第3話 『ショッピング』隠密?
────午前10時 光琳高校前駅
茂木恋は約束通り駅で水上かえでを待っていた。
待ち時間にちょこちょこスマホゲーを弄りつつ、時折画面を暗くして髪型が変になっていないかを確認する。
その挙動不審さはまるで恋する乙女のようであった。
しばらく待っていると、黄色いワンピース姿の水上かえでがテクテクと覚束ない足取りでやってきた。
「お、おはよう茂木くん。今日はいい天気だね」
「おはよう、水上さん。服、似合ってるね。思えば中学から制服姿の水上さんしか見たこと無かったからさ、すごく新鮮な気分だよ」
「そう……かな? えへへ……ありがと。茂木くんは白ワイシャツにジーンズって……制服とあんまり変わらないね」
「ごめんね。俺、あんまり服に興味がなくてさ。無難な白ワイシャツばっかり着てるんだよね」
「夏はどうするの?」
「半袖の白ワイシャツがあるからそれを着てるよ」
「じゃあ冬は?」
「上にカーディガン羽織ってる」
「すごい、本当に1年中白ワイシャツで生活できちゃった」
2人は互いに顔を見合わせてクスクスと笑った。
ここで茂木恋の言っていることは事実である。
中学の頃から色恋沙汰から遠く離れていた彼にとって、私服で女の子と出かけるというようなイベントは全く起きなかった。
そのため、服に気遣うという恋愛指南書の1ページに書かれていそうなことができていなかったのだ。
さて、本日のデートは『ショッピング』。
彼女の服を探すというイベントにおいて『服に興味がない』だなどという台詞は勿論御法度。
しかし、茂木恋の恋愛偏差値はそんじょそこらのモブキャラ田中太郎とは違うのである。
「俺は服にあんまりこだわりないからさ、今日は水上さんに服をプレゼントするよ」
「そんなの悪いよ」
「ううん。いいんだよ。服にお金かけてない分お金があるからさ、水上さんがもっと可愛くなれるならそっちの方が俺はいいな」
「茂木くん……」
キザな台詞を真っ向から言われ、水上かえでは赤面し俯いた。
茂木恋は当然、彼女に見えないところでガッツポーズをしている。
そして当然、彼の台詞は嘘である!
それは今朝のこと────
茂木恋はいつものように起き、ご飯を食べ、トイレに入り、歯を磨きとルーティーンをこなしていくと、不意に後ろから母に肩を叩かれる。
そして、その手には5000円、「デート代」と一言添えてあった。
彼の行動に不審な点があったのか、彼の週末の予定は母には筒抜けであったのだ。
最近なんでも自分の行動を見通す『お姉ちゃん』につきまとわれていることもあり、彼は背筋を凍る思いをしながらも臨時給付金を受け取るのであった。
つまるところ、茂木恋にお金があるのは『服にお金をかけていない』からではなく『臨時のお小遣いが入った』からなのである。
「さあ、水上さん。そろそろ電車が出ちゃうよ」
「う、うん! いこう茂木くん」
そんなことつゆ知らず、水上かえではいつも通り明るい笑みを彼に向けていた。
────隣町 ショッピングモール
ショッピングモールが隣接した駅というものがある。
そのような場所は大抵、人が密集した大きな駅というのが相場である。
茂木恋たちのやってきた駅隣接型ショッピングモールも、その例にもれず随分な賑わいを見せていた。
「うわー、すごい人だね。気を抜いたらすぐにはぐれちゃいそうだよ」
「そうだね。手でも繋ぐ?」
「えっ……いいの?」
「俺たちは今デートをしてるんだよ? 手を繋ぐくらい当然だよ」
当然なわけがない。
しかし、茂木恋のデートに関する知識は、漫画と件の怪しい個人ブログくらいしかないため何も疑問に思っていなかった。
「茂木くんの手、おっきいね」
「そう? 水上さんの手は少し小さいね。可愛らしいよ」
「えへへ……ありがと」
顔を赤くする水上かえでと対照的に、茂木恋は心底肝を冷やしていた。
なんと握る彼女の左手首の傷痕がもろに露出していたのである。
先日から傷が増えている様子はなかったが、彼女の『病み』が詰まったそれはおよそ他人に見せて良いものではない。
