137話 注文:太古の記録 、 数量:1

 ドクンちゃんが開いたという扉。

 そこは新たなダンジョンではなく、なぜか行きつけのファミレスであった。

 そして現れる『ドクン:管理者』の名札を下げた、謎の店員。

 ……何を言っているのか、わからねーと思うが、 

 俺も何をされたのか分からなかった……。

 頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか超スピードだとか、

 そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。



 そんなセリフが頭をよぎった俺だ。

 ”何から話しましょうか”と謎の店員(管理者? ドクンちゃん?)は言った。


「つまりドクンちゃんはファミレスバイトだった……ってコト!?」


「落ち着いてマスター」


 キョドりながら問えば、

 店員はきょとんとして首をひねる。

 

「とりあえず食べなよ皆、冷めるから」


 飯なんて喰ってる場合か?

 しかし猛烈な空腹感と芳しい香りに負け、俺はスプーンを手に取る。

 刺激的な香りが一層立ち上り、鼻をくすぐる。

 そして恐る恐る、チーズハンバーグカレードリアを口に含んだ。

 

「!!!???」


 絶頂。

 筆舌に尽くしがたいとは、この瞬間のためにある言葉だったのか。

 かつて何度も食べたはずのチーズハンバーグカレードリアは、

 アイテムボックスで口にしたどんな肉よりも速く、強く脳を揺さぶった。

 匂い、熱、食感、肉汁、喉越し。

 美味さという暴力が思考を蹂躙する。


「食して大丈夫なのかフジミ」


「ど、どんな味ですの」


 俺のリアクションに、聖女とホルンが喉を鳴らす。

 そして同じようにチーズハンバーグカレードリアを口に運び、

 脳を焼かれた。

 草食のユニコーンがひたすらにがっついている。

 聖女に至っては夢中になるあまり、涙と鼻水を垂れ流していることを自覚していないだろう。


 そんな俺達に構わず店員は語りだした。


「ゲイズが集めていた分身体は、全体のおよそ1割にも及んだわ。

 でも分身体同士をいくら集めても、統合されたりはしないの。

 なぜなら、くっつこうとする意思を持たないから。

 そんなある日、意思のある分身体――ドクンちゃんがやってきた」


 ここまでは俺も知る話だ。

 1割って数がどの程度か想像できないけども。


「で、ドクンちゃんの意思に基づいて1割の分身体は統合された。

 散り散りになったせいで気ままに漂って――制御不能だった分身体だけど、

 ようやく存在感ある濃度になったの。

 すると”本体”が分身体に干渉できるようになったから、

 記憶やら一部の管理権限を持たせて、この分身体をドクンちゃんを核として再構築した。 

 それが私。

 だからまあドクンちゃんと言えばドクンちゃんよ。

 ここまではいい?」


 頬張ったまま俺は首肯する。

 チーズハンバーグカレードリアを味わうのに忙しいが、内容は概ね理解できた。

 他のレイス――分身体を吸収することで、

 記憶を取り戻すと思われていたドクンちゃんだったが、

 他の分身体ともども、この店員風に作り直されてしまったということらしい。

 というのが俺の理解だが、聖女とホルンは同意見だろうか。

 相変わらず、がっついていて会話する余裕はなさそうだ。


 俺達の無反応を気にせず新ドクンちゃんは続けた。


「んで、感謝と挨拶の場として宴の場を用意してみましたってコト」


 哀しいかな。

 無限に食えると思っていたチーズハンバーグカレードリアが底をついた。

 まるで俺に『喋れ』と言っているかのように。

 腹が満たされたら、どういうわけか緊張もほぐれた。

 紙ナフキンで口元を拭いつつ考える。

 子供用のハイチェアにかける新ドクンちゃんは、急かすでもなくこちらを見ていた。


 俺は2本の指を立てる。

 

「知りたいことは2つ。

 1、"本体"とやらの具体的な説明。

 2、アイテムボックスから俺たちを出せるのか。

 あと、ごちそうさま」


「お粗末様。

 このファミリーレストランについては訊かないのね」


「もご」


「お前は黙っとれ」


 頬張りすぎて喋れない聖女が片手を上げたが却下する。


 新ドクンちゃんは意外そうにしたが、さすがに察しがついていた。

 ”正体”について説得力を持たせるため、彼女はわざわざ演出したのだ。

 俺の頭の中にしかない――別世界の風景、ファミレスを物理的に再現するという芸当。

 ついでに俺自身の姿も生前の身体に変えられている。

 まさしくアイテムボックスの『管理者』でもなければ不可能な芸当だ。

 ドクンちゃんを再構築したという彼女が、『管理者』に類する存在であることは疑いようがない。

 

