140話 モンスタークレーマー
クソデカスケールの話を聞かされ、頭が疲れっぱなしの俺。
オーダーした季節のパフェ4個は、当然のように瞬時に卓上に現れた。
少し迷ってから、最もベーシックなパフェを俺はチョイスした。
続いて、聖女とホルン、新ドクンちゃんもおずおずと残りのパフェを手に取った。
「チョコも最高だけど、やっぱり最後はイチゴなんだよなあ」
至福。
スペシャル苺パフェが乾いた脳に染み渡る。
もったりとした生クリームの甘さに、すかさずイチゴの酸味がフォローを入れ、永久のハーモニーを奏でる。
中層のシリアルのジャキジャキした歯ごたえが実に楽しい。
そして下層に溜まった濃いすっぱめのイチゴソースにより、生クリームの甘さが欲しくなる。
スプーンが止まらない。
「甘味と酸味のマッチポンプやあ……」
そういや刑務所帰りの人らは高確率でスイーツ好きになると聞いたことがある。
質素な食生活でお菓子断ちしてからのスイーツとなれば、脳がおかしくなるほど美味く感じるに違いない。
転生してから肉ばかり齧ってた俺も似たような境遇かもしれないな。
「ウッッッマ……!」
3人同時に天を仰いだ。
ホルンはマンゴー、聖女はモンブラン、ドクンちゃんはチョコのパフェを頬張りまくる。
みな笑顔である。
やはりスイーツはいい。
さて、パフェ初心者たちを愛でているだけの俺じゃない。
新ドクンちゃん(というか魔族の)経緯を聞き、これからの話の流れを考えていた。
管理者の力、記憶を取り戻したドクンちゃん。
記憶が戻ったら別人になってしまうかも、と心配していた。
しかし性格はあんまり変わっていないように見える。
見た目は別生物だけれども。
そして振る舞いからして友好的だ。
なので脱出を手伝ってくれるだろうと思っていたが、どうにも後ろ向きな印象なのだ。
『残念ながら”本体”にその力はない』か……。
じゃあこれから俺に何を話そうとしているのか?
単なる身の上話をするために、仮想ファミレスを作ってみせたわけではあるまい。
結局、新ドクンちゃんにして魔剣にしてリッチの考えは掴めないまま、回顧が再開される。
「で、2回戦が終わったら世界まるごと疲れ切っちゃって、みんな弱くなりましたよって話。
頭を失った魔族と弱体化した人間の戦いが、今まで繰り返されてるってわけ。
……分身が拾ってきた記憶から推測するとね」
外の世界をほとんど見てないのに、裏設定にどんどん詳しくなってしまうな。
なにやら締めくくりムードに入ったので挙手する俺。
「はい、ドクンちゃんはなんでアイテムボックスにいるんですか」
新ドクンちゃんが露骨に嫌な顔をしたが、さすがにスルー出来ない疑問だ。
「ざっくり言うと、アタシ――魔剣が火種になるからです。超強いアタシは絶対戦いに巻き込まれれちゃうじゃん。だから出来立てほやほやの空間魔法を使って最後の力で自分を封印したわけ。
あっ、アタシ空間魔法開発の第一人者でもあるからヨロシク」
天才タイプか。
しかし、なるほど。
魔族と神の間に立ち、双方を疲弊させることで上手くバランスをとった。
そのあとは神と同じく不干渉を貫くため、侵入困難なアイテムボックス=空間魔法を作り、引きこもったと。
「この世界が好きなのに、誰にも干渉されないために引き込まったんですの? それってあまりにも寂しくありません?」
あらかたパフェを食べ終えた聖女が、おずおずと疑問を述べた。
世界存続のため、裏切ってまで神と人間を助けた昔のドクンちゃん。
それだけ尽くしておきながら、世界と共にあることを拒み、孤独であることを選んだ。
戦火の源になりたくなかった、という理由は悲しいまでに献身的ではないか。
「焼け野原になった世界を見るよかマシよ。アイテムボックスの中じゃ文字通り寝てたようなもんだから、意識もないし」
結果、あまりに長い年月を眠ったリッチは弱まり、意識はレイスとなって散っていった。
それはそれとして。
「アイテムボックスから脱出させられない理由――”本体にその力はない”ってのは、シンプルにパワーを使い果たしたから……ってこと?」
「うん、そう」
新ドクンちゃんの即答、そして俺の脱力。
ようやく脱出のカギが見つかったと思ったのに。
テーブルに突っ伏した俺に代わり、ホルンが話を引き継いだ。
「あのドワーフが言うには魔剣はもうひと振りあるらしいが、そちらに話はつかないのか。魔族を生むとかいう」
ナイスホルン!
そうだよ、この世界に来るとき用の魔剣もあるって話だったね!?
頭を上げた俺が見たのは一筋の光明ではなく、ひき気味の新ドクンちゃんだった。
「魔族を生む魔剣? なにそれ怖っ……」
「えっ」
予想外の反応に、俺、ホルン、聖女の動揺がハモった。
魔剣本人が”怖っ”ってどういうこと?
お仲間じゃないんかい。
「この世界への穴を開けた時点で、魔剣て用済みのすっからかんなんだよ? 前の世界に置き去りにされてるよゼッタイ。それに魔族の大半は生殖行為で増えるわけで……剣から湧いてくるわけないじゃん錆じゃあるまいし」
「……まさかのガセネタか?」
とはいえ、ギリムが嘘をつく理由もない。
伝承の中で尾ひれがついたのだろうか。
なんにせよ魔剣本人が否定したのだから、もう一振りの魔剣については当てにならない可能性大だな。
「ガッカリしないでマスター。アイテムボックスだって無限じゃないもの、いつかは――あら」
肩に柔らかい手が置かれたのと同時。
無性になつかしい音楽が流れてきた。
客には寂しく、バイトには嬉しいお馴染みの閉店ソングである。
突如流れ出した悲し気な曲に、ホルンと聖女は不安げだ。
「えっ閉店の概念あんの?」
きょとんとする俺に、新ドクンちゃんは困り顔で否定した。
「違うわ、バレちゃったみたい。アタシがマスターを本体のところへ連れて行く気がないこと。だから怒ってる」
「それはどういう――」
「ヒィィィッ! 扉に! 扉にっ!」
衝突音、そして悲鳴。
おびえる聖女の視線の先、ガラス扉の向こうに何かがいる。
店の中と外を隔てる扉は固く閉ざされ、来客を拒んでいる。
しかし分厚い扉が軋むほど、黒い何かが狂ったように激突を繰り返していた。
「気持ち悪っ! 大丈夫かよ、たかがファミレスの扉で守れるの!?」
ねちゃつきぶりにブロブを思い出す。
軟体動物のようでもあり、液体のようでもある。
ねばつく重油のようなそれは、ゲイズ配下に埋め込まれた魔族化部分あるいは、古の魔族によく似ている。
「アレが本体、の先っちょ。安心してマスター、時間の問題よ」
「ダメじゃん!」
激突の度に店が揺れる。
恐ろし気な来客を新ドクンちゃんが顎で示した。
落ち着き払っているようだけど、あれが中に入ってきたら大変なことになるんじゃないか?
ていうか本体が怒ってるってどういうこと?
新ドクンちゃんと本体で方針が違うの?
「色々聞きたいことがあるが、おかわりを楽しむ余裕はなさそうだな」
「十分余裕そうですけどねホルンさん!?」
俺も聖女も気が気じゃないんだが?
角を光らせたホルンが、”本体”の使いをにらみつける。
強まる震動が什器を鳴らし、照明を揺らす。
疑問だらけの俺を傍目に新ドクンちゃんは口早に告げた。
「とにかくマスター、アタシの知り合いに会って! でも最終的にはマスターがどうにかして」
「ど、どどどどうにかって!?」
いよいよ衝撃が最高潮に達し、照明が円を描いて回り、観葉植物が倒れ、グラスが転がり落ちては砕け散る。
聖女はホルンに抱き着いてあわあわ言っている。
激しい揺れに合わせ、フーちゃんの隙間からフォークだのストローだのがこぼれ出した。
ガラス扉もミシミシだかパキパキだか鳴りつつ割れ始めている。
「やばー、思ったよりオコじゃん」
新ドクンちゃんはフリフリのエプロンに腕を突っ込むと、肉塊を取り出す。
テーブルに勢いよく置かれたそれは、生肉……じゃなくて、いつもの使い魔ドクンちゃんだった。
「そういうわけだからマスターをよろしくアタシ」
「アタシによろしくねアタシぃ」
新旧ドクンちゃんが拳を合わせて微笑ましいところ恐縮なんですが、もう少し情報をください。
結局俺はどうすればいいんでしょうか。
「大丈夫、脱出方法はもうマスターの頭の中にあるわ! でも準備はミッチリやっといてね」
崩れる床。
「ひぃっ」
「うお」
落ちていく俺たち。
揺れる視界と破壊音の中、新ドクンちゃんが親指を上げてみせた。
「だからNEVER……GIVE UP!」
「それだけ!?」
他に情報ないの!?
やたらと流暢なNEVER GIVEUPを最後に、俺たちはまたも闇に飲まれた。
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