茂木恋は彼女の傷を隠すべく、握り方を急遽変更する。
指と指が絡み合う握り方──それは所謂恋人つなぎであった。
「えっ……」
「ど、どうかしたの? お、俺変なことしちゃった?」
「ううん。ちょっと……嬉しかっただけ。いこ?」
こうして2人のショッピング、いや茂木恋のサバイバルゲームが始まった。
彼の運命の歯車はすでにグリスを塗ったところでどうしようもない程に狂っているのだ。
ただ、水上かえでの左腕をかばいながら歩く彼はそんなこと知る由もなかった。
────ショッピングモール内洋服店 ウ○ゴー
一店舗目にやってきたのは勿論洋服店。
茂木恋は計画を立てて行動するタイプであり、ショッピングモールに入った後、すぐに案内板で洋服店の位置を確認し、真っ直ぐここへとやってきた。
本人的には計画性がある=アピールポイントであると考えているが、このムーブはガチで買い物をしにきている人間の行動であることに茂木恋は気付いていなかった。
これはデートだぞ茂木恋。
このお店は、所謂原宿系と言われる服を多く取り扱う店であった。
「わあ……お洒落な服がいっぱい」
「なんだか全体的に服の志向が『カッコよさ』に振られてる気がするね。水上さんはこういう服よく着るの?」
「ううん、普段は着ないかな。私、可愛い系の服ばっかり持ってる」
「今日もワンピースにベージュのサンダルって、可愛いファッションだよね」
「そ、そうかな」
「うん。可愛いよ」
押せるときにはとことん押していく茂木恋。
恋愛指南ブログに従ってこれまで彼女にアプローチをかけてきた彼であるが、どうにも彼女といい感じの関係になった後でもこの役者がかった立ち振る舞いが抜けなかった。
「折角だからさ、普段着ないような服を試着してみようよ。ほら、俺が選んであげる」
「う、うん。それじゃあお願いするね」
「お任せあれ。そうだなぁ……これと……これはどうかな?」
茂木恋は棚からダボッとした長袖の柄付きTシャツと紺のサロペットを取ると、それを彼女に渡した。
試着室に彼女が入ると、茂木恋は値札を確認した。
「Tシャツが2000円、サロペットが2500円。予算的にも丁度いい感じだな」
彼はそう言って他の値札も確認する。
どうやらこの店ではそこまで高額な洋服を取り扱っているようではなかった。
そうこうしている内に、水上かえでの着替えが終わる。
彼女は試着室のカーテンから首だけひょこっと出すと、手招きした。
「茂木くん。ちょっと恥ずかしいから中に顔入れて」
水上かえでに言われるまま、彼は首をカーテンへ突っ込む。
試着室の中の彼女は渡された服を確かに着ていたのだが、ダボダボとした上着と肩を外したサロペットの組み合わせは何とも不良味を感じさせるファッションであった。
「ど、どう思う? 私はちょっと……」
「そうかな。結構いいかなって思ったんだけどなぁ……でも、確かに水上さんのイメージには合わないかもね」
「う、うん。でも、たまにはこういうのに挑戦するのもいいかも。それじゃあ着替えるね」
茂木恋は一旦試着室から離れる。
彼女の着替えを待っている間、彼はその後の予定をなんとなく考えていた。
「次はどこに行けばいいんだ。服屋なんて俺ユ◯クロでしか買わないから分からないんだよな……まあこのフロアは衣料品店が密集しているから水上さんの好みの服が見つかるはず……ってあれは!?」
茂木恋は向かいにあった洋服店──ア○シーズファムを見て驚愕する。
全体的にメルヘンな印象を覚えるその店であったが、問題は水上かえでに合いそうだとかそういう話ではなかった。
それは白と黒の所謂ゴシックコーデを身に纏う少女だった。
白いロングのストレート。赤い瞳。
小さな背丈でありながら主張の強い胸部。
ここまで特徴的な女の子を、茂木恋が見逃すはずがなかった。
「白雪さん!? どどど、どうしてここに!? まずい……このままの流れだと俺たちはあの店に……白雪さんと水上さんがマッチングしてしまう! 確かに週末は1人で出かけると言っていたけど……選択肢なんて無限にあったはずなのに!」
