139話 太古の記録と連続暴露

 一度は神に敗れた魔族。

 逆転の布石として、スパイを人間側に送り込んだ。

 そのうち一人が”魔剣”であるドクンちゃんだった。

 神と人間の怠慢は周到な魔族たちに水面下で力をつけさせてしまう。

 神対魔族の次なる戦争が迫った頃、魔剣の気持ちは侵略戦争から離れていた。


「色々知るうちに、この世界が好きになっちゃったんだよねー。完成された綺麗な世界を壊しちゃうのってどうなのって」


 ドクンちゃんが魔法に詳しいのは、かつての魔術師だったからか。

 本人は冗談ぽく笑うけど、その明るさがかえって当時の苦悩を感じさせた。

 倒すべき相手に情が湧いてしまったのは、たぶん魔族に自我を与えた弊害だ。

 侵略本能しか頭になければ余計なことを考えずに済んだであろう。

 敵から取り入れた手法で強くなった一方で、離反者を生むとは皮肉なものである。


 メロンクリームソーダをつつきながら新ドクンちゃんは当時を振り返る。


「もちろん魔族に滅んで欲しいわけじゃないしぃ、かといって仲直りなんて絶対ムリじゃない? 双方がいい感じに生き残れないか悩みまくったのよね。でもそうこうしてるうちに二回戦スタートしちゃったりして」


 タブレットの中、きらびやかな映像が一変した。

 陸海空、あらゆるところから火の手があがっている。

 再び黒い山脈――”親”が顕現した。

 そして地中から黒いもやではない、様々な実体をもった魔族たちが湧き、強襲をはじめたのだ。

 魔族に与えられた自我は血統を形成し、血統は誇りと団結をうながした。

 復讐という目標を掲げ、豊富な戦闘パターンを獲得した魔族は初戦から遥かに強くなっていた。

 加えて、人間にとっての最大の武器――魔法が、人間たちに降りかかる現実は、彼らを絶望させた。


「ひどい……」


「ここまで追い込まれていたとは聞いていなかった……」


 聖属性のお二人がショックを受けている。


 都市と名の付くものは全て瓦礫と化していく。

 天から降りた神々ですら、幾柱は邪眼の力を浴びて朽ちていった。

 あまりの惨状に、俺もホルンも聖女も見入っていた。

 過去の出来事と分かっていても、世界が終わる気がしてしまう。


「圧倒的でしょ? 人間たちが平和ボケしてたのも一因なんだけどね。でも唯一ふぬけず、目を光らせ続けていた奴らがいた……ドラゴンね」


 前回同様、ドラゴンたちの吐くブレスは覿面に働いていた。

 聖魔法と火、そして竜の力だけは克服しきれなかったと新ドクンちゃんは語る。


「人間側の逆転にはドラゴンが鍵。アタシは超考えました。ドラゴンに協力しつつ、魔族の勢いも削ぐにはどうするかって。手始めに、まず”親”を追い出したの、この世界から」


「手始めの規模感がデケえな」


 悪の親玉追放って、ラスボス撃破級のイベントじゃん。


 場面が変わり、一人の女性が映された。

 長い黒髪にフードを被った美人だ。

 雰囲気は違うが、よく見ると新ドクンちゃんに瓜二つである。

 きっと当時のドクンちゃんなのであろう。

 過去のドクンちゃんが儀式めいた所作ののち、天を仰ぐ。

 すると曇天を割り、星空がのぞく。

 

(……いや宇宙か?)


 雲の先は宇宙に繋がっているのだと直感する。

 次にドクンちゃんが山のようにそびえる”親”へ手をなびかせる。

 ゆったりとした動きに呼応するかのように、”親”が震え始めた。

 震えは崩壊へ。

 山脈に等しい巨体を誇った”親”はやがて膨大な塵となり、宇宙へ吸い込まれた。

 

「俗にいう次元渡り、プレーンシフトってやつね。まあ次元の移動自体は計画にあったから、それを早めたようなもんよ。とはいえ他の魔族は大混乱。まさにネミミミミーズ」


「寝耳に水な」


 ツッコミをいれつつ、急転直下の展開を飲み込む。

 開戦から離反まで戦況がスピーディすぎる。

 空から降ってきて本能のままに暴れた奴らと同一とは、とても思えない。


「次にアタシは発明した魔術を引っ提げてドラゴンに寝返りました。この魔術ってば、不眠不休の労働力をゴーレムより安価に作れるの。だから世界中の都市にいっぱい採用されてたのよね。アタシはその子らを完全掌握できた、だって創始者だから」


「まさか……」


 さらに驚く情報が追加された。

 ドラゴンに寝返った存在……前に何かで聞いた話た。


 そして世界中のインフラを支える労働力。

 ゴーレムより安価に生産でき、疲れを知らぬ者ども。

 ドクンちゃんが編み出した魔術、そこから生みだされたのは……。


「そう、アンデッド。アタシの命令ひとつで都市を落とすことも、逆に守ることもできるよーっていう触れ込みおどしでドラゴンとアタシは一時停戦した。おまけに後世にアンデッド――死霊術が残ったのね……あ、アタシがリッチの血統を興したのもこのタイミングか」


 偉大でしょ、とドヤる新ドクンちゃん。

 スケールが思ったより壮大で頭が痛くなってきた。

 神側についたリッチがドクンちゃん本人とは。


「えっ、ドクン先生がアンデッド作ったんですの!?」


「最初のリッチだと!?」


 ほら理解遅れてきてるやつらいるじゃん。

 神話すぎるんよ。


 画面の中の戦況はじわじわ変わってきていた。

 複数の空中都市が陣を組み、何やら大掛かりな魔防を展開しつつドラゴンを加えて要塞と化したのだ。

 堅牢な守りが時間を稼いで、ドラゴンがまとめて敵を焼き払っていく。

 海中でも同様のことが起きている。

 ドクンちゃんが都市のアンデッドを戦略的に制御したのだという。


「そんなこんなで人間側は防衛に成功しました。でも傷は大きくて、地上のマナは超減るし、神は疲れて地上に干渉しづらくなっちゃった。しかも人間は神から責任を問われて、マナの操作能力をかなり奪われたって。おまけにドラゴンにも愛想つかされたとかでドンマイよね」


 ドンマイて。

 タブレットには『第二部完 そして伝説へ』と表示されている。

 伝説というか今でしょ、続いてるのは。


「ドクンちゃん、人間そのものは好きじゃない風な口調だね」


「うーん、アタシは”この世界全体”が好きだったの。アタシの立場で言うのもなんだけど、あの頃人間は強すぎたと思うよ。迫害されてる生き物いっぱいいたもん」

 

 今度は俺が一息つく。

 スケールでかすぎ昔話で疲れたのもある。

 しかし忘れてかけていたけど、これまでの語りは”経緯”にすぎない。

 肝心なことは、古の魔族であり最初のリッチであるドクンちゃんが何故アイテムボックスにいるのか。

 そしてなぜ俺の脱出に手を貸してくれないのか。


 ホルンと、聖女を見渡し、意思を確認するかのように頷きあった。

 そして俺は静かに口火をきる。


「本題に入る前にデザート食べたい」


「そっちかーい!」


 新ドクンちゃんだけがツッコミを入れてくれた。

 だってジョナサングなんて今後一生来れないかもわからんぞ(管理者次第かもしれんけど)。

 何か言いたげな二人をしり目に俺はパフェを4つチョイスする。

 素晴らしい。

 異世界特典だろう、すべての季節のパフェがメニューに並んでいるではないか。

 一個は新ドクンちゃんにあげよう。

 

「……うわ」


 ふと見渡したフーちゃんはドリンクバーのマシンをかじっていた。

 ドリンクバーのマシンはドリンクバーの料金には含まれないと思うよ。

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