138話 注文:太古の記録と弾けるメロンソーダ
ファミレス店員と化したドクンちゃんが取り出したるは注文用タブレット。
そこに映すは、神と魔族の戦いの記録だという。
壮大な導入になんとなく嫌な予感を覚えつつ、過去を見せるタブレットを覗きこんだ。
さて、宇宙から飛来した隕石が黒いモヤを世界中に撒き散らすと、環境が急速に荒れていく。
豊かな自然が、重油にまみれたようにぎらつき、不快な様相へと染められる。
黒いモヤはときに軽やかに舞い上がり、またあるときは油のように重く粘着きながら版図を広げる。
「これが魔族の最初の形。形っていうか不定形なんだけど」
新ドクンちゃんの注釈に二人が頷いた。
「子守話で聞いた、神代の戦いによく似ている」
「ですわね」
転生の女神に仕える聖獣と、同じ神をたたえる聖女。
ホルンと聖女は俺と違ってこの世界の背景に詳しい。
(にしても地球滅亡系映画の導入だなコレ)
隕石に乗ってやってきた侵略者。
言ってしまえば魔族も宇宙人も変わらんか。
やがて魔族は集まり、群れ、さらに自らを塊にしていく。
塊は上へ上へと伸び続ける。
無数の魔族同士が積み重なった、いびつな山だ。
山脈に匹敵するレベルの超巨大建造物である。
「なんですのあれ」
息をのむ聖女に新ドクンちゃんが答える。
「この世界の言葉で言うと親、頭、種、起源、核、とかそんな感じ。作戦上の司令部として形造ったのよね」
「?」
魔族の山が親?
俺達の疑問はすぐに氷解した。
山になった魔族たちは徐々に溶け、ひとつの巨大な魔族へ融合したのだ。
無数の腕、目玉を持ち、雲の上から世界を睥睨する異形。
まさしく魔族の王たる風格を備えていた。
「あー、こっから長いから倍速にするねー」
細い指がタブレットを叩いた。
連なる三角形のアイコンが一瞬表示され、無粋にも神話の記録が早送りされていく。
こんなシリアスシーンを巻くとか倍速世代って怖い、と思う俺である。
雲間からすごそうな神と、お仲間っぽい神が現れては魔族を焼いていく。
全裸だったり布まいてたり、神々はかなり人間寄りな姿をしているらしい。
で、戦況は倍速で神側に傾いていく。
「あっ、いまのは我が主の女神では!?」
「えっ転生クソ女神いた? どこどこ?? ちょっと巻き戻して」
俺のリクエストはスルーされた。
「見ての通りアタシたち出だしは良かったんだけど、やっぱりアウェイだから押され始めちゃったの。
ほら、最初のドラゴンいわゆる竜王でー、あっちはハイエルフロードが生まれてきた」
金髪女神(転生の女神じゃない)が掲げた腕から砂が流れ落ち、新たな種族が生まれていく。
ドラゴンをはじめ、エルフ、ドワーフ、ユニコーンなどが次々と戦線へ加わっていった。
ますます黒いモヤは囲いこまれ、例の巨大魔族周辺まで押し返されてしまった。
とくにドラゴンの火はすさまじい勢いで魔族を滅していた。
「……そういやドクンちゃんさん?はどこなの」
「魔族は集合意識体だからアタシって括りは”まだ”ないよ。専用の肉体は作られ始めてたけどね」
「集合意識体??」
首を傾げた俺たち三人。
新ドクンちゃんは動画を一時停止して、ざっくり説明してくれた。
いわく、魔族は個々の意識を持たない。
個体ごとに活動していようとも、常に魔族全体の目的のため、命令を遂行するだけの本能しかないのだと。
「めっちゃ目的意識が高くて連携とれてるチーム、とは違うの?」
メロンソーダを聖女とホルンにすすめつつ疑問を口にする。
いまいちピンとこないのは、俺たちが集合意識体とやらじゃないからか。
「例えばマスター……いや聖女は息をするとき、吸った空気が体のどこを通って、どう出すか意識してる?」
「いいえ?」
「そう、無意識よね。でも身体は聖女を生かすために、一丸となって勝手に動いてる。魔族の親が頭だとすれば、他の個体は身体……そんな感じ」
なるほど、分かった気がする。
動画が再開されると完全に勝負はついてしまった。
超連携軍団の魔族は、結局”親”も崩され見る影もなくなったのだ。
映画ならハッピーエンドといったところだが……。
『第一部完 To Be Continued』
情緒もない文言が画面に中央に出やがった。
「うわー……って、そりゃそうか」
なんやかんで次回作へ続くのも洋画あるあるだ。
「ここで終わったら魔族がいない世界になりますしね。ところで、このシュワシュワ癖になりますわね」
「器が小さくて飲みにくい。桶のようなものに注げないか? あとこの赤い果実の増量を希望する」
ピッチャー通り越して桶サイズ・サクランボマシマシのメロンソーダを所望するホルン。
そんな夢でも叶うのがジョナサング異世界店である。
ホルンの目の前にエメラルドグリーンの海に浸かったサクランボの山が桶で現れた。
まさか転生先でYoutuberみたいな光景をみるとは。
喉を鳴らすホルンと、ちらちら羨ましそうに見る聖女。
そして、ちょっとひく俺。
新ドクンちゃんは咳払いすると第二部の導入を語った。
「さて、神々にフルボッコされたアタシたちは散り散りになって息を潜めました。
一方、神々は地上の代理管理人として人間を任命しました。
新たな種族、世界に満ちる潤沢なマナ、神との対話によって人間イケイケの時代が始まりです」
タブレットの中では森の開拓から始まり、村、町、城、巨大都市、なんと空中や海中にも都市が造られていた。
その力の源は魔法だ。
神に授けられた魔法により、人間はあらゆる不可能を可能にしていた。
ほとんどの人間が魔法を行使する高度な文明が築かれている。
色々な形のゴーレムやら魔道具が生み出さている。
ドワーフのギリムがいかにも興味を持ちそうだ。
「アタシたち的には神とドラゴンだけでも最悪なのに、人間まで強くなっちゃって超鬱です。
でもピンチはチャンス。魔族は勤勉なので、敵から学ぶことにしました。具体的には集合意識体をやめました」
「やめられるんだ」
生物の在り方を変えるのは勤勉とかいうレベルか?
新ドクンちゃんがドヤ顔で頷いた。
「まず個体ごとに自我を与えました。で魔族の中にも血統の概念を作りました。
血統ごとに長と役割だけ与え、自分らの姿や能力は長の個体に決めさせました。
つまりデュラハンとかマンティコアとか邪眼の一族とか好きに自分らで名乗っていいよ、ビジュアルも好きに決めてねってことで」
「へぇ、元からこの世界にいたわけじゃないんだ」
自我をもった魔族は血統ごとに派閥化した。
魔族全体として世界侵略という最終目標は共有しつつも、競争や自由な発想によって活気づいたという。
「それともう一つ、敵から学ぶべき武器がありました。そう、魔法です。
ただし人間に近づいて探らなきゃなので、バレないように慎重かつ少数精鋭で計画は進みました。
このときスパイに選ばれたのは、騙すことが得意なオセの一族……とアタシです」
「ゴホッ!」
「どうした聖女」
急に咳きこまれて少し驚いた俺だ。
口の周りを拭いた聖女が詫びる。
「勇者様に接触した魔族も、たしかオセと名乗っていましたわ」
心なしか聖女の顔色が悪い。
あまりいい記憶じゃないのだろう。
ホットティーをすすめてやる。
「そう繋がるか……ん? オセってめっちゃ長生きってこと?」
「や、当時とは別個体よ。血統を個体名として名乗れるのは長だけだから、現役のオセ族長なんでしょ」
歌舞伎の襲名みたいなもんか。
一人納得したところで続ける。
「オセ族はスパイ向けだから適任として、なんでドクンちゃんがスパイに? あとドクンちゃんの血統は?」
「アタシが血統を名乗るのは先の話だから置いとくね。アタシが選ばれた理由、それは”魔剣”の役割を持つ個体だから」
話が冒頭に戻った。
そうそう、”魔剣”とは何だって話だ。
ギリムと新ドクンちゃんの話を統合すると次のようになる。
『魔剣は、魔族がこの世界に侵入するときに用いた一振りと、この世界から去る時に造られた一振りがある。
二振りは世界のどこかに隠され、剣から新たな魔族が生まれ続けている』。
新ドクンちゃんは自らを魔剣を主張しているが、今この状況とどのように繋がるかイメージが湧かないのである。
「ギリムちゃんの話は半分正解。アタシは”親”が次の次元へ渡るため、出口を開くための”魔剣”として造られた。
戦う役割を与えられた子たちとは、生い立ちが違うのね。
出口を切り開くためには膨大なエネルギーに加えて、世界の構造を熟知しないといけない。
だから世界の創造主たる神と、神から知識を授けられた人間に近づきたかったわけ」
「……なるほど」
次元に穴を開ける役割をもつ個体を”魔剣”と呼ぶということ。
”魔剣”は剣の形をしているわけじゃない、と。
そこまではいい。
けれど次から次へと疑問が湧いてくる。
”親”は次の次元へ渡ったのか。
”魔剣”が魔族を生むならばドクンちゃんは危険人物じゃないのか。
”魔剣”の力をもってすればアイテムボックスに穴を開けるくらい造作もないんじゃないか。
それらの問いはきっと、新ドクンちゃんが目の前にいる今の状況へ、答えとして繋がっているのだろう。
だから俺は話の続きを待った。
俺の考えを察したのか、新ドクンちゃんは微笑んでから再開する。
「というわけでアタシは人間に化けて魔法を学び、世界の研究を始めました。この頃は神も人間も完全に余裕こいてて、楽勝で事が運んだのね。軍備増強も”魔剣”の準備もバッチリオッケー。こりゃ次の戦は絶対勝てるぜって確信があったんだけど」
深いため息が漏れた。
そして手に召喚したメロンクリームソーダをかき回しながら、魔剣は困った風に笑った。
「この世界が好きになっちゃったんだよねー」
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