141話 高き都へ

 ファミレスとの……での邂逅を経て、俺たちはまたも見知らぬ場所に放り出されていた。

 アイテムボックス内において見知った所なんて無いんだけども。

 古城、ファミレスに続く次なる舞台は……


「はぁー、きれいな街だなあ」


 ファミレスの店内から一転。

 円状の広場に俺たち立っていた。

 2階建て程度の家屋が立ち並ぶ先、遠く塔のような巨大建造物が見える。

 ゲイズのいた古城が、城だけだったのに対して、こちらは城下町といった趣きだ。

 どちらも人工的で整備されている点は同じだけれども、その質はまるで違う。


「すごい……まるで神々の住まう国ですわ」


「美しいがどうにも落ち着かん」


 聖女とホルンの感想に同意。

 たしかに美しいが全く生活感がない。

 アンデッド的嗅覚でも、命の気配をまるで感じられないのだ。

 まるで巨大なジオラマに迷い込んだよう。

 ふと前世(ゲーム)の記憶が呼び起こされる。


「騎士型モンスターがデカイ矢で狙撃してきそうだな……」


 さすがにあり得ないと思いたい。

 

 年季が入りカビや錆やヒビで陰鬱としていた古城と違い、今いる街は美しく清潔に保たれている。

 規則正しく敷かれた石畳には塵ひとつなく、一帯が白を基調とした塗りで統一されている。

 建築様式も古城と違って華やかだ。

 はるか昔、教科書で見たイタリアの街並み――ナントカ建築に似ているような気がした。


「安心して皆。ここ――町の入口あたりは安全よ」


 肩の定位置からドクンちゃんが告げた。

 なんだか懐かしい気持ちである。


「おっ、いつものドクンちゃんだ」


 記憶を取り戻したドクンちゃんだが、結局心臓モンスターのままだ。

 美少女形態も大変よかったが、やっぱりドクンちゃんはマスコットキャラのほうが収まりがよい。

 

(いや、たまには美少女形態になってもらいたい)


「ちなみにアタシの記憶通りなら、ここは空中都市がモチーフね」


「空中都市?」


 標高の高い場所や崖に造られた都市。

 または文字通り空に浮く都市。

 二通りの解釈が頭に浮かんだが、普通なら前者でしかありえない。

 建造物の向こうに見える風景は気持ちのいい青空と雲だけ。

 高いところからじゃないと判断できないな。

 その辺の屋根に登った俺は、”普通”の定義を考え直すことになった。

 

「ひえ、マジに浮いてやがる」


 街全体がくり抜かれたように島であり、海ではなく空に浮かんでいるではないか。

 眼下では海がきらめいている。

 高所恐怖症じゃなくてよかった。


「人間が魔法でブイブイ言わせてた時代の再現、ってことか?」


「うん、よくできてる」


 だが偽物だ。

 ちょっとしんみり街を見渡すドクンちゃん。

 複雑な心境なのだろう。

 少ししてから、俺とドクンちゃんはみんなの元に戻った。

 聖女とホルンも登りたがったけど、担ぐのがしんどいので却下だ。


 さて、ゲイズを倒してから色々とありすぎた。

 いつの間にかサラリーマンからデュラハンの体に戻っている。

 そしてデュラハンのボディはマン爺戦でボロボロのガタガタである。

 聖女もホルンも同じく、あちこち傷だらけだ。

 フーちゃんは大丈夫そうだが。

 心も体も疲労困憊でありながら、新ドクンちゃんに情報を流し込まれた俺たちに必要なもの。

 それは休息である。


 手近な家屋に入ってみれば、モデルルームのように家具が備え付けられている。

 掃除が行き届いている、というよりそもそも人が住んだことがないかのように片付いている。

 ざっと屋内をチェックし、敵や罠がないことを確認。

 ついでに避難経路も想定しつつ、俺たちは適当な椅子に腰かけた。


「話したいことは山盛りだけど、まずはドクンちゃん平気か?」

 