無限であるはずがない。
例え無限であっても近隣で最も注目度の高い新設のショッピングモールに週末高校生が出向く可能性はおおよそ8割を超えるだろう。
彼はなんともズレた感性を持っているため、それが分かっていなかったのだ。
2人がであったことを想像して、茂木恋の背中から汗が吹き出る。
週末に彼女に出会うこと自体はさして問題にはならない。
しかし、現在茂木恋は水上かえでとのデート中である。
そんな中、白雪有紗とエンカウントしてしまえば、それはまさに……修羅場であることは言うまでもない。
彼女たちの心に巣食う修羅が解放され、なんやかんやあって水上かえでのカッターに刺され病院が第二のデートスポットとなることだろう。
そして、月末の校内新聞の見出しは『清掃委員、血で床を汚す失態』で決まりである。
「お待たせ茂木くん。次はどこにしようか……あっ、ア○シーズだ! 私、よくあのお店で服買うんだよねー」
「み、水上さん! ふ、普段よく行くならさ。さ、最後にしてもいいんじゃないかな!」
「そう?」
「そ、そうだよ! つ、次はほら。隣の店に行こうよ! あ、あのお店は男性向け女性向け両方売ってるからさっ! 次は俺が水上さんに選んでもらった服を着てみたいなっ!」
「あー、それいい! 早く行こ! 茂木くんにはどんな服着てもらおうかなぁ」
『恋人(候補)を着せ替えできる』という最強の餌を使い、茂木恋は破滅を回避した。
さらに、さり気なく左手を恋人繋ぎしたことで記憶が上書きさせられ、水上かえでは彼の行動に一切の疑問を持つことはなかったのだった。
────ショッピングモール内洋服店 ジ○ユー
ここはシンプルで安い服を取り扱う店であった。
値札と、陳列される服のデザインを見て、茂木恋は安堵していた。
「うーん、どれが茂木くんに合うかなぁ。迷っちゃうね」
「なんでもいいよ」
「えっ、本当に!? 後悔しない?」
「う、うん。俺は1年中白シャツって決めてるから、違う服装みるなら今がオススメだよ」
「それじゃあこれ着て! それと……これも!」
「ちょいちょいちょーい!!!! これはさぁ…………」
茂木恋は彼女から手渡された布を見て彼は驚愕する。
手に握られたピンク色のそれは、まさしくスカートであった。上着用としてご丁寧に白シャツまで添えられている。
似合う似合わないのレベルを凌駕した代物を渡された茂木恋は、何度も彼女の顔とピンクのスカートの間で目線を行ったり来たりさせていた。
「なんでも着るって言ったよね? ほら、上着は茂木くんの好きな白シャツだよ」
「白シャツはありがとう。でも、こっちはなんなの! す、スカートなんて男が履くものじゃあ……」
「スコットランドでは男がスカート履くのは普通だよ」
「ぐぬぬ……丸め込まれそう。水上さんが頭いいの忘れてた……ってそうじゃなくてここは日本!」
「履いて……くれないの?」
水上かえでの雰囲気が一変する。
それまでキャッキャウフフするカップルの雰囲気を醸していた彼女であったが、キッキカイカイとしたおどろおどろしい雰囲気を放出している。
そうこうしている内に水上かえでは、左手首を掻きむしり始めた。
「そう……だよね。やっぱりだめ……だよね。私、本当に見てみたかったんだけどな……こんなこと一生に一度くらいしか無いチャンスだったのに…………ああああああ!」
「うわああああああ!!!! 待って! ちょーーーーーっと待って!! 丁度昨日世界ふしぎ発見のスコットランド特集を観たばかりで、丁度スカートを履いてみたいと思ってたんだよねえええ!!」
「……今週はイタリア編だったよ」
「ほえええええ!!!! 水上さんもあの番組好きなんだ!? も、も、も、勿論録画さ! 毎週録画入れるくらい楽しみにしてるんだよねこれが!」
額に汗をかきながら茂木恋はどうにか彼女の機嫌をとった。
必死な彼のピエロっぷりに、段々と彼女の目は輝きを取り戻していく。
「そうなんだ! 私たち、趣味あうね!」
「だよね! いやぁまさか日本で異国文化を堪能できるとはね! あっ、こちのスカートの方がキルト衣装みたいじゃない?」
「確かに。じゃあピンクはやめてそっちのチェックにしたほうがいいね」
タータンチェックのスカートを持ち、茂木恋は更衣室へと入る。
まさか『文化祭』→『メイドカフェ』→『男子も女装』の王道パターンを無視し、初デートで女装させられることになるとは思わなんだ。
これにはスーパーひとし君もびっくりであった。
男子の着替えは早い。
サクサクっと着替え終わった茂木恋は、先ほど彼女がそうしたように首をひょこっと出す。
しかし、そこには彼女はいなかった。
周囲を見渡してみるが水上かえでを発見することはできず、そのまま視線を店の外へとやると、何と彼女は向かいの洋服店──リズ◯サの前で洋服を見ていることに気付いた。
「そっか、女の子の着替えは結構時間がかかるもんな。こういう時、別の店を観に行くのも普通なのかも……ってあれはアカン!!!!!」
白いロングのストレート。赤い瞳。
皆まで言うな。
水上かえでと白雪有紗が、何と同じ店に入ってしまったのだ。
「そうか……俺たちは最初の店に入ってから隣にズレてこのジ◯ユーにやってきた。白雪さんも最初のア◯シードから隣に流れてリズ◯サに流れてきたんだ……というか向かい側の店舗達、服の指向が似通ってる。ガーリーな印象の店ばかりだ……」
茂木恋はリズ◯サの後に続く、ハ◯ーズとアン◯ルージュを見てそう言った。
天のお導きか、ショッピングモール側の粋な計らいか、ショッピングモールのメインストリートの片側1車線では見事な地雷系ファッションロードが形成されていたのだ!
メンタルのやられている彼女達にとってこれらの衣料品店はまさに、夜中のコンビニの蛍光灯。
圧倒的吸引力をもつゆるふわメルヘンの魔力に吸い寄せられた彼女達は志を同じくするソウルフレンドとでもいうべきであろうか。
このままでは水上かえでと共にばったりと白雪有紗に出会ってしまうのは必然である。
しかし、茂木恋はこの逆境を跳ね返す案を思いつくのであった!
「……よし。これなら、不自然なコースじゃないしバッティングすることもない! 俺の恋愛偏差値の高さが恐ろしいぜ……!」
そもそも恋愛偏差値が高ければ三股などしない。
茂木恋はありもしない眼鏡をクイッと上げ、キラーンという効果音を出しながらジ◯ユー編を終えるのであった。
────ショッピングモール内洋服店 ア○シーズファム
最初に水上かえでが目をつけたお店。
彼女の行きつけというそこは、夢可愛いファッションを取り扱う店であった。
「茂木くん、女装似合ってたよ」
「そうか? まあ俺も履いてみたら意外と普通で拍子抜けしたよ。すね毛が薄いからかな」
「そうかもねー。無駄毛処理とかしてるの?」
「男子でそんなことする奴、ほとんどいないって。俺はそのほとんどいない方に属してる」
「じゃあ茂木くんは女装の才能があるね」
「全然嬉しくない…………」
先ほどの女装を弄られながら茂木恋達は彼女の行きつけへと足を運んだ。
そう。茂木恋の策とは『白雪有紗を追走する』というものであったのだ!
このショッピング順であれば彼女達が出会ってしまう確率は限りなく低くなる。
それに加え、自分の好みの店に行けずに水上かえでが精神をおかしくしてしまうという非常事態すら回避するという、圧倒的リスクマネジメントであった。
「やっぱり私はこういう女の子らしい洋服が好きだなぁ」
「うん。俺も水上さんのそういう可愛いところ好きだよ」
「えっ……それって告白……」
「違うよ。俺たちはまだ、恋人じゃないだろ?」
「まだ……ね。えへへ……」
顔を赤くし、彼のシャツの袖を引っ張る水上かえで。
その姿はどこからどうみてもカップルであったのだが、茂木恋はそういうことに疎いため、決して気付くことができないのであった。
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