彼女いない歴=年齢の俺が圧倒的恋愛偏差値で作った彼女候補は全員病んでいた件

長雪ぺちか

第1話 『モテ期』到来?

「……彼女が欲しい」


 聖心高校1年、茂木恋もてぎ れんはあんパンを一口齧り、窓際の主人公席から空を見上げてそう呟いた。


 茂木恋は昔から恋愛からは程遠い人間であった。

 黒髪に黒眼鏡という完璧な真面目クンの風貌をし、部活は卓球部。

 本人は「自分がモテないのは部活に打ち込んできたからだ」と言い張るが、その容姿に加え最も運動部の中でも例外的にモテない卓球部に所属しておいてよくその様な発言ができるなと鼻で笑われても仕方ないほどに「モテ」とは逆行した人生を送ってきた。


 しかし、彼がそれに気がついたかは定かではないが、彼は一念発起し高校では髪を茶髪で清潔感を保つギリギリのところまで髪は伸ばし、部活は帰宅部へ。

 見事に高校デビュー……垢抜けた自分を鏡で観てはニヤニヤする日々を送っていた。


「おいおい、俺という友達がいながら抜け駆けか〜?」

「田中、お前も彼女欲しくないのかよ」

「そ、そりゃあ欲しいに決まってんだろ! 高校生活を勉強だけで終わらせるなんて俺は絶対嫌だね」

「だよなぁ……」


 主人公の隣には大抵少し助平な友人キャラがいる。

 田中太郎はまさにそれだった。

 丸刈り野球部、定番である。


 田中は椅子に寄りかかり声のボリュームを下げた。


「なあ、恋。『モテ期』って知ってるか?」

「モテ期? ああ、あれだろ。人生で何度か訪れるって言われてるあれ」

「そうだ。俺たち、中学までモテなかったわけだろ? だったらさ、もしかして高校ではワンチャンあるんじゃね?」

「ワンチャンも何も、もし『モテ期』だったら一瞬で彼女ができるだろうな」

「お、おい。話はまだ……」


 茂木恋はそう言って席を立った。

 教室を出ると、途端に芳しい香水の香りが鼻を撫でる。

 男クラ・・・と、それ以外では匂いの質が全く異なっていた。


「待っているだけで彼女ができるわけがない。恋愛は……頭脳戦だ」


 世の中には真偽不明の情報で満ち溢れている。

 先の『モテ期』しかり、『黒髪の真面目クンはモテない』や『卓球部はモテない』も実際のところ真偽不明である。

 含みのある笑みを浮かべる茂木蓮のスマホには「必勝! 彼女を作るサクセスマインド!」という個人ブログが開かれていた。



 ***



 茂木恋は放課後、聖心から少し離れた地元のハンバーガーショップに寄った。

 直接的に表現するならばマックである。

 女子高生はマックに出没し、しばしば拍手喝采が起きるという情報をツイッターで仕入れた茂木恋は出会い目的でここに来ていた。

 彼のスマホには先ほどのページが開かれている。


「『恋愛とは確率です。出会いの場が多ければ多いほど、彼女を作りやすくなります』か。タメになるなこれは。まずは俺のいる環境から整理していこう」


 茂木恋は数学のノートを開くと、1番後ろのページに自分の境遇を記述する。

 字は綺麗な方であった。


「まずクラス。これはダメだ。そもそも男子クラスで恋愛は危なすぎる。そういうのは男子校でやってくれ」


 偏見である。


「次に委員会。幸い、清掃委員には女子が多い。週一活動だけどペアでの作業だからかなり可能性はありそうだ」


 茂木恋は『委員会』の文字に大きく丸をつける。


「次に、ここマック。マックには働いている女子高生もいるし、それに放課後にちょっとマックに寄るって人も少なくない。俺の第2の戦場としては相応しい」


 順調そうに見えた状況把握だったが、彼の手はすぐに止まった。


「待てよ……マックを出会いの場にするなら、毎回お金を払わないといけないわけだろ……? 毎回100円コーヒーで週に3日、いや4日通ったとして、1ヶ月で1600円。僅かなお昼代だけ与えられてる俺にはどう逆立ちしても払えない」


 茂木恋は中3の頃からスマホでできる本格RPGにハマっていた。

 直接的に表現するならばグラブルである。

 おおよそ2ヶ月に一回くる確定チケットのためにそもそもお昼代を削りに削っている彼にとって、1ヶ月1600円というのは特に響いた。

 何せ確定チケットはおおよそ3000円。

 2ヶ月のコーヒー代、ニアリーイコール確定チケットだ。

 ガチャ代とコーヒー代で彼の心は揺れていた。


 しばらく悩みに悩み、ノートに記した『コーヒー』と『サプチケ』という文字をツンツンと突いていると、彼は急に左手で顔を隠し、笑いを堪え始めた。

 側から見てば、不審極まりない光景だった。


「自分の恋愛偏差値の高さに溺れそうだぜ……! お金がないなら稼げばいい。バイトだ。そしてバイト先こそ……俺の第3の戦場となる!」


 茂木恋は最後に『バイト』と書き、大きく丸をつける。

 そして、第1、第2、第3の戦場を繋ぎ三角形を作る。


 これにて茂木恋の恋愛方程式ラブイクエイションは完成した。

 何を言っているのかわからないが、恋愛とはそういうものなのである。



 ***



 サクセスマインドに感化された茂木恋はアジェンダを迅速にDoした。

 そして、バジェット対策のバイトは圧倒的恋愛偏差値を持ってすればコミットメントされているも同じ。

 意識の高いビジネス用語はもうやめるが、結論からして茂木恋はバイトも見つかったし、週4でマックには通えてるし、サプチケも買えるしで、計画は順調だった。


 そして1ヶ月後たった頃、本命である女の子との出会いも。



 ────校舎裏 ウサギ小屋


 彼と清掃委員会の白雪有紗しらゆきありさはウサギ小屋の周りで草むしりをしていた。

 中腰になり疲れた白雪有紗は、その綺麗な白髪ロングを飛び跳ねさせながら立ち上がる。

 そして、不意に背中を触られ再び飛び上がった。


「白雪さんブレザーに泥ついてる」

「えっ、本当……?」

「もう取っちゃった。ほら」

「ありがとう……でもそんなことしたら茂木くんが汚くなっちゃう……」

「あはは、そんなの洗えばいいだろ?」

「でも穢れが……」

「何それ。俺は無宗教だからそんなの気にしないかな。よし! 掃除終わり! 行こう、白雪さん」

「は、はい……」


 決まった、と言わんばかりに茂木恋は彼女に見えない位置でガッツポーズをした。




 ────光琳高校前 マック


 家から最も近いマックに入ると、茂木恋はいつものようにSサイズコーヒーを注文し、店内端っこの席へと向かった。

 彼に気がついたセーラー服を着た紅葉色の少女がペンを持った手を振った。

 茂木恋は優しく笑いかける。


「水上さん今日も頑張ってるね」

「ううん、茂木くんこそ学校から結構距離あるのに」

「何言ってるの。俺たち同じ中学校でしょ。それに、水上さんに会えるからさ」

「えっ、私に?」

「……ごめん、ちょっと今の忘れて。水上さんがいっつも席取っててくれるから、来ないと勿体無いと思ってさ」

「そ、そう……そうだよね! えへへ……」


 決まった、と言わんばかりに茂木恋は彼女に見えない位置でガッツポーズをした。




 ────藤田書店 店内


 恋の住む街から少し離れた商店街にある藤田書店。

 店内で新刊の陳列をしていると、茂木恋は異変に気付きすぐに立ち上がる。

 デニムのエプロンをつけた藤田書店の看板娘である藤田奈緒が三脚の上でバランスを崩していたのだ。

 長い紫色の髪が揺れもはやこれまでかというところで、茂木恋が彼女の背中を支えた。


「も、茂木くん……! ありがとう!」

「いえ、これくらいどうってことないですよ、奈緒さん。それより気をつけてくださいね。奈緒さん背高いんですから、落ちたら大変ですよ」

「もー、背が高いとか女の子に言っちゃダメだゾ。でも、ありがとう。お姉ちゃん、助かっちゃった」

「背が高いのは素敵だと思いますけどね」

「そ、そうなの?」

「はい、モデルみたいで綺麗じゃないですか」

「なになになに〜茂木くん! 急にお姉ちゃんのこと褒めちゃって! 褒めてもバイト代は上がらないゾ!」


 決まった、と言わんばかりに茂木恋は彼女に見えない位置でガッツポーズをした。


 今まさに、茂木恋の恋愛偏差値は極まっていた!


 ***


 主人公席で1人空を眺める茂木恋は毎度の如くあんパンを頬張っていた。

 それを食べ終わると2つ目のあんパンへと手を伸ばす。

 バイトを始めたことにより食事に回すお金が増え、結果として彼のお昼は少し豪華になったのである。

 あんパンばかり食べているのは単に彼の趣味だ。

 キャラ付けとか、そういうことは全く意識していない。

 男クラでそんなことをしても意味がない。


 隣の席の田中太郎が背もたれに寄りかかり上手くバランスをとりながら言った。


「なあ、恋。あれから結局どうよ。彼女出来そうか?」

「ふっ! どうだろうな……ふっ! すこし……ふっ! 俺を気にしてそうな……ふっ! 人はいそうだけどな……ふっ!」

「おいおい、書きにくいし読みにくいからやめろよ」

「すまんな。もうやらない」

「それで、恋を気にしてる人って誰だよ! 何組?」

「驚くなよ? 1年D組の白雪有紗さんだ。清掃委員会でいい感じになった」

「白雪……あー、白雪ね。俺同じ中学だったぜ」

「そうなのか!? 中学のころの白雪さんってどんな感じだった?」

「……あんまり俺は関わりなかったから言えない」


 田中太郎はグラグラさせていた椅子を戻しそう言った。


「そうか。それより聞いてくれ。俺に惚れてそうな人がまだいるんだ!」

「なんだって!? お前なんだよそれ!」

「1人は光琳高校1年の水上かえでさん。俺と同じ中学だったんだ。県内トップの附属受けて落ちてさ、今は地元の光琳高校に特待で通ってる」

「附属落ちか〜あそこめちゃくちゃ高いもんな偏差値。聖心受けとけばよかったのに」

「いや、親が医者で、医者になりやすい附属を狙うしかなかったんだってさ。ほら、聖心から医者になるやつなんてほとんどいないだろ?」

「あー、そういうタイプね。それで、彼女とはどうやって再会したんだよ」

「喫茶店だ。それより聞いてくれ。俺に惚れてそうな人がまだいるんだ!」

「なんだって!? お前なんだよそれ! 2回目だけどガチで驚いてるぞ俺!」


 田中太郎は頭を抱え、オーバーにリアクションを取った。

 茂木恋は調子付いた様子でペラペラと喋る。


「同じく光琳高校2年の藤田奈緒さん。バイト先で知り合った。彼女は自分のことを『お姉ちゃん』と呼ぶ、いわゆる不思議ちゃん属性の人だ」

「恋、バイトなんて始めたのかよ! 俺にも紹介してくれ!」

「生憎、小さな書店でな。バイトは俺1人で十分なんだ。奈緒さんはそれはもうスタイルが良い。背なんて俺より高いし」

「恋はそもそもそんな高くないよな」

「それは言わないでくれ。とにかく奈緒さんは背が高くて、しかも……胸がデカい! チャンピオンの表紙に奈緒さんが載っててもなんの違和感もないくらいだ」

「ガチモデル体型かよ……羨ましすぎんだろそんなの……」


 若干涙目になり始める田中太郎。

 高校になって初めて出来た友達に裏切られた彼は心底傷心中だった。語感がいい。

 不意に、彼のスマホが鳴る。

 通知を見るとそれは茂木恋からであった。


「俺がこの1ヶ月で取った行動の原理がそこに書いてある。サクセスマインドだ、田中!」

「か、神よ……! サクセスマインド!」

「サクセスマインド!」

「サクセスマインドおおおおおお!!!!」


 ピロロン♪

 2人して盛り上がる中、今度は茂木恋のスマホに通知がくる。


「噂をすれば白雪さんだ。何なに…………『放課後会えますか』……くっくっく……ついに来たぜこの時が! 返事は勿論『会えるよ』だ!」

「早速来たじゃねえか! くそ〜恋もついに彼女持ちか〜」


 ピロロン♪

 メールの返信をしたところで、再び彼のスマホが鳴る。


「水上さんだ。何なに…………『話があるの。いつもの席取っておくね』……? これも告白っぽいよな……? とりあえず『分かった。放課後にね』だ」


 ピロロン♪

 メールの返信と同時に、彼のスマホが鳴ってしまった。

 立て続けにくるメール。

 彼の脳裏には嫌な予感がしていた。


「奈緒さんだ。……『ねえ、今日シフトないけどバイト来れない? 新刊が多くってさー。良いお返事待ってるゾ、弟くん♪』……? あ、あぶねえ……まさか奈緒さんにまで告白されたら収拾がつかないところだった。というか、あれ? 俺、奈緒さんとメアド交換した覚えないんだけどな……『すいません。予定があるので新刊の手伝いだけ行きます』……これでよし」

「恋、これどうするんだよ。このままじゃ2人から告白されることになるんだろ? どっちかと付き合うのか?」

「そ、そうだよな……俺も2人から同時に告白されるとは思ってなかったからさ……」


 茂木恋は首を傾げてどうにも困った様子であった。

 彼自身、彼女が欲しくて彼女を作れる可能性を高めるためにあっちでこっちでフラグを立てて来た。

 それが実を結び、否、結びすぎてしまった結果がこれである。


 優柔不断な彼に代わり、親友ポジの田中太郎がある提案をする。


「なあ、一度保留するのが良いんじゃねえか? 何回かデートとかしたら、どっちの方が好きだとか、そういう感情が芽生えてくるはずだろ?」

「保留……保留か! 確かにそれはありだ! 思えば俺は彼女たちのことをよく知らない。互いを知ってから付き合うのが普通だもんな」


 その提案は、余りにクズな考えであった。

 乙女心を弄ぶ最低の発想であることを、茂木恋は頭の隅に置いてはいたが『互いを知ってから付き合うのが普通』という免罪符に甘えてしまうのであった。

 幸か不幸か、彼が手に入れたこの免罪符は彼の身を救うことになる。

 だがしかし、彼はすでに不幸の渦の中。

 彼に降り注ぐ人生最悪の『モテ期』は今まさに始まろうとしていたのだ。




 ────放課後 1年D組教室


 誰もいない教室。

 白髪の少女は茂木恋を見上げた後、その小さな口を開く。


「茂木恋さん……いえ、恋様……好きです。愛しています。お慕いしています。どうか私をお助けください」

「えっ、助けるって……うわぁああ!!!!」


 茂木恋はそのまま押し倒される。

 小柄な少女であるが、その力はおよそ少女のそれではなく、恋は両手を掴まれ動けない。


「あぁ……恋様……恋様が触れているところだけが、唯一私の綺麗な場所です。触れてください、私をこの穢れから救って……」


 完全にイッてしまった眼を向ける少女は、既に現実を見ることができていない。

 彼女の目には恋が神であるかのように視認していた。


「好き、好き……大好き……愛しています……好き……大好き……大好き…………愛してます、愛してる愛してる愛してる……好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き大好き…………」


 両手は既に彼女の意のままであり、恋の両手を使って彼女は自身の頬を撫で、首を絞めた。

 恐怖のあまり茂木恋は声を失うが、それでも絞りだすように思いを告げる。


「ま、まださっ! た、た、互いのこと知ってないからさっ! も、もう少しさっ! デートとかしてからさっ! それから決めてもさっ! いいか……いいですか!?」

「ありがとうございます……ありがとうございます。恋様の近くにいられるのであれば、私は満足であります。あぁ、恋様……愛しています。次会う時には……もっと私の奥の方まで……触れてくださいませ……」


 白雪有紗は恋の手をその豊かな双丘へと押し当てると、恍惚とした表情を浮かべる。

 満足した彼女は赤い目を揺らしながら、ゆらりゆらりと教室を去っていくのだった。




 ────放課後 藤田書店


 書店の看板娘はいつもと変わらぬデニムのエプロン姿で彼を待っていた。

 彼女に連れられバックヤードに入るが、そこには話に聞いていた新刊などどこにもなかった。


「奈緒さん、新刊の作業もう終わっちゃいましたか?」

「ううん、実はあの話は嘘。弟くんに会いたくって、お姉ちゃんつい嘘ついちゃった。てへ♪」

「ちょっと! ここまで結構遠いんですからね! それにメールのときから気になっていたんですけど、その『弟くん』って呼び方何ですか?」

「だって、茂木くんには、今日から私の弟になってもらうことにしたから♪ 弟くんはお姉ちゃんのことキライ……?」

「いえ、嫌いってわけじゃ……」

「お姉ちゃんは……弟くんのことだーい好き! 大好きだから、ギューってしちゃお♪」

「うわあああ、奈緒さん!」


 茂木恋はなすすべなく、藤田奈緒、もとい『お姉ちゃん』に抱きしめられる。

 グラビアモデル顔負けの谷間に顔を埋められ、恋はあわや窒息というところまで行きかけた。


「もー、『奈緒さん』じゃなくて『お姉ちゃん』でしょ? さん、はい!」

「お、お姉ちゃん……」

「はーい! 弟くんのお姉ちゃんでーす♪ 弟くんは可愛いなぁこのこの〜! …………あれ、弟くんシャンプー変えたよね。この匂い鈴ちゃんのだ」


 鈴というのは茂木恋の妹、茂木鈴もてぎりんのことである。

 一言も話したことのない妹の名前を出され、茂木恋は一歩後ずさりした。


「妹のシャンプー使っちゃうなんて、弟くんも思春期だね〜。そうだ! 今日はお姉ちゃんのシャンプー分けてあげる♪」

「と、ところでお姉ちゃん、どうして俺のメアドを」

「弟くんのことならお姉ちゃんなんでも知ってるからだよっ♪」

「鈴のことも話したことなかったで……」

「弟くんのことならお姉ちゃんなんでも知ってるからだよっ♪ そうだ〜1つ思い出しちゃった! 弟くん、田中太郎くんには気を付けるんだよ? お姉ちゃんと中学校同じだったけど助平さんで有名だったんだから。修学旅行で一緒にノゾキしようって誘われてもついていっちゃダメなんだゾ♪」


 茂木恋は思考することをやめた。

 思考したところでそれを見透かされそうで、恐怖を感じていた。

 シャンプーを手土産に渡されると、茂木恋はそのまま藤田書店を後にした。




 ────放課後 光琳高校前マック


 いつも通り水上かえではマックの端っこの席を確保し、茂木恋を待っていた。

 彼の顔を見るなり表情を明るくし、ペンを持つ手を振った。

 茂木恋が向いの席に着くと、水上かえではモジモジと、それはもうモジモジと、分かりやすく行動で好意を伝えていた。

 遊ばせていたペンを置くと、彼女は面を上げて茂木恋の手を握る。


「茂木くん、好きです。付き合ってください」

「ああ、水上さん……本当にありがとう。でも、俺たちまだあんまり互いのことを知らないだろ? だから……」

「ダメ……なの?」


 途端に水上かえでは表情を翻し、ワナワナと、それはもうワナワナと、分かりやすく怒りを伝えていた。

 しかし、茂木恋は彼女のその行動に若干安堵していた。

 前2人の異常性に比べれば『思わせ振りな態度で近づいた男にフラれて怒る』気持ちは彼にも理解できた。

 しかし、彼の安堵を他所に事態は明後日の方向へとハンドルを切る。


 彼女はペンを再び握ると、それを左手首を何度も刺しながらブツブツと呟いた。


「そう……だよね。私みたいな勉強ばっかりしてる女の子、好きになるわけないよね……」

「いやちょっと待って……」

「可愛くないし、胸もないし……そもそも同じ高校じゃないし……それもそうか……ああああああ!!!!」

「うわあああ!! 急にどうした!」


 気づけば、彼女は筆箱から細身の黄色いカッターを取り出していた。


「もう無理……耐えられない。辛い……辛いよぉ…………ダメダメダメダメ………………」

「待ってくれ、カッターはシャレにならない!!!!」


 茂木恋は後わずかと言うところで彼女のリストカットを止めた。

 彼女の真っ白な左腕には、先ほど刺したシャーペンで出来た赤い血の斑点が刻まれている。

 そして、それより古い直線状の傷跡が何層にも彼女の左手首に重ねられていることを目撃してしまい、茂木恋は思わず卒倒しかけた。


「デ、デ、デ、デートをしよう、水上さん! ほ、ほら! 俺たち中学では1度も同じクラスになったことなかっただろ? だ、だからもう少し互いのことを知ってから付き合うか決めようよ」

「えっ……? 私、フラれたわけじゃないの?」

「そ、そうだとも」

「えへへ……そう言うことなら早く言ってよ。全くもう、早とちりしちゃった。それじゃあ私たち、友達以上恋人未満ってヤツだね」

「そ、そうだとも」


 水上かえではマックシェイクを飲み干すと、満面の笑みを浮かべ店を去る。

 残された茂木恋は100円コーヒーを啜る。

 それはいくら砂糖を入れても苦いままだった。



 彼女を欲する茂木恋。

 恋愛指南ブログを信じ行動に行動を重ね、気づけば彼のもとには『モテ期』が訪れた。

 しかし、恋愛はそんな一筋縄でいくわけがないのである。

 なんと数奇なことに彼女候補たちは、1人残さず……病んでいたのだった。

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