「余裕!」


 余裕かい。

 引きこもった経緯を思い出して落ち込んでないかと心配していた。


「アタシはみんなのアイドル、ドクンちゃんだよ。全部思い出しても今が一番大事ってこと!」


 ポジティブで助かる。

 アイテムボックスの管理者たるドクンちゃんは、いわば方位磁針みたいなもんだ。

 今までにも増して心強い。


「でもリッチ――”本体”の意向としては引きこもりたいのですよね?」


 聖女が問う。

 ドクンちゃんは脱出に協力的だけれども、ファミレスを襲撃した”本体”は明らかに攻撃的だった。

 アイテムボックスに引きこもった経緯からしても、脱出したがっているドクンちゃんのほうが不自然ですらある。


「そうだよねぇ……確かに理屈じゃ”出るべきじゃない”。てことは、ここにいるアタシは”でも出たい”気持ちだけ切り離された存在なのかも」


「なるほど、分かる気がする」


 火種になることを避け、自らアイテムボックスに封印されたリッチ。

 けれど外の世界への未練がないなら、収納されたモンスターの記憶を盗み見るなんてことはしない。

 外が気になったり、戻りたい気持ちがあるからこそ情報を集めていたのだろう。

 

 ……ドクンちゃんを連れて脱出することは、リッチ的には正しいことなのだろうか。

 少し考えただけじゃ、答えは出そうにない。


「追手は問題ないのか」


 辺りを気にしつつホルンが問う。

 俺も気になっていた。


「それもオッケー! 分離したほうのアタシがどうにかしてるから」


 本体から分離したのが新ドクンちゃんで、新ドクンちゃんから分離したのが、このドクンちゃん。

 ややこしい。


「ドクンちゃん殿の”知り合い”に会えとのことだったが、ここから近いのか?」


「あと知り合いってどんなやつ? 話通じるよね?」


 ホルンの質問に乗っかる。

 どうせなら知り合いの目の前に送ってくれればいいじゃんと思っていた。

 あと念のため友好的か聞いておきたい。


「街の入口に降りたのは、本体がヤバくて急いで転送させたから。知り合いは……大人しい子だから大丈夫」


 まだ生きてたんだー会いたいなーと、そわそわなドクンちゃん。

 彼女が言うなら大丈夫なのだろう。

 元祖レイスの知り合いということは、相当な魔族かモンスターだろう……大丈夫じゃなかったら困るぞ。


「知り合いレーダー装備したから道案内は任せて。ていうか見たまんま塔の最上階よ」


「やっぱり?」


 目標は街の中心に聳える塔。

 一目見たときから、そんな気はしていた。

 ゲイズといい、大物はデカイ家が好きよな。


「……ところでホルンと聖女は平気なのか? ドクンちゃんの正体が大魔族だったわけだけども」


 俺の気になること、その2。

 ドクンちゃんばかりを気にしがちだが、ホルンも聖女も神陣営の人物である。

 アンデッドの俺と同行するのも嫌がったのに、ドクンちゃんときたら魔族である。

 そういや俺も今じゃ魔族か。


「アタシ知ってる。フグタ君の敵ってやつね?」


「それはノリスケ、じゃなくて不倶戴天の敵な」

 

 前世ネタが通じないホルンと聖女を置き去りにするのは良くないよ、ドクンちゃんや。

 皆の視線が聖女に集まる。


「私はどうでもいいですわ。聖女になったのも成り行きですし、今じゃ小さな聖魔法ですら使えなくなっちゃいましたし。聖女はクビでしょうね」


 聖女、聖女やめるってよ。

 俺の予想とは裏腹に元聖女は自虐的に笑った。

 ちょっと前に聖女としての適性をホルンに疑問視されていた彼女だが、それなりの事情があったらしい。

 しかも僅かな適性だった聖魔法ですら、魔力欠乏症の後遺症で使えなくなってしまった。

 気の毒だけど信仰心が薄かったのは僥倖だ。


「じゃあ元聖女はそれでいいとして――」

 