「まず2。残念ながら”本体”にその力はない」


 いつの間にか手元にあった、メロンソーダを一口……うん、美味い。

 さて、雲行きが怪しくなってきた。

 対話の舞台を用意した以上、『管理者』は俺達に要求があるものと考えられる。

 一方の要求を通すためには、もう一方の要求を叶えるのが道理というもの。

 俺の要求は”アイテムボックスからの脱出”しかありえない。

 しかし本体とやらは俺の力になれないらしい。

 では何を与えてくれるというのか。


「”じゃあ何を与えてくれるんだ”って顔ね、マスター。

 それは後で話すわ。

 で、『1.本体とやらの具体的な説明』ね。

 結論から言うとぉー、なんとぉー、えっとー……?」


 言葉を選んでいるのか、少し考える新ドクンちゃん。

 ……思えば俺の異世界人生始まって最大の謎が今が明らかにされようとしているわけである。

 ゴブリンを従えようとしたら何故か体内ブチ破って登場した謎の心臓ドクンちゃん。

 意味深な発言と豊富な魔法知識、かと思えば記憶がないという怪しさ満点キャラである。

 まさかファミレスでメロンソーダを飲みながら正体を知ることになろうとは。

 ドクンちゃん(の本体)の正体は、俺の予想だと昔のすごい魔術師だ。

 例えばマン爺の祖先とか。


 ホルンと聖女も食べ終わり、世紀の答え合わせを待っている。

 そして俺のふわっとした予想は、新ドクンちゃんの回答で消し飛ぶこととなる。


「えー、超簡単に言えば”魔剣”です! デデーン!」


「?」


「?」


「?」


 ドヤ顔の新ドクンちゃんと、戸惑う3人。

 意味が分からん。

 俺もホルンも聖女も顔を見合わせて瞬きを交換することしかできない。

 フーちゃんだけはチーズハンバーグカレードリアの容器を無心でなめ回していた。


 魔剣というキーワードは何回か登場していた。

 空間をも切り裂くと言われるすごい剣だ。

 ドワーフのギリム曰く、

『異界の神がこの世界に侵入したとき、世界の壁を切り開いた一振り。

 そして異界の神が別世界へ去った時、作られた一振りじゃよ。

 二振りはこの世界のどこかに隠され、剣に宿る異界の神の残滓から新たな魔族が生まれ続けている』とか。

 マン爺やゲイズに情報を求めたが手がかりは無しだった。

 むしろ博識なマン爺が存在を疑っていたほど眉唾アイテムだ。

 俺の中ではアイテムボックスには存在しないものとして、認識の外に置いていた。


 それがドクンちゃん(の本体)の正体?

 魔剣の所有者ってこと?

 どういうこと?


「いや、剣じゃないやん」


 動揺から謎の訛りが出てしまった。

 ようやく言葉を絞り出すと、未だ得意げな新ドクンちゃんを指さした。

 どこからどうみてもファミレスバイトガールである。

 剣を背負っているわけでもなし。


「その辺の説明は面倒だから、経緯もあわせてコチラをご覧ください」

 

 そして自称魔剣ちゃんは注文用のタブレットを手に取り、何やら操作する。

 タップやらフリックやら、無性になつかしい動きだ。

 やがて俺達全員に見えるようタブレットは卓上に置かれた。

 画面には森やら海やらが映し出されている。

 なんの変哲もない、カレンダーのように美しい風景だ。


「これは?」


 聖女が俺と同じ疑問を口にした。

 

「歴史のお勉強だと思って聞いてね。

 これは今より遥かに多くの神と人間がいた時代の記録にして……」


 新ドクンちゃんが語りだすと同時、画面の中に変化があらわれた。

 美しい山岳風景、空の一点に小さな光。

 流星だか隕石だかが白い尾をひいて落ちてきた。

 そして隕石の激突地点から衝撃波が走り、空を歪ませ、地面が捲り上がり、木々を吹き飛ばした。


(恐竜絶滅のドキュメンタリーがこんなんだったな)


 隕石の衝突によって地球の環境が寒冷化し、結果恐竜が絶滅したんだったか。

 皆が覗き込む中、タブレットの中の光景は更に変わっていく。

 衝突地点から森、山、空へと黒い何かが広がっていくのだ。

 

 まるで和紙に落とした墨汁のように、迅速に滲んでいくそれは――


 新ドクンちゃんが抑揚なく述べる。

 この映像のタイトルを。


「我々魔族と神々の、戦いの記録よ」

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