもしれない。
少し間を開けて、茂木恋のスマホにツイッターの通知が鳴った。
『それで、相手はどんな子だったの?』
『名前は言えませんけど……』
そうして茂木恋は先日告白された、白雪有紗、水上かえで、藤田奈緒について返信した。
『全員可愛い子だなんて、さてはレン、イケメンだな? 俺に顔面偏差値分けてくれ』
『全然イケメンじゃないですってば。きっと例の記事がすごいんですよ。あっ、そういえば高校で茶髪にしました』
『高校デビューじゃん。俺も金髪にしたらモテるかな』
『浮気はやめてくださいね……』
『草』
彼とのやりとりが一段落ついたところで、茂木恋は再びグラブルを開く。
現在グラブルでは月に一度のギルド対抗戦が行われていた。
彼の所属しているギルド『みりんとその他1人』は、茂木恋とみりんの2人だけのギルドである。
実態は上位プレイヤーである『みりん』のほぼソロギルドであるのだが、茂木恋は少しでも力になりたいと必死でイベントを回していた。
ピロロン♪
3匹目玉のモンスターを倒したところで、再びスマホに通知が入った。
今度はメールそしてその相手は……
「……水上さんだ」
『茂木くん、今週末って空いてる? ほらこの前、その……デートしようって言ってたよね? どこか行きたいなって』
「そういえばそんなこと咄嗟に言ったな……あのままリストカットされたらシャレにならなかったし……」
茂木恋は返信を迷っていた。
今週末、彼は確かに予定がない。
学校の課題も多く出されているわけではなく、絶好のデート日和であった。
しかし、水上かえでの奇行を目の当たりにしたのはつい先日のことなのである。
左手首のリスカ跡のインパクトが未だ消えない彼は昨日の今日でデートに行く気持ちにはなれなかった。
「だけど、これ断ったら……また傷を増やしてくるよな……うーむ、どうするべきか」
しかし、茂木恋は根は優しい少年なのである。
例え、恐ろしくとも自分の所為で女の子が自傷するのを見たくなかった。
「よし! 『それじゃあ、ショッピングにでも行こうよ。隣の駅近に大きいのショッピングモールができたみたいだよ』……送信っと。ショッピングなら、デートとして申し分ないはずだ!」
最良の手を打ったと自画自賛していると、返信はすぐに来た。
『やった! 丁度、新しいお洋服が欲しいって思ってたところなの。私の気持ち、よく分かったね』
「……ふう。どうやら満足してくれた見たいだ。水上さんの精神はこれで守られたぞ! それにしても…………俺もついにデートかぁ……」
しみじみと、茂木恋はそう呟いた。
彼は、これまでの人生で女子と出かけるということがほとんど無かった。
あるとすれば、幼稚園からの幼馴染くらいであるが、茂木恋は彼女のことを中学以来避けて生きている。
例え恋仲の相手でなくとも、女子とお出かけというイベントそれ自体が、茂木恋にとってそれはもうドキドキもドキドキだった。
ピロロン♪
自分の胸の鼓動が早まっていることを胸に手を当て確認していると、再びスマホが鳴った。
「今度は誰だ……って白雪さん!?」
『恋様。今週末、会えないでしょうか。ほんの少しでいいのです。私を抱きしめてくださいませ』
「白雪さんは相変わらずの病みっぷりだな……俺を神様みたいに思ってるのか? うーん、でも水上さんと約束したばかりだからな。『ごめん。今週末は予定が合って出かけることになってるんだ。また来週、清掃委員で会おうね』…………これでよし」
茂木恋はそう返信すると、グラブルの続きをしようとアプリを立ち上げたところで、すぐに彼女からの返信が返ってきてしまった。
『分かりました。私、恋様を煩わせるようなことは決していたしません』
「良かった……白雪さん、確かにメンタルやられてるけど、他人に迷惑をかけるようなタイプじゃないのかもしれない。あれ…………メールに続きがある」
白雪有紗のメールがまだ下に続いていることに気付いた彼は、画面を下へとスクロールする。
2スクロールしたところで彼の指が止まった。
『今週末は私も1人でお出かけをしようと思います。もし、出先で恋様に会うようなことがあれば、それはもう運命です。そのときは、私の奥の奥まで……触れてくださいませ』
週末に遊びに行く場所などいくらでもある。
しかし、あまりにもタイミングが良すぎたため、茂木恋にとってそれはもうドキドキもドキドキだった。
「え、大丈夫だよねこれ? 本当に大丈夫なんだよねこれ!? 白雪さん俺と水上さんのやりとり見てたりしないよねこれ!? デート中にばったりとかないよねこれ!?!?!」
ドキドキのあまり、茂木恋の声は震えていた。
ついでに手も震え、それはもうアル中患者のようであった。未成年だけど。
茂木恋は心を整えるべくグラブルを起動し、それとなく目玉のボスを殴り出す。
その姿はアル中というよりゲーム依存症。手の震えは止まっていた。やはりグラブルは心を落ち着かせるゲームなのだ。
ピロロン♪
心が整い始めたところで、彼のスマホにまたメールが入った。
『お姉ちゃんもグラブル始めてみたんだけど、難しくてわかんないよー! 弟くんのアドバイスが欲しいな♪』
「どうして俺がグラブルやってること知ってるんだよこのお姉ちゃんは一度も言ったことないのにさああああああ!!!!!」
最早恒例となりつつある彼の叫び声に、晩ご飯の支度をしていた母がキレるのであった。
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