 続けようとした俺の話を元聖女が折りにきた。


「私のことはアイリーンと呼べばいいですわ」


「あら可愛い名前、改めてよろしくね」


 そんなお名前だったのね。

 ドクンちゃんが、ぎゅっとアイリーンの手を握った。

 ……聖女という肩書からして、正直あまり馴れ合いたくなかった。

 しかし古城は彼女なしで攻略できなかったし、ドクンちゃんに気に入られているようだ。

 ホルンも嫌っていないようだし、正式に迎えるのも良い頃合いか。

 ……聖魔法も使えなくなったことだし、という打算もある。


「よろしくな、聖女改めアイリーン」


 ニチャリ。

 首を掲げて、極上のデュラハンスマイルを贈ってやった。


「笑顔気持ち悪っ……」

「笑顔気持ち悪っ……」

「笑顔気持ち悪っ……」


 そういうのやめなよ、シンプルに傷つくから。

 もしかしたら打算が見透かされたのかもしれない。


「でホルンの心境はどうなんだ?」


 気持ちを切り替えて聖獣に問う。

 こっちは生まれからして神サイドだ。

 役割として聖女をやっていたアイリーンとは年季が違う。


「ユニコーンは女神の忠実なる僕にして、光の体現者だ。不浄なる者、その主も駆逐する。例外はない」


 厳しい口調だ。

 聖獣としてのスタンスは出会ったころから変わらない。

 ホルンが俺たちに同行しているのは、アイテムボックス脱出という利害関係の一致をみたからだ。

 ……だからこそ、信頼できる。


「必ず駆逐する、が今ではない。それだけのことだ」


「もぉーホルンちゃんツンデレー!」


「モゴッ!?」


「ドクン先生、それ首締まってますわ」


 喜び飛びあがったドクンちゃんがホルンの顔面に張り付いた。

 懸命に首を振ったところで、がっしり絡みついたドクンちゃんは引きはがせやしない。

 

 そう、ホルンはなんやかんやでツンデレでもある。

 それぞれの意思を確認できたところで、まずは一安心。

 わだかまりを抱えたまま背中を預けあうのは危険だからな。


「まあ改めて頑張ろうぜってことで、次の――ん?」


 話を進めようとしたところで、俺は何者かの気配に気づいた。

 同じくホルンも耳をそばだてている。


 即座に感覚を加速。

 人からモンスターへと回路を切り替える。

 秒が引き延ばされ、頭に入ってくる情報量が膨れ上がる。

 その中から聴覚だけ、更に気配の方向へと絞り込む。

 扉の外、はす向かいの家屋の角、影へ。

 

 足音、衣擦れ、呼吸。

 踏みしめられる石畳。

 硬質で高い……作動音?

 

 風を切って推し進む謎の物体。


「キャッチ! ……なんだこれ」


 アイスブランドを手放し、とっさに片手を伸ばした。

 扉の隙間から侵入してきた異物をワシ掴む俺。

 小さめの拳ほどの石に見える。

 濁ってはいるが緑の透明で美しい。

 硬さからして頭に当たったらそれなりに危なかっただろう。

 とはいえ、そこまでの危険物じゃ――


「リリース! マスター、リリースしてはやく!!」


「えっ、あ、はい」


 すさまじい剣幕に押され、外へ向かって振りかぶった。

 飛び込んできたルートをなぞるように投擲してやる。

 ドクンちゃんの焦りっぷりに俺も焦ってしまった。

 何が何だかわからなかったが、答えはすぐに明らかになった。


「伏せて!」


 ドクンちゃんの叫び。

 そして、大爆発。

 路地の方へ落ちたガラス塊が、爆音と衝撃に変わったのだ